『傭兵ボルグと錆びついた旗』 - 4
ボルグとアリサの旅はあの血の匂いのする夜を境に、その質を静かに、しかし決定的に変えていった。
次の日の朝ボルグが目を覚ますと、アリサは既に起きて焚火の番をしていた。その手には護身用であろう小さなナイフが頼りなげに握られている。彼女はボルグの気配に気づくとびくりと肩を震わせた。
「あ……おはようございます。……傷は」
「……問題ない」
ボルグはぶっきらぼうにそう答えた。だがその声にはもう昨日までの刺すような冷たさはなかった。
アリサは黙って水筒と干し肉の入った袋を彼の側に差し出した。
ボルグはそれを受け取ると無言で食べ始めた。
言葉はない。だがそこにあったのはもはやただの傭兵と依頼人という乾いた関係ではなかった。
同じ過酷な現実を共有する二人の人間が、そこにいるだけだった。
旅の道中ボルグは時折アリサに生きるための知恵を教えるようになった。
どの薬草が傷に効くのか。どの獣の足跡が危険の前触れなのか。どうすれば雨の跡から水のありかを見つけられるのか。
彼はそれを義務だとか親切心からでは決してなかった。
ただこのあまりにも世間知らずな娘が、自分が目を離した隙にあっけなく死んでしまうのがどうしようもなく腹立たしかったからだ。
アリサはそのボルグのぶっきらぼうな教えを一つ一つ必死に覚えようとした。
そして目的地である辺境の街シルカまで、あと数日という夜のことだった。
焚火の炎を見つめながらアリサがぽつりと呟いた。
「ボルグさんは……いえ『白銀のグリフォン』の方々は、なぜそこまでして我が国を守ろうとしてくださったのでしょうか」
ボルグは答えなかった。
ただ黙って炎を見つめ返している。
「父は言っていました。『彼らこそ真の騎士だ』と。金でも名誉でもなくただ守るべき民のために剣を振るう、と」
「……」
「私には……分かりません。なぜ信じられるのですか。決して報われるとは限らないものを」
その問いはボルグの心の最も深い場所に突き刺さった。
彼は脳裏に浮かんでくる仲間たちの顔を振り払うように言った。
「……さあな。あいつらはただの馬鹿の集まりだった。それだけだ」
脳裏に、声が、蘇る。
マルコが言っていた。「俺は戦争が終わったら王都で一番の酒場を開くんだ。お前もただ酒を飲みに来いよ」と。
ゴードンが言っていた。「俺には故郷で待っている娘がいる。この戦いが終われば胸を張って帰れる」と。
彼らは皆信じていたのだ。この戦いの先に光があると。
その信じる心が彼らを殺した。
「……そうなのですね」
アリサはそれ以上何も聞かなかった。
ただその横顔にはボルグの言葉の奥にある深い悲しみを、理解したような静かな色が浮かんでいた。
その夜ボルグは久しぶりに夢を見なかった。
悪夢にうなされることも、仲間たちの最後の顔が浮かぶこともなかった。
ただ、深く、静かな、闇があった。
その闇の向こうで、アリサの、静かな寝息が聞こえる。
十年ぶりに、彼は、独りではなかった。
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