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『傭兵ボルグと錆びついた旗』 - 1

 老鍛冶ウルリクが、その生涯を懸けて「創造」の本当の意味を見つけ出してから、季節はまた一つ巡っていた。王都には、厳しい冬が終わりを告げ、生命の息吹に満ちた、穏やかな春が訪れている。

 雪解け水が石畳を洗い、行き交う人々の顔も、どこか晴れやかだ。


 だが、その日の東門に現れた男の周りだけは、まるで冬の空気が、そこだけ取り残されたかのように、冷たく、張り詰めていた。


 男の名は、ボルグ。その界隈で、知らぬ者はいないほどの腕利き。そして、金以外の一切を信じない、孤高の傭兵だった。

 その出で立ちは、騎士のような華やかさとは無縁だった。使い込まれ、無数の傷が刻まれた革鎧。背負われた長剣も、腰に差した短剣も、装飾は一切ない。ただ、斬る、突く、守るという、機能だけを突き詰めた、無骨な鋼の塊。

 だが、そのどれもが、完璧なまでに手入れされている。彼にとって、道具だけが、決して裏切ることのない、唯一の「仲間」なのだろう。


 彼は、ヨハンの前で列をなす旅人たちを、値踏みするように、冷たい目で一瞥した。

(……物好きどもめ。老人の気まぐれな祈りに、何の価値があるというんだ)

 その瞳には、侮蔑と、そして、あらゆるものに対する、深い無関心が宿っていた。


 やがて、自分の番が来たボルグは、ヨハンの前を、何も言わずに通り過ぎようとした。彼にとって、この門番は、道端の石ころと、何ら変わりはない。


「旅の方」


 静かな声に呼び止められ、ボルグは、不機嫌そうに、ゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは、ただの、年老いた門番。その皺だらけの顔は、穏やかだったが、その瞳は、ボルグの心の、最も深い場所を見透かしているかのようだった。


 ヨハンは、ボルグの瞳の奥に、凍てついた絶望の層の下で、かつては燃えていたはずの、高潔な炎の「残滓」を、確かに感じ取っていた。この男は、ただ、冷たいだけの男ではない。何かを、信じ、そして、その信じたものに、あまりにも、ひどく裏切られた男だ。


「……なんだ、爺さん。俺の剣が錆びてるとでも言いたいのか」

 ボルグは、挑発するように言った。


「いや」

 ヨハンは、静かに首を横に振った。

「見事な剣だ。だが、その剣は、何のために抜かれる?」


 ボルグの眉が、わずかに動いた。


「金のためだ。それ以外に、何がある」


「そうか」

 ヨハンは、それ以上、何も聞かなかった。ただ、これまでに見送ってきた、どの旅人とも違う、特別な祈りを込めて、言った。


「……あんたの剣が、守るべきものを、見つけられるといいな」


 それは、武運を祈る言葉ではなかった。金儲けの成功を願う言葉でもない。ただ、彼の魂の、救済を願う、祈りだった。


 ボルグは、言葉を失った。

 彼の心を覆う、厚い氷の壁に、ほんの、小さなひびが入ったような気がした。彼は、その動揺を隠すように、フン、と鼻で笑うと、今度こそ、振り返らずに、門をくぐっていった。


 その背中が、雑踏の中に消えていくのを見届けながら、ヨハンの脳裏に、声が響いた。


《スキル【見送る者】が発動しました。対象者ボルグに、祝福『携える剣の鞘が、ほんの少しだけ抜けやすくなる』を付与しました》


 ヨハンは、ボルグが去っていった道を、しばらくの間、静かに見つめていた。

 あの傭兵の旅が、ただの仕事ではなく、失われた何かを取り戻すための、本当の旅になることを、彼は、ただ、願っていた。

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― 新着の感想 ―
第十章、はじまりましたね。 まるで巡礼の旅の門出に立っているような、そんな気持ちでいつも始まりを読んでます。静かな、でも、それぞれの登場人物が躍動する、御伽話の百物語。そんな印象を受けました。 また、…
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