歴史学者エラーラと禁じられた発掘 - 4
「アナグラム……?」
マーティンは、怪訝な顔で眉をひそめた。
彼にとって、教会の歴史は絶対不変の真理だ。そこに裏があるなどという発想自体が存在しない。
「なんですか、それは」
「言葉遊びです」
エラーラは短く答えた。
「三百年前、どうしても残したい『真実』があった人間が、権力者の目を欺くために用いた暗号技術。……命がけの、抵抗の証です」
「抵抗? 誰が、誰に対してです」
「当時の画家が、『綺麗な英雄譚』を作ろうとした者たちに対して、ですよ」
エラーラは静かに言った。その声には、かつての記録者への敬意が混じっていた。
彼女は手袋を外し、素手で文字盤に触れた。
「見てください。『S A I N T A ᵈ R I A(聖女アドリア)』。この不自然に浮いた『D』を、先頭に移動させます」
エラーラの指が、空中で文字をなぞる。
A ᵈ R I A
↓
D A R I A
「『D A R I A』」
「ダリア……?」
「当時のエルフ、それも『ダークエルフ』の女性に多かった名前です」
マーティンの顔色がサッと変わった。
「ば、馬鹿な。天使様が、あのような穢れた闇の種族であるはずがない」
「ええ。教会にとっては『穢れた種族』でしょう。だからこそ、消されたのです」
エラーラはマーティンの反論に取り合わず、次の文字を指差した。
「天使の足元。『A N G ᴱ ᴸ』。これも、LとEが浮いています。入れ替えると、こうなります」
A N G E L
↓
A N G L E
「『A N G L E』……『角度』です」
「角度?」
マーティンは首をかしげた。
エラーラは何も言わず、持っていた松明を動かした。
壁画の正面から、壁に擦れるような**「真横」**へ。
強烈な横からの光。
影が伸びる。
「あっ」
クラリスが息を飲んだ。
光の角度が変わったことで、白い絵の具の厚塗りが影を落とし、隠されていた本来の輪郭が浮かび上がった。
そこに現れたのは、優美な天使の翼ではない。
絵の具の凹凸が描き出したのは、「長く尖った耳」と、「編み込まれた髪」。
そして、慈愛ではなく、悲しげに勇者を見つめる、ダークエルフの女性の横顔だった。
「こ、これは……」
マーティンが絶句し、後ずさる。
聖なる天使が、教会が忌み嫌う闇の種族へと変貌したのだ。
言葉ではなく、光と影を使った、誰にでも分かる「真実」の提示。
「これが、画家が命をかけて残したかったものです」
エラーラは静かに告げた。
「勇者レイヴンの隣にいたのは、天使ではありませんでした。歴史から抹消された種族、ダークエルフの『ダリア』だったのです」




