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『歴史学者エラーラと太陽の石板』 - 2

 エラーラの旅は、計画通り順調に進んでいた。

 彼女は腕利きの傭兵を二人雇い、最短距離でカレト遺跡へと向かう。道中、危険がなかったわけではない。だが彼女は持ち前の怜悧な頭脳で、そのほとんどを事前に回避してみせた。

 彼女にとって、この旅は退屈な作業でしかなかった。早く遺跡に着き、計画を実行し、王都に戻って失われた一族の名誉を回復する。そのことだけが、彼女の心を支配していた。


 数週間後、彼女はついにカレト遺跡にたどり着いた。

 そこは、かつて太陽を崇める古代王朝が栄えた場所だと言われている。今は、風化した石柱が点在するだけの寂しい場所だった。


「……よし。ここで野営する。あなたたちは、周囲の警戒を」


 エラーラは、傭兵たちにそう指示すると、一人遺跡の中心部へと向かった。

 そして、羊皮紙の地図を広げ、目当ての場所を探し当てる。

 彼女は、つるはしを手に取ると、地面を掘り始めた。


 だが、その土地の土は驚くほど硬かった。

 何度かつるはしを振り下ろすが、乾いた音が響くだけで、ほとんど掘り進めることができない。


「……くっ」


 焦りが募る。

 その時だった。彼女はふと、すぐ隣の地面がほんの少しだけ他よりも柔らかくなっていることに気づいた。まるで、誰かがついさっきまでそこを耕していたかのように。


(……好都合だ)


 彼女は、その柔らかくなった土を夢中で掘り進めた。

 やがて、つるはしの先に硬い感触が伝わる。

 彼女は、慎重に土を取り除いていく。

 そしてついに姿を現したのは、一枚の大きな石板だった。

 太陽の紋様が刻まれた見事な石板。彼女が探し求めていた「証拠」。


 ……いや、彼女が一月前にこの場所に自らの手で埋めた、「偽りの証拠」。


(……よし。これで全て、計画通りだ)


 エラーラは、心の中でほくそ笑んだ。

 だが彼女がその石板を持ち上げようとした時、石板の下の土が予期せず崩れ、その下に隠されていた小さな空洞が姿を現した。


「……?」


 空洞の奥。

 そこには、もう一枚、別の何かがあった。

 それは石板ではなかった。人の手でこねられた、ただの素朴な粘土板。

 そこには太陽の紋様ではなく、古代の素朴な象形文字で、何かがびっしりと記されていた。


 エラーラは、その粘土板を見た瞬間、息をのんだ。

 そのあまりにも稚拙で、しかし力強い文字の連なり。それは彼女が幼い頃から見飽きるほど見てきた、父の書斎にあった数々の資料と、同じ匂いがした。


「……これはまさか、父さんが探していた……?」


 彼女の唇から、思わず声が漏れた。

 軽蔑と、そして抗いがたい好奇心。

 相反する感情が、彼女の中で渦を巻く。


 彼女は、歴史学者としての本能に逆らうことができなかった。

 松明の灯りの下で、その粘土板の解読を始めた。


 そこに書かれていたのは、偉大な王の物語ではなかった。

 太陽の王朝の、壮大な神話でもない。


 それは、古の時代、魔王の圧政に苦しめられていた、名もなき一人の農夫が記した日記だった。

 日照りと重税に苦しむ日々の記録。王国の騎士団が、自分たち辺境の民を見捨てていったことへの絶望。


 だが、日記の後半、そのトーンは一変していた。


『我らの村の農夫レイヴンが、魔族に家族を奪われ、たった一人で立ち上がった。彼には高貴な血も、特別なスキルもない。ただ、折れない心だけがあった。王は我を見捨てたが、我らはレイヴンと共に戦った』


『レイヴンが魔族の王と相打ちとなった。彼は英雄だ。我ら、名もなき民の、本当の英雄だ 』


 エラーラは、その場で立ち尽くした。

 彼女の手には、二つの歴史があった。


 一つは、彼女が捏造した、権威に媚びるための栄光に満ちた偽りの歴史。


 そしてもう一つは、名もなき民衆の中から英雄が生まれたことを記した、あまりにも尊い真実の歴史。


 彼女が発見したのは、単なる歴史の記録ではなかった。それは、アイオン教会が説く「英雄は神に選ばれた高貴な血筋から生まれる」という、この国の正史を根底から覆す、極めて危険な異端の記録だったのだ。


 皮肉なことに、父の無念を晴らし、一族の名誉を回復するための鍵が、父が愛し、そして自分が最も軽蔑していたはずの、「名もなき民の記録」の中にあった。


 彼女の足元が、ぐらりと揺れた気がした。

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― 新着の感想 ―
ゴッドハンド案件か・・・ アイツのやった事は未来永劫許されんが、この人はどんな選択をするのか・・・。
天動説と地動説の話が思い浮かんだ この物語じゃそうはならないだろうけど、特定の人に都合の悪い真実はなくなる事があるのが世の常だけど…… どうなるんだろう
こんな大発見、しかし簡単には発表できない内容。 どうするのだろう・・・
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