歴史学者エラーラと禁じられた発掘 - 6
遺跡での調査を終え、地上に戻った頃には、すでに日は没していた。
森の夜は早い。
木々の隙間から覗く月明かりだけが、キャンプサイトに張られたテントを青白く照らしている。
エラーラは、自分用の小さなテントの中で、ランプの灯りを頼りに資料を広げていた。
手元には、昼間拓本を取った壁画の写しがある。
勇者レイヴン。
背中を狙う兵士たち。
そして、慈愛と悲しみに満ちたダークエルフ、ダリア。
(これが公になれば、王国と教会の歴史は根底から覆る)
マーティンは「明日、一番にここを発つ」と言っていた。彼はあの後からひどく静かになり、今は自らのテントで証拠品の整理をしているはずだ。
エラーラが眼鏡を外し、目をこすった時だった。
ふっ、とランプの炎が揺れた。
風はない。テントの入り口は閉まっている。
「……動くな」
耳元で、冷たい声がした。
同時に、金属の感触がエラーラの喉元に押し当てられる。
短剣だ。気配は全くなかった。
「声を上げれば切る。……質問にだけ答えろ」
声の主は、背後に立ったまま、抑揚のない口調で続けた。
「お前は、教会の『掃除屋』か?」
掃除屋。その単語に、エラーラは息を呑んだ。
「……なんのことですか」
「とぼけるな。不都合な真実が見つかりそうな時、教会はいつだって証拠を消しに来る。お前も、あの壁画を破壊しに来たのだろう」
刃がわずかに食い込む。
侵入者は、エラーラたちが今日「見てはいけないもの」を見たことを知っている。
「ち、違います……!」
エラーラは、声を絞り出した。
「私は歴史学者です。破壊するためじゃない……記録するために来たんです」
「学者? 教会にとって、真実を掘り返す学者ほど邪魔なものはないはずだが」
「だからこそです。私は、あの壁画の『嘘』を見抜きました。……あそこに描かれていたのは、天使なんかじゃなかった」
背後の気配が、ピクリと反応した。
「……続けろ」
「300年前、勇者の隣にいたのは……『ダリア』という名の、ダークエルフだった」
一瞬の沈黙。
やがて、喉元に当てられていた刃が、ゆっくりと引かれた。
「……その名を、どこで」
侵入者の声から、殺気が消えていた。
「遺跡の記録から読み取ったのか?」
「はい。画家が隠したアナグラムを解読しました。……あなたは、一体」
侵入者は短剣を鞘に納め、フードを外した。
ランプの光が、その素顔を照らし出す。
透き通るような白い肌。そして何より、髪の間から覗く、長く尖った耳。
それは、数百年前に多く存在していたと言われる、エルフの特徴だ。
「……まさか、あなたは『古のエルフ』……?」
エラーラは息を飲んだ。
「……レノーアだ」
「レノーア……?」
「すまない。敵と間違えた」
レノーアと名乗ったエルフは、自嘲気味に呟いた。
「人間の口から、ダリアの名を聞くことがあるとはな」
彼女の瞳には、懐かしさと、そして深い悲しみが宿っていた。
それは、歴史という大きな流れの中で、たった一人で記憶を抱え続けてきた者だけが持つ孤独の色だった。
「……礼を言う、学者殿。彼女が生きた証を、見つけてくれて」
「あ、あの……」
「だが、忘れろ。これ以上深入りすれば、お前も消され――」
レノーアの言葉が途切れた。
バッと顔を上げ、テントの外を睨む。
「……血の匂いだ」




