『老鍛冶ウルリクと魂の鉄』 - 1
定期的におじいちゃんが書きたくなります。
踊り子のミラが、新たな表現の輝きをその身に宿して王都へと帰還してから、季節はまた巡っていた。
ヨハンの姿に、目に見える衰えはない。だが、その瞳の奥に宿る光は、見送った数多の人生を映してか、日に日にその深みを増していた。東門の「幸運の門番」の噂は、もはや伝説のように語られ、彼に見送られることを願う旅人の列は、絶えることがなかった。
その年の秋も終わりに近い、木枯らしが吹き始める日のことだった。
列の最後に、一人の老人が、静かに立っていた。
その手は、長年、槌を握り続けた者の、節くれだった無骨な手。その背は、炎と鉄に向かい続けた者の、誇り高くも、どこか寂しげに丸まっている。王都最高の鍛冶師と謳われた男、ウルリクその人だった。
ヨハンは、ウルリクと顔見知りだった。だが、今日の彼の瞳には、かつての炎のような情熱の色はなく、ただ冷えきった灰のような、深い絶望だけが宿っていた。
「ウルリク殿。旅に出られるのか」
ヨハンの問いに、老鍛冶は、短く頷いた。
「ああ。……最後の仕事にな」
その声には、悔しさよりも、ただ、どうしようもない事実を受け入れた者の、静かな響きがあった。
ヨハンは知っていた。ウルリクがもう十年近く、魂を込めた物作りをしていないことを。
かつて彼は、生涯の傑作として一本の「完璧な剣」を打った。その剣は、理想に燃える若き騎士へと託された。だが、その騎士は力に溺れ、反乱を起こし、ウルリクの剣は王都で最も多くの血を吸った呪いの凶器となった。
自らの魂の最高傑作が、最悪の悲劇を生んだ。その日から、ウルリクの「創造」は呪いとなり、彼の心の炎は消えたのだ。
「北の故郷へ帰る。そこで、最後の一振りを打って、この人生を終えるつもりだ」
それは、誰のためでもない、自分自身の呪われた人生に、自ら幕を引くための、最後の旅だった。
ヨハンは、ウルリクの瞳の奥底に、消え残る小さな熾火を見た。それは、何かを創造することへの、本能的な渇望。彼自身もまだ気づいていない、魂の輝きだった。
ヨハンは、深く、静かに祈った。
この老いた鍛冶師の最後の旅が、ただの終わりではなく、呪いを解くための新たな創造へと繋がるようにと。
「ウルリク殿。あんたの槌が、最高の音を奏でることを祈っている」
ヨハンは、それだけを告げた。
「……いってらっしゃい」
ウルリクは何も答えなかった。ただ、もう一度、己の手を見つめると、ゆっくりと踵を返し、北へと続く道を歩き始めた。その背中は、あまりにも小さく、そして、あまりにも大きな絶望を背負っているように見えた。
その姿が街道の彼方へと消えた後、ヨハンの脳裏に、静かな声が響いた。
《スキル【見送る者】が発動しました。対象者ウルリクに、祝福『握る槌の柄が、ほんの少しだけ手に馴染みやすくなる』を付与しました》
ヨハンはウルリクが向かった東の空を見上げた。
彼の最後の鎚が何を打ち、どんな音を奏でるのか。
その結末を知る者はまだ誰もいない。
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