『料理人グスタフと空っぽの皿』 - 5
グスタフは自分の屋台へと戻ると、そこにあった全ての美しい料理を静かに片付け始めた。
彼の顔にはもう何の迷いもなかった。
次の日の朝、マテオが厨房の扉を開けると、そこにグスタフが立っていた。
彼は何も言わず厨房の隅にあった汚れたエプロンを手に取ると、黙ってそれを身につけた。
そして山と積まれた野菜の前に立つと、自分の包丁ケースから一本のナイフを取り出す。
トントントン、と。
厨房に軽やかで、しかし寸分の狂いもない音が響き渡る。
彼の手の中で野菜がまるで魔法のように同じ大きさに、同じ形に切りそろえられていく。
それは王宮の食卓を彩ってきた神業のような技術だった。
マテオはただ呆然とその光景を見ていたが、やがて我に返って声をかけた。
「グスタフ? いったい何をしているんだ?」
グスタフは手を休めることなく、ぶっきらぼうに答えた。
「……見て分からんか。下ごしらえだ」
「それはありがたいけど。でも、君ほどの料理人を雇うお金なんて、うちにはないよ」
マテオが困ったように言うと、グスタフは初めて手を止め、彼の方を振り返った。
「金なんぞ要らん」
「要らないってわけには……」
「ほら、手を動かせ! お客様が待っているぞ!」
グスタフはそう一喝すると、再び野菜へと向き直った。
天才と秀才。二人の料理人が初めて肩を並べた瞬間だった。
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それから季節はまた一つ巡った。
マテオの食堂は以前にも増して活気に満ちていた。
マテオの作る愛情深いシチューに、グスタフの完璧な技術が加わったのだ。まさに鬼に金棒だった。
その年の冬の初め。
王都へ向かう行商人が東門へとやってきた。
彼の荷物の中に一つ、大切そうに布で包まれた壺があった。
「門番さんにこれを届けてくれと、港町の頑固な料理人から頼まれちまってね」
ヨハンはその壺を受け取った。
蓋を開けると湯気と共に、魚介の豊かな香りが立ち上る。
それはグスタフとマテオが二人で作った、合作のシチューだった。
ヨハンがその温かいシチューを一口口にした、その時。
彼の脳裏にいつもの声が響いた。
《ピーン! スキル【見送る者】のレベルが48に上がりました》
《新たな能力『見送った料理人が作る料理が、ほんの少しだけ冷めにくくなる』を【獲得】しました》
ヨハンは、美しさとやさしさが混在するシチューを、じっと見つめた。
味覚を失った男が見つけ出した、本当の味。
それは技術でも知識でもない。
誰かと共に作り上げ、そして誰かの笑顔を願う心。
その温かさそのものだったのかもしれない。
ヨハンは冬の始まりを告げる冷たい風の中で、一人静かに微笑んだ。
グスタフとマテオのシチュー、是非食べてみたいですね。




