六
風鈴が涼やかな音色を奏でる縁側で、ばあちゃんは猫とひなたぼっこしていた。うちの猫ではなく、隣の家の飼い猫のミイちゃんだ。
全身ずぶ濡れになった姿で庭に現れた僕たちを見て、ばあちゃんは驚いて駆け寄ってきた。
「夏樹! そんなに濡れてどうしたんだい?」
「ばあちゃん、郁人が怪我してるんだ。早く手当てしないと」
「まあ、夏樹の友達かい?」
「こんにちは」と、郁人は会釈した。
郁人の膝からは水と混ざり合った血が流れている。
ばあちゃんは家の中に入ると、タオルと救急箱を持って戻ってきた。縁側にタオルを敷き、郁人にその上に座るよう促した。
「ど、どどど、どうしよう。すごく血が出てるよ。僕のせいで……」
「夏樹、落ちつきなさい。たくさん血が出ているように見えるけど、傷は浅いみたいだよ。タオルで押さえていれば、すぐに止まるからね」
おろおろと慌てているのは僕だけで、ばあちゃんも郁人も冷静だった。ミイちゃんも縁側に手足を投げ出して呑気に寛いでいる。
「着替えは夏樹の服じゃ小さいかしら。夏樹より背が高いからねえ」
「着替えは大丈夫です。俺の家、向こう岸の青い瓦屋根の家なので。帰って着替えます」
郁人が青い瓦屋根の家を指さすと、ばあちゃんは驚いたように目を見開いた。
「もしかして、柳瀬さんのお孫さんかい? 東京に住んでいるって聞いていたけど、こっちには遊びにきたの?」
「いえ。先月、母が事故で亡くなって、祖父の家に引き取られることになったんです」
ばあちゃんは目を見開いて、声を詰まらせた。
「まあ、先月に……ばあちゃんより若い人が先に旅立ってしまうなんて……それに、この間柳瀬さんは骨折して、まだ入院しているでしょう?」
「えっ、そうなの?」
驚いて郁人の顔を見た。
「うん、自分で庭の木を切ろうとしたら転んで。だから、今はひとりで暮らしています」
「ご飯はどうしているの? ちゃんと食べているのかい?」
ばあちゃんは心配そうな表情で郁人に聞く。
「はい、自分で適当に作ってます」
「あっ、そうだ。煮物作ったから持っていきなさい。今、タッパーに詰めてくるから」
言われてみれば、煮物の美味しそうな匂いが縁側まで漂っている。
ばあちゃんが台所へ行っている間に、郁人の膝を押さえていたタオルを外してみると、もう出血は止まっているようだった。
僕のせいで怪我をしたのに何もできなかったから、せめてこれだけでもと絆創膏を貼らせてもらった。
ばあちゃんは戻ってくると、煮物だけではなく、リンゴやお菓子や何やら色々入った袋を郁人に手渡した。
「何か困ったことがあったら力になるからね。いつでもうちに遊びにおいで」
「ありがとうございます」
郁人は微笑んで袋を受け取った。
「じゃあ、もう帰るよ。また明後日、補習で」
「えっ? 本当に補習受けるの? 怪我してるし、プールはやめた方がいいよ」
「大丈夫、明後日までに治すから。じゃあな」
ひらひらと手を振って、郁人は帰っていった。
「夏樹が友達を連れてくるなんてめずらしいねえ。それに、いつも絵ばかり描いてるお前が川で遊ぶなんて……よっぽど仲がいいんだね」
「なっ、仲良くないから。偶然川で会っただけだから」
「おや、顔が真っ赤だよ」
ばあちゃんは、僕の顔を見て悪戯気に笑っている。
「シャ、シャワー浴びてくる!」
逃げるように家の中に入ると、浴室に駆け込んだ。洗面台の鏡に映る自分の顔は、ばあちゃんが言った通り、ほのかに赤らんでいる。
あの時、腕を掴もうとして躊躇した。きっと不自然に思われただろう。
友達同士なら普通にできるはずのことが、僕には難しい。
鏡から目を背けると、浴室の中でうずくまった。