『騎士ギデオンと守るべき誓い』 - 5
峠の頂で、ギデオンはしばらく動けなかった。脇腹の傷から流れる血と、身体を蝕む毒の痺れが、彼の意識を奪おうとする。だが、背後で聞こえる、子供の懸命な息遣いが、彼をこの世に繋ぎとめていた。
彼は、砕け散った盾の残骸を無言で見つめた後、それをその場に残し、子供の手を引いて、再び歩き始めた。
残りの旅路は、静かなものだった。
追手の気配は、もうない。ギデオンは、傷の痛みに耐えながら、黙々と国境の隠れ家を目指した。子供は、今や彼のすぐ隣を、遅れまいと必死についてくる。言葉はなかったが、二人の間には、共に死線を越えた者だけが分かち合える、確かな絆が生まれていた。
数日後、彼らは目的地の、山奥にある小さな修道院にたどり着いた。
扉の前で待っていた修道士に子供を引き渡す時、子供は初めて、ギデオンの外套を強く握りしめて離そうとしなかった。
「……また、会える?」
フードの奥から、か細い声が聞こえる。
ギデオンは、答えることができなかった。ただ、無言で、その小さな頭に、ごわごわした手袋の手を一度だけ置き、すぐに離した。それが、彼の不器用な、精一杯の別れだった。
修道院の扉が閉ざされ、彼の任務は、完全に終わった。
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その日から、さらに幾月かが流れた。
厳しい冬が訪れ、王都が深い雪に覆われたある朝、東門に、一人の騎士が立っていた。
その鎧は見るも無惨に打ち砕かれ、顔には生々しい傷跡が残っている。かつて彼が持っていたはずの盾は、どこにもない。だが、不思議なことに、彼の纏う空気は、旅立つ前の、あの鋼のような緊張から解放されていた。まるで、重い責務から解き放たれたかのように。
「……おかえり、騎士殿」
ヨハンの声に、ギデオンは静かに頷いた。
「任務は、完了した」
その声は、疲労困憊だったが、どこか穏やかだった。
彼は、ヨハンの前で立ち止まると、一瞬の沈黙の後、言った。
「……礼を言う、門番殿」
ギデオンは、それだけを言うと、ふらつく足取りで、雪の降り積もる王都の中へと消えていった。
ヨハンは、その背中が、朝日の中に溶けていくのを見送った。
そして、彼の脳裏に、いつもの、しかし、ひときわ力強い声が響き渡った。
《ピーン!スキル【見送る者】のレベルが40に上がりました》
《新たな能力『祈りの代理人』を【獲得】しました》
《旅人の魂の変革を観測。獲得した能力が、世界の『理』の一つ、【不屈の理】へと【昇華】しました》
理の会得。二つ目。
ヨハンは、あの騎士が、守るべきものを守り通したことを知った。そして、その過程で、彼自身もまた、過去の亡霊から救われたのだということを。
ヨハンは、門の外に広がる真っ白な雪景色を見つめた。
今日もまた、誰かが、それぞれの誓いを胸に、旅立っていく。彼の祈りは、その全ての盾となるのだ。
王女様が、安心して笑っているといいですね。
騎士ギデオンの未来に、幸あれ。




