『騎士ギデオンと守るべき誓い』 - 4
峠の頂は、風の通り道だった。遮るもののない吹きさらしの円形の広場に、月明かりが冷たく降り注いでいる。息を切らして駆け上がったギデオンと子供の前に、五つの影が静かに立ち塞がっていた。
黒装束の暗殺者たち。その中心に立つ男が、一歩前に進み出た。その男の纏う空気は、他の四人とは明らかに異質だった。死線を幾度も越えてきた者だけが持つ、凪いだ海の底のような静かな殺意。
「ご苦労だったな、サー・ギデオン。その子供は、我々が引き取ろう」
王国の闇を知り尽くした男、『影刃』。その声には、一切の温度がなかった。
ギデオンは答えず、ただ盾を構え、剣の切っ先を敵に向ける。背後では、子供が彼の外套の裾を、小さな手で固く握りしめていた。その震えが、ギデオンに伝わってくる。
「……貴公ほどの騎士が、なぜ、裏切り者の片棒を担ぐ。その子供は、この国に災いをもたらす火種だ。我らは、それを消すためにいる」
『影刃』は、まるで世の真理を語るかのように、淡々と言った。
「この子の無事を、ある御方と約束したからだ……それに」
ギデオンは、目を背けていた自身の心の変化を、今はっきりと直視する。
「俺が、この子を守ると決めた。だから守る。……だたそれだけだ」
理由になってないな、とギデオンは自嘲した。だがそれは、紛れもなく彼の本心だった。
「愚かなことだ」
『影刃』は、静かに刀を抜いた。
「ならば、その誓いごと、ここで果てるがいい」
その言葉を合図に、戦いは嵐のように始まった。
四方八方から繰り出される刃。ギデオンは、それを神業的な盾捌きでいなし、受け流し、弾き返す。だが、敵の攻撃は執拗だった。ガキン、と鈍い音が響き、彼の盾に、一本、また一本と、深い亀裂が刻まれていく。
「ふん、その盾も、もはや限界か」
『影刃』が、冷たく言い放つ。
その言葉通り、ギデオンの盾は、いつ砕けてもおかしくないほどに、無数の傷を負っていた。だが、不思議なことに、盾は砕けない。敵の刃が、あと一押しで盾を貫通するというところで、なぜか、ほんのわずかに滑り、威力が殺がれるのだ。
(……なんだ、この感覚は)
ギデオン自身も、その違和感に気づいていた。まるで、見えざる何かが、この盾を守っているかのように。脳裏に、あの老門番の言葉が蘇る。
『あなたの盾が、守るべきものを、守り通さんことを』
その時だった。『影刃』が、好機と見て、渾身の一撃をギデオンの盾へと叩き込んできた。それは、鋼の盾を紙のように引き裂く、必殺の一撃。
ギデオンは、衝撃に備え、奥歯を噛みしめた。
だが。
バキィン!という、これまでで最も大きな破壊音が響いた。しかし、盾は砕け散らなかった。致命的な一撃は、盾の表面で奇跡的に弾かれ、逸れたのだ。その代償として、盾は中央から真っ二つに割れ、もはや使い物にならなくなったが、確かに、その役目を果たしきった。
一瞬の、静寂。
誰もが、そのありえない光景に、動きを止めた。『影刃』の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
その一瞬を、ギデオンは見逃さなかった。
「う……おおおおおおおおおおっ!」
割れた盾を捨て、彼は獣のような雄叫びを上げた。
それは、任務でも、誓いでもない。ただ、この子を守りたいという、魂からの叫びだった。
彼は、もはや防御を捨てた。迫り来る刃を、己の鋼の肉体で受け止めながら、ただ前へ。その姿は、騎士ではなく、傷だらけの、巨大な守護獣だった。
そして、毒で霞む視界の中、彼は全ての力を込めて、渾身の一撃を、驚愕に目を見開く『影刃』へと叩き込んだ。
『影刃』の喉元を、その切っ先が貫いた時、戦いの音は、完全に止んだ。
後に残されたのは、風の音と、荒い息遣いだけ。
ギデオンは、血と泥にまみれ、その場に片膝をついた。脇腹からは、絶えず血が流れ落ちている。だが、彼は、ゆっくりと振り返った。
背後では、子供が、ただ呆然と、彼を見上げていた。
ギデオンは、その子に向かって、おぼつかない手で、そっと手を伸ばした。
「……無事か」
その声は、掠れていたが、不思議と穏やかだった。
子供は、こく、こくと、何度も頷いた。その瞳からは、大粒の涙が、後から後から溢れ出していた。
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