『騎士ギデオンと守るべき誓い』 - 1
笑わぬ騎士ギデオンの旅がはじまります。どうぞお付き合いください。
老学者アルバスからの手紙が届いてから、王都は本格的な冬の支度を始めていた。北から吹き付ける風は日増しに冷たさを増し、人々は襟を立て足早に門を通り過ぎていく。ヨハンの吐く息も真っ白に凍てついては空に消えた。
彼の立つ東門は今や王都の七不思議の一つに数えられるまでになっていた。ヨハン自身はただ黙って門に立ち続けているだけだというのに。
その日の夜明け前、まだ空が鉛色に沈んでいる刻だった。
衛兵の交代の合間を縫うように、二つの人影が音もなく門へと近づいてきた。
一人は屈強な体躯を、華美な装飾の一切ない実用本位の鋼の鎧で固めた騎士。その貌はまるで石像のように無表情で、一切の感情を読み取らせない。王宮騎士団の中でもその厳格さで知られる「笑わぬギデオン」その人だった。
そしてそのギデオンの大きな手に、小さな手が固く握られていた。
フード付きの粗末な外套を深く被り、その顔を窺い知ることはできないが、ギデオンの背に隠れるようにして歩く姿は、幼い子供のものであると分かった。
ギデオンはヨハンの前を、言葉を発することなく通り過ぎようとした。
その全身から放たれる任務の重圧と、他者を拒絶するような緊張感。それはこれまでヨハンが見送ってきたどの旅人とも異質だった。これは希望の旅ではない。生きるか死ぬか、その瀬戸際を渡る影の旅路だ。
「―――騎士殿」
ヨハンは静かに声をかけた。
ギデオンの足がぴたりと止まる。その鋼のような瞳が初めてヨハンを捉えた。その瞳の奥には疲労と、そして守るべきものを持つ者だけが宿す悲壮な覚悟が渦巻いていた。
ヨハンは騎士が手を引く子供にそっと視線を移した。子供は外套の陰でびくりと身体を震わせる。
ヨハンは何も聞かなかった。この旅の目的も子供の正体も。彼が知るべきことではない。彼にできることはただ一つだけだ。
「あなたの盾が、守るべきものを、守り通さんことを」
それは問いかけではない。ただ純粋な祈りだった。
ギデオンの石のような表情がほんのわずかに揺らいだ。驚きとも困惑ともつかぬ感情が、一瞬だけその瞳をよぎる。彼はこの老門番が、自分の旅の本質を、その重さの全てを見抜いていることに気づいたのだ。
だが彼は何も答えなかった。
ただほとんど誰にも気づかれないほど小さく、そして深く、一度だけ頷いた。それが彼の最大限の返答だった。
ギデオンは再び子供の手を強く握りしめると、まだ明けやらぬ東の空の下へと音もなく歩み去っていった。その背中はまるでこの国が背負う影そのものを、一人で引き受けているかのようだった。
二つの人影が薄闇の中に完全に溶けて見えなくなった後。
ヨハンの脳裏にいつもの声がひときわ厳かに響いた。
《スキル【見送る者】が発動しました。対象者ギデオンに、祝福『掲げる盾が、ほんの少しだけ傷つきにくくなる』を付与しました》
ヨハンは東の空が白み始めていくのをじっと見つめていた。
あの騎士の旅路が血と裏切りにまみれたものであろうことを、彼は予感していた。それでもその旅の終わりに、彼が守り抜いたものと共に一筋の光を見出せるようにと。
ただそれだけを祈った。
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