表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/95

『踊り子ミラと一番星のステップ』 - 1

本当に、すごくたくさんの方が見に来てくれて、ありがたい!

何かしてあげたい気持ちでいっぱいですが、私には文章を書くことくらいしかできませぬ。

とういうことで、今回はミラの旅となります。少しつらい旅路ですが、見守っていただけると幸いです。


 公女セレスティーナが自らの道を誇らしげに歩み始めてから、王都は短い秋を謳歌していた。空はどこまでも高く澄み渡り、乾いた風が門前のポプラ並木を揺らして、金色の葉を舞い散らせる。ヨハンの日常は、相も変わらず門に立ち、人々を見送ること。ただ、彼の祈りが宿した理は三つを数え、その存在はもはやただの門番という枠には収まりきらない、静かな何かになりつつあった。


 その日の昼下がり、門から出ていこうとする一人の若い女に、ヨハンは思わず声をかけた。

 彼女は、これまでの誰とも違っていた。旅人ではない。荷物らしい荷物もなく、ただ、その身一つ。着ているのは色褪せてはいるが、仕立ての良い、かつては舞台衣装だったと分かる踊り子の服。しかし、その瞳はまるで光を失ったガラス玉のように虚ろで、道端の石ころと、道の先に広がる世界の区別さえついていないようだった。


「嬢ちゃん、どこへ行くんだい」


 ヨハンの問いに、女――ミラは、壊れた人形のように、ゆっくりと顔を上げた。その顔立ちは驚くほど整っているが、そこからは一切の感情が抜け落ちている。喜びも、悲しみも、怒りさえも。


「……さあ。どこか、遠くへ」


 その声は、秋風に消えてしまいそうなほどか弱かった。

 彼女の腕には、美しい螺鈿細工が施された上質なリュートが、まるで亡き人の亡骸のように抱えられていた。だが、彼女はその楽器に一度も触れようとはしない。それどころか、その存在を忌み嫌うように、しかし、手放すこともできずに、ただ固く抱きしめている。


「そのリュートは弾かないのかい? 素晴らしい業物に見えるが」


 ヨハンの言葉に、ミラの肩がびくりと震えた。彼女は一度、腕の中のリュートに、憎しみに似た視線を落とした。そして、ぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。


「……これは、私のものじゃないんです」


 ヨハンは悟った。彼女は何かを、あるいは誰かを失ったのだ。そして、その喪失が、彼女の全てを奪ってしまった。彼女の瞳には未来も過去も何も映っていない。ただ、時間が止まってしまった、空っぽの今があるだけだ。

 このまま見送れば、彼女はどこかの町で、雨に打たれるまま、風に吹かれるまま、静かに朽ちていくだろう。


 ヨハンは、彼女にかけるべき言葉を探した。

 頑張れ、ではない。元気を出せ、でもない。今の彼女には、どんな励ましの言葉も、意味をなさずにその心を滑り落ちていくだけだろうから。


 彼は、ただ一つの事実を、これまでで最も優しい祈りと共に、告げることにした。


「嬢ちゃん。いつかあんたの心が、もう一度踊りたいと叫ぶ日が来る。……今は、信じられないかもしれんが、必ず、来る」


 ミラの虚ろな瞳が、ほんの少しだけ、揺れた気がした。


「その時まで、どうか、達者でな。……いってらっしゃい」


 ミラは何も答えなかった。ただ、ふらりとした、おぼつかない足取りで門をくぐり、あてもなく西へと続く道を歩いていった。その姿は、まるで糸の切れてしまった操り人形のようだった。


 その後ろ姿を見送りながら、ヨハンの脳裏に、静かな声が響いた。


《スキル【見送る者】が発動しました。対象者ミラに、祝福『踏み出すステップが、ほんの少しだけ軽くなる』を付与しました》


 ヨハンは彼女が去っていった道を、その姿が見えなくなるまで、いつまでも見つめていた。

 彼女の心が再び音楽と共に震える日が来ることを。

 そしてその凍てついた足が、もう一度、大地を蹴って空へと舞い上がる日が来ることを。

 ただ、ひたすらに祈っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 何かしてあげたい気持ち「絵」いっぱいですが、私には文章を書くことくらいしかできませぬ。 たぶん……「絵」→「で」だと思います。 ーーーーーーーーーーーー  ……いえいえ、その文を書いて戴ける事があ…
業物という表現に違和感を覚えます。 調べた限りでは刀剣類にのみ用いられる用語のようですが、楽器にも当てはまりますでしょうか? 私の知る限りでは『名器』のほうが適当かと思いますが。
踊り子さん、大事にしていた人が居たのでしょうか? リュートはその人の『遺品』… ※旅人が出て行った後〜♪ 猫「ウマィ、ウマウマ〜ン」 爺さんから、もらった物を食べてる♪ 長閑ないつもの光景。 門番…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ