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『薬師リーナと月光草』 - 1

あ、これ夜中に書いているので誤字脱字とか支離滅裂なとこあったら教えて下さい。

 ヨハンが定年を返上してから、いくつかの季節が過ぎた。

 東門の石畳を、春には花売りの落とした花弁が、夏には夕立の後の涼風が、そして今は、乾いた落ち葉が舞い踊っている。ヨハンの日常は、何も変わらない。ただ、旅立つ者を見送り、帰る者を迎える。その繰り返しだ。


 だが、彼の周囲では、少しずつ、さざ波のような変化が起きていた。


「ヨハンさんのおかげだよ!あんたに見送ってもらったおかげで、峠の山賊に気づかれずに済んだんだ!」

 そう言って、大きな利益を上げた商人が、最高級の酒樽を担いで会いに来たことがあった。

「いやいや、あんたの運が良かっただけさ」

 ヨハンはそう言って笑ったが、その実、脳内では無機質な声が響いていた。

《ピーン!スキルレベルアップ!『荷馬車の轍の跡が、わずかに浅くなる』を獲得!》


「ヨハンの爺さんに見送ってもらうと、どうも調子がいい。ダンジョンのトラップが、なぜか上手いこと避けられるんだ」

 若い冒険者たちが、酒場でそんな噂を囁くようになった。

《ピーン!スキルレベルアップ!『洞窟の天井から滴る水滴が、首筋を少しだけ避けて落ちるようになる』を獲得!》


 東門は、いつしか「幸運の門」と呼ばれ始めていた。もちろん、大々的に噂されているわけではない。旅慣れた者たちの間で、お守りのように、あるいは願掛けのように、密やかに囁かれているだけだ。ヨハン自身は、そんな噂を意にも介さなかった。彼にとって重要なのは、自分の祈りが、旅立つ者のほんのささやかな助けになる、という事実だけだった。


 秋風がひときわ冷たく感じられる、そんな日の昼下がりだった。

 門の前に、一人の少女が立っていた。年は十五、六といったところか。簡素な旅人の服に、使い古された革の鞄を肩から提げている。その鞄は、様々な薬草の匂いが染みついているのか、彼女が動くたびに、微かに青い香りがした。


 彼女は、ただ真っ直ぐにヨハンを見つめていた。その瞳は、秋の空のように澄んでいるが、奥には夜の湖のような静かな深淵が広がっている。強い意志と、諦念にも似た覚悟。その二つが、小さな身体の中で危うい均衡を保っていた。


「どちらまで?」

 ヨハンは、いつものように声をかけた。

「北へ。……その先にある、『迷いの森』を目指します」

 少女の声は、か細いが、不思議と凛と響いた。

「迷いの森、か。あそこは、生きて帰った者も少ないと聞くが」

 ヨハンの言葉に、少女はこくりと頷く。

「……行かねばなりません。そこにしかないのです。妹の病を治す、最後の希望が」


 少女――リーナと名乗った彼女は、鞄から古びた一冊の本を取り出して見せた。それは、彼女の身体と同じくらい、大切にされてきたことが分かる薬草学の専門書だった。指し示されたページには、青白い光を放つ花の挿絵が描かれている。

『月光草』。

 あらゆる病を癒し、毒を浄化すると伝えられる、伝説の薬草。その唯一の自生地が、人の心を惑わし、二度と出られないという『迷いの森』の奥深く。


「無謀なのは、分かっています。ですが、私にはこれしか……」

 リーナは、本をぎゅっと胸に抱きしめた。その姿に、ヨハンは言葉を失った。これまで幾多の旅人を見送ってきた。希望に燃える者、野心に駆られる者、絶望から逃れる者。だが、彼女の抱く想いは、そのどれとも違っていた。それは、見返りを求めない、ただひたすらに純粋な、誰かを想う祈りそのものだった。


 ヨハンは、自らのスキル【見送る者】の本質に触れたような気がした。

 そうだ。俺がしていることは、これと同じなのだ。誰かの無事を、ただ、ひたすらに祈る。


 彼は、背筋を伸ばした。門番としての威厳でも、年長者としての風格でもない。ただ、同じ「祈る者」として、彼女に応えなければならないと思った。


「お嬢ちゃん」

 ヨハンは、穏やかに、しかし力強い声で言った。

「あんたの優しさが、きっと道を照らすだろう。迷いの森の暗闇でさえ、その光には敵うまい」

 そして、彼は続けた。これまでのどの旅人に向けるよりも、深く、静かな祈りを込めて。

「……いってらっしゃい」


 その言葉と同時に、ヨハンの魂から、温かな光が、糸のように伸びて、リーナの背負う薬草鞄に、そっと結ばれるのを、彼は確かに感じた。

 脳裏に、直接、声が響く。


《スキル【見送る者】が発動しました。対象者リーナに、祝福『道中の薬草が、ほんの少しだけ傷みにくくなる』を付与しました》


 リーナは、驚いたように目を見開いた。それから、その瞳に涙の膜が張り、彼女は深々と、壊れそうなくらい丁寧に、一礼した。

「……はい。いってまいります」


 顔を上げた彼女の頬を、一筋の涙が伝った。だが、その表情は、門に来た時よりもずっと晴れやかだった。

 リーナは振り返ることなく、北へと続く道を歩き出す。秋風に舞う落ち葉が、彼女の旅立ちを祝福するように、その小さな背中を追いかけていった。


 ヨハンは、その姿が見えなくなるまで、静かに見送り続けていた。

今日中にあと8本仕上げるぞー!



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