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『測量士アーニャと心の地図』 - 4

 老婆――ツリーウォーカーはアーニャを森の奥深くへと誘った。

 そこは地図には決して描くことのできない場所だった。

 巨大な木々の枝は絡み合い天然の聖堂を作り上げ、地面には光る苔が星空のように広がっている。


「……ここが、私の家さ」

 老婆はそう言って笑った。


 アーニャは数日間、ツリーウォーカーの老婆の元で過ごした。

 体力が回復すると彼女は老婆に詰め寄った。

「帰り道を教えてください。いえ、正確な方位と距離を。それさえ分かれば私一人で帰れます」


 だが老婆はただ首を横に振るだけだった。

「この森ではお前の物差しは役に立たんよ」

「ではどうすれば!」


「風の声をお聞き。木の葉の囁きをお感じ。……この森ではそれが何よりも確かな地図なのさ」


 アーニャは最初その非論理的な言葉を理解できなかった。

 だが生き抜くためにはそれに従うしかなかった。

 老婆は彼女をいくつかの分かれ道がある場所に連れて行くと言った。

「さあ、どの道が我らを招いておるかね?」


 アーニャは全ての知識を総動員した。

 風向き、湿度、苔の生え方、僅かな地面の傾斜。

 彼女は最も合理的だと思われる道を選んだ。

 ……そして一時間後、全く同じ場所に戻ってきてしまった。


 何度も何度も試した。だが結果は同じだった。

 論理はこの森ではただの円環を描くだけだった。


「……もう分からない」

 アーニャはついに地面に座り込んだ。

「あなたの言うことは、何もかも非論理的だ。私には、理解できない……!」


 その悲痛な叫びに、老婆は何も言わず彼女の隣に静かに座った。

「……あなたは、一体何なのですか。なぜ、私を助けるのです」

 アーニャがそう問うと、老婆は初めて穏やかに名乗った。


「わしは、ヤドリギ。ただの、森の番人さね。……お前さんのような、迷子の世話を焼くのが仕事での」


 その、あまりにも、飾り気のない、言葉に、アーニャは、毒気を、抜かれたようだった。

 ヤドリギは、続ける。


「頭で考えるのをやめなされ。……心の目で見るのさ」


 アーニャは言われるがままに目を閉じた。

 そして生まれて初めて、ただひたすらに五感を研ぎ澄まし、世界の声なき声に耳を傾け始めた。

 風の音。水のせせらぎ。遠くで鳴く鳥の声。

 その無数の音の中に彼女は一つの流れを感じ取った。

 一つの道が他とは違う温かい空気を纏っているような気がしたのだ。


 彼女はおそるおそるその道を指さした。


 ヤドリギはにっこりと笑って頷いた。

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考えるな、感じるんだ、って偉い映画スターの人も言ってた
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