歴史学者エラーラと禁じられた発掘 - 7
――時を同じくして。
隣のテントでは、マーティンが旅装を整えていた。
壁画の拓本と、自身の手記を鞄に詰める。
その手は震えていたが、迷いはなかった。
これを持ち帰れば、自分は破滅するかもしれない。だが、知ってしまった以上、目を背けることはできなかった。
「……やるしかない」
彼は自分に言い聞かせるように呟き、鞄の留め具を締めた。
「何をしているのですか? マーティン様」
不意に、背後から声がかかった。
クラリスだ。
いつものおどおどとした様子で、入り口に立っている。
「ああ、クラリスか。……すまないが、予定を早めて出発する。君も準備をしてくれ」
「出発? こんな夜更けにですか?」
「一刻も早く、王都へ戻らねばならんのだ。この……『真実』を届けるために」
マーティンは鞄を撫でた。
クラリスは眉を下げ、心配そうに歩み寄る。
「でも……そんなことをなさっては、マーティン様のお立場が……。下手をすれば、異端として処刑されてしまいます」
「覚悟の上だ」
マーティンは、穏やかな顔で首を横に振った。
「私は今まで、教会の権威を笠に着て生きてきた。だが、今日あの壁画を見て目が覚めたのだ。……私は、聖職者として、最後に一つだけ『正しいこと』をしたい」
「マーティン様……」
「クラリス、君を巻き込んでしまってすまない。だが、ついてきてくれるか」
クラリスは、潤んだ瞳でマーティンを見上げた。
「……もちろんです。マーティン様は、とても立派な方ですもの」
「ありがとう……」
マーティンは安堵の息をつき、彼女に背を向けた。
孤独な戦いになると思っていた。だが、理解者が一人でもいてくれるなら、きっと戦える。
そう思った、その時だった。
――ドスッ。
鈍く、重い音が響いた。
熱い衝撃が、背中から胸へと突き抜ける。
マーティンは目を見開き、自分の胸元を見た。
そこには、法衣を突き破って、赤く濡れた刃が生えていた。
「が……はっ……」
鋭い痛み。
口から血が溢れる。
彼は膝から崩れ落ち、床を這うようにして振り返った。
そこに立っていたのは、クラリスだった。
にっこりと。
目元を細め、心から楽しそうに微笑んでいる。
「な……ぜ……」
「残念です、マーティン様」
クラリスは、血に濡れたナイフを引き抜くことなく、落ち着いた声で言った。
彼女はゆっくりと眼鏡を外し、その唇の端を吊り上げた。
「せっかく、心が通じ合えたと思いましたのに。……貴方のような方が不都合な『真実』を見つけてしまったことが、本当に悔やまれます」
マーティンの視界が霞む。
薄れゆく意識の中で、彼は理解した。
自分が見下し、連れ回していたこの少女こそが、教会の「闇」そのものだったのだと。
皮肉な話だ。
真実を見ようとした瞬間に、その真実によって消されるとは。
「ああ……神よ……私はあなたに尽くしてきました。……私の何が……いけなかったのでしょうか」
マーティンは、震える手で懐の聖書に手を伸ばした。
「いつまでも偽りの中で生きていれば、幸せだったんですよ」
短剣が引き抜かれ、鮮血が舞う。
マーティンの手が、聖書に届くことは無かった。




