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『少年カインと錆びぬ剣』 - 3

 カインが呆然と膝をつく、その間にも、赤牙ゴブリンの群れは、涎を垂らしながら洞窟へと雪崩れ込んでくる。その数は、二十を超える。絶望的な戦力差だった。


「……小僧!立て!」

 オークの怒声が、カインの心を現実に引き戻した。

「俺が前衛をやる。お前は、子供たちを守れ!」

 オークは、右腕一本で巨大な鉈を構え、洞窟の入り口に仁王立ちになる。その背中は、傷つき、疲れ果ててはいるが、それでも、山のように大きく見えた。


 カインは、床に落ちた自分の剣を、震える手で拾い上げた。

 もう、この刃に、憎しみはない。だが、代わりに、今、守るべきものが、背後にはっきりと存在していた。

 彼もまた、オークの隣に立つ。


「……すまんな」

 オークが、短く呟いた。

「礼なら、後で聞く」

 カインは、そう言い返した。


 戦いが始まった。

 オークの鉈が、唸りを上げてゴブリンを薙ぎ払う。カインの剣は、その隙を埋めるように、的確に敵の喉を貫いた。憎しみから解放された彼の剣筋は、以前とは比べ物にならないほど、洗練され、そして冴え渡っていた。

 だが、敵の数は、減らない。倒しても、倒しても、次から次へと、新たなゴブリンが洞窟へと侵入してくる。


 二人の身体には、少しずつ傷が増えていく。特に、オークの消耗は激しかった。

「ぐっ……!」

 一体のゴブリンの槍が、オークの脇腹を深く突き刺した。オークは、片膝をつき、その動きが鈍る。

 それを見たゴブリンたちが、一斉に、背後の子供たちへと殺到した。


「させん!」

 カインは、子供たちの前に立ちはだかる。だが、多勢に無勢。もはや、これまでか。


「……小僧!」

 その時、オークが、最後の力を振り絞るように叫んだ。

 彼は、カインの目を見て、静かに言った。

「俺は、もう、帰る場所も、誇りもない。……だが、こいつらだけは、未来へ……」

 彼は、おもむろに、胸に刻まれた『破滅の呪印』に、自らの血を塗りつけた。

 禍々しい紋様が、不気味な光を放ち始める。


「なっ……!やめろ!」

 カインが叫ぶが、もう遅い。

「これは……俺の、最後の仕事だ」

 オークは、穏やかな顔で、そう言った。まるで、長年の重荷から、ようやく解放されるかのように。

 彼は、最後の力で、カインと子供たちを、洞窟の奥へと突き飛ばした。そして、自らは、ゴブリンの群れの中心へと、最後の突撃を敢行する。


「さらばだ、小僧。……達者でな」


 次の瞬間。

 世界から、音が消えた。

 凄まじい閃光と衝撃波が、洞窟全体を揺るがし、入り口が、巨大な岩盤ごと、完全に崩落した。


 後に残されたのは、絶対的な静寂と、闇だけだった。

 カインは、崩れ落ちた岩壁の前で、ただ、立ち尽くしていた。

 オークの最後の言葉と、その背中が、彼の網膜に、永遠に焼き付いていた。

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― 新着の感想 ―
 漢、オーク。願わくば安らぎの有らん事を。
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