『老鍛冶ウルリクと魂の鉄』 - 4
カン、カン、と。
村の小さな鍛冶場に、澄んだ、心地よい音が響き渡る。
それは、かつて王都中の騎士たちが、その音を聞くだけで心を躍らせたという、伝説の槌音だった。
ウルリクは、来る日も来る日も、槌を振り続けた。眠ることも忘れ、食事も喉を通らない。ただ、ひたすらに。
彼が打っていたのは、伝説の剣ではない。ただの、鍬。ただの、鋤。ただの、鎌。
だが、その一つ一つに、彼の魂が、確かに込められていた。人を殺すための鉄ではなく、人を活かすための鉄。呪いを振り払う、祝福の道具。それこそが、彼が本当に作りたかったものだった。
村人たちは、最初、遠巻きにその様子を眺めていただけだった。だが、やがて、一人、また一人と、鍛冶場に集まってきた。
彼らは、ウルリクが槌を振るう姿を、まるで祈るように見つめていた。その額から流れる汗を、誰かが布で拭い、その乾いた唇を、誰かが水で湿らせた。
言葉は、なかった。だが、そこには、確かな、温かい繋がりが生まれていた。
数週間後、村の全ての農具が、見違えるように生まれ変わった頃。
ウルリクは、最後の鍬を打ち終えると、槌を置き、満足げに微笑んだ。
その顔には、もう、絶望の色も、後悔の色もなかった。ただ、全てをやり遂げた職人だけが浮かべることのできる、穏やかで、誇り高い表情があった。
彼は、生まれ変わった道具の山を、愛おしそうに見つめると、そのまま、炉の傍らで、長年の友に寄りかかるように、静かに、息を引き取った。
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季節は巡り、王都に春の訪れを告げる風が吹き始めた頃。
東門のヨハンの元に、北の村からやってきたという行商人から、一通の手紙と、一つの小さな包みが届けられた。
「北の山奥にある、地図にも載ってない村の年寄りから、あんたにって頼まれちまってね。なんでも、村の恩人なんだそうだ」
ヨハンは、その手紙の差出人に、すぐに思い当たった。
彼は、門の脇で、震える手で封を切った。インクで綴られた文字は、力弱く、かすれていたが、そこには確かな喜びと、感謝が満ちていた。
『門番殿。
ウルリク様は、我らの村を救ってくださった。彼は、我々のために、その命の最後の炎を燃やし、未来への種を蒔いてくださった。
彼は、村人たちに囲まれ、まるで眠るように、安らかに旅立たれました。
これは、ウルリク様が、最後にあなたのためにと打ち残していかれた物です』
ヨハンが包みを開けると、中から出てきたのは、一振りの、飾り気のない、しかし、吸い込まれるように美しい刃を持つ、小刀だった。
手紙を読み終え、小刀をそっと握りしめた、その時。
ヨハンの脳裏に、ひときわ暖かく、そして力強い声が響き渡った。
《ピーン! スキル【見送る者】のレベルが45に上がりました》
《新たな能力『見送った者が作る道具が、ほんの少しだけ長持ちするようになる』を【獲得】しました》
《旅人の魂の変革を観測。獲得した能力が世界の『理』の一つ、【創造の理】へと【昇華】しました》
理の会得。三つ目。
ヨハンは、手の中の小刀を見つめた。
一人の老鍛冶が、その人生の最後にたどり着いた、本当の創造の喜び。その魂は、この小刀に、そして、北の村の人々の暮らしの中に、確かに生き続けている。
ヨハンは、春の空を見上げ、静かにそう思った。




