『少年カインと錆びぬ剣』 - 4
暗闇の中、カインは、自分の剣で、硬い岩盤を叩き続けた。だが、びくともしない。背後からは、怯える子供たちの、小さな泣き声が聞こえる。
彼は、一度だけ、天を仰いで、歯を食いしばった。そして、泣きじゃくる子供たちの元へと向き直った。
「……行くぞ。ここから、出るんだ」
カインは、松明に火を灯すと、一番幼い子の手を引き、洞窟の奥へと歩き始めた。彼は、もう、守られるだけの少年ではなかった。
廃鉱山は、迷路のように別の坑道へと繋がっていた。数日間、闇の中を彷徨った末、彼らは、山の反対側にある、小さな出口から、再び陽の光の下へと出ることができた。
カインの、新しい旅が始まった。それは、守るための旅だ。
ある夜、焚火を囲んでいると、一番年上の少年が、ぽつりと、あの日のことを語り始めた。
「……あの緑の巨人……ゴブリンと戦ってた。でも……同じ、緑の巨人とも、戦ってた。『裏切り者!』って、叫ばれてたんだ……」
カインは、息をのんだ。
彼は、そこで初めて、オークが払った犠牲の、本当の重さを知った。彼は、ただ村を守ろうとしただけではない。一族を、故郷を、己の誇りさえも捨てて、人間の子供たちを守ろうとしたのだ。
カインは、夜空を見上げ、固く、誓った。この命に代えても、この子たちを、守り抜こう、と。
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その年の冬の終わり、雪解けが始まったばかりのある日。
南の街道から、小さな一団が門を目指してやってくるのが見えた。先頭を歩くのは、一人の若い剣士。その後ろを、数人の子供たちが、彼を信頼しきった様子でついてくる。
ヨハンは、その剣士が、かつて見送った少年カインであると、すぐに分かった。
かつて彼を支配していた憎しみの色は消え、代わりに、守る者の、静かで、揺るぎない覚悟が、その瞳の奥に宿っていた。
「ただいま、戻りました。門番さん」
「おかえり。……良い顔つきになったな」
カインは、少しだけ照れたように笑うと、静かに語った。
「俺が追っていた相手は……仇じゃありませんでした。彼は……全てを捨てて、俺たちを守ろうとした、一人の、誇り高い戦士でした」
彼は、背後の子供たちに、優しい視線を向けた。
「これから、北の開拓地へ向かいます。この子たちが、安心して暮らせる村を、この手で作るために。……それが、俺が、あの人から託されたものなので」
「そうか。……お前の剣は、もう錆びることはないだろうな」
「はい。これは、守るための剣ですから」
カインは、力強く頷いた。
「いってらっしゃい、カイン。お前たちの新しい旅に、幸多からんことを」
「はい!いってまいります!」
カインは、晴れやかな顔で一礼すると、新たな家族と共に、王都を通り過ぎ、北へと向かっていった。
その後ろ姿を見送った後、ヨハンの脳裏に、ひときわ力強い声が響いた。
《ピーン!スキル【見送る者】のレベルが25に上がりました》
《旅人の魂の変革を観測。獲得した能力が、世界の『理』の一つ、【守護の理】へと【昇華】しました》
理の会得。
ヨハンは、その言葉の重みを、静かに噛みしめた。
憎しみの果てに、少年は、守護者となった。一人のオークの悲劇と、その最後の祈りが、こうして、新たな希望へと受け継がれていく。
ヨハンは、カインたちが向かった北の空を見上げた。厚い雲の切れ間から、春の訪れを告げる陽の光が、まっすぐに差し込んでいた。
誇り高き戦士に、幸あれ。ですね。




