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『料理人グスタフと空っぽの皿』 - 5

 グスタフは自分の屋台へと戻ると、そこにあった全ての美しい料理を静かに片付け始めた。

 彼の顔にはもう何の迷いもなかった。


 次の日の朝、マテオが厨房の扉を開けると、そこにグスタフが立っていた。

 彼は何も言わず厨房の隅にあった汚れたエプロンを手に取ると、黙ってそれを身につけた。

 そして山と積まれた野菜の前に立つと、自分の包丁ケースから一本のナイフを取り出す。


 トントントン、と。

 厨房に軽やかで、しかし寸分の狂いもない音が響き渡る。

 彼の手の中で野菜がまるで魔法のように同じ大きさに、同じ形に切りそろえられていく。

 それは王宮の食卓を彩ってきた神業のような技術だった。


 マテオはただ呆然とその光景を見ていたが、やがて我に返って声をかけた。


「グスタフ? いったい何をしているんだ?」


 グスタフは手を休めることなく、ぶっきらぼうに答えた。

「……見て分からんか。下ごしらえだ」


「それはありがたいけど。でも、君ほどの料理人を雇うお金なんて、うちにはないよ」

 マテオが困ったように言うと、グスタフは初めて手を止め、彼の方を振り返った。


「金なんぞ要らん」

「要らないってわけには……」

「ほら、手を動かせ! お客様が待っているぞ!」


 グスタフはそう一喝すると、再び野菜へと向き直った。

 天才と秀才。二人の料理人が初めて肩を並べた瞬間だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから季節はまた一つ巡った。

 マテオの食堂は以前にも増して活気に満ちていた。

 マテオの作る愛情深いシチューに、グスタフの完璧な技術が加わったのだ。まさに鬼に金棒だった。


 その年の冬の初め。

 王都へ向かう行商人が東門へとやってきた。

 彼の荷物の中に一つ、大切そうに布で包まれた壺があった。


「門番さんにこれを届けてくれと、港町の頑固な料理人から頼まれちまってね」


 ヨハンはその壺を受け取った。

 蓋を開けると湯気と共に、魚介の豊かな香りが立ち上る。

 それはグスタフとマテオが二人で作った、合作のシチューだった。


 ヨハンがその温かいシチューを一口口にした、その時。

 彼の脳裏にいつもの声が響いた。


《ピーン! スキル【見送る者】のレベルが48に上がりました》


《新たな能力『見送った料理人が作る料理が、ほんの少しだけ冷めにくくなる』を【獲得】しました》


 ヨハンは、美しさとやさしさが混在するシチューを、じっと見つめた。

 味覚を失った男が見つけ出した、本当の味。

 それは技術でも知識でもない。

 誰かと共に作り上げ、そして誰かの笑顔を願う心。

 その温かさそのものだったのかもしれない。


 ヨハンは冬の始まりを告げる冷たい風の中で、一人静かに微笑んだ。

グスタフとマテオのシチュー、是非食べてみたいですね。

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― 新着の感想 ―
猫舌の私には少しは冷めてほしいw
きっとこの温かい冷めにくくなったシチューが誰かを救けるんだね!
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