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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二次創作:『亜空間グランデホテル』業務日誌

道標の星、未だ動かず

作者: ちょび

副題:──ある星詠みの祷り──

 今日も私は星に祷る。絶える事無く祷りを捧ぐ。

 父母の無事を。あの人の未来を。同胞の自由を。

 引き裂かれた絆の先は昏い帳に覆われた地。

 道標カセの星は、未だ動かず──。


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜


「キイさん、『ぷらねたりうむ』ってなんでしょうか?」


 私は、カウンター越しに硝子の薄板に映る女店主──キイさんに尋ねた。少し遅めのお昼休憩。飲み物や軽い食事を供する『喫茶Green Garden』も人影は然程多くない。


「プラネタリウム…ですか?うーん、グランかエアなら知っているかも知れませんね」


 お役に立てなくてご免なさいね。そう言いながら『もにたー』と呼ばれる硝子の薄板の内で、キイさんが頬に片手を添えた。彼女は、世界と世界の狭間に在ると言う魔法の宿『亜空間グランデホテル』の守護者『えーあい』の一柱で、この喫茶店を任されている。召喚した精霊が魔法陣の中に縛られる様に、キイさん達も『もにたー』からは出られないのだそうだ。


 私は手許の本に目を落とした。華やかな彩りに溢れた挿絵の付いた贅沢なそれは、この御休み処に併設された書庫にあるものの一冊だった。

 此処にある本は読み書きが不自由な者の為に色とりどりの挿絵が付いたものが多く、内容も子供向けの童話や図鑑から大人向けの読み物、料理や裁縫・手芸の手解き、民間療法等多岐に渡っている。


 反面、機密に関わるような文書や魔法書の様な危険な書物は置いておらず、あくまで娯楽に特化している様だ。


 私が今、読んでいる本も星占いを題材にした恋物語。別の世界を舞台にしたそれは、私が見た事の無い珍しい物や出来事に溢れていた。その中にチラッと登場するのが『ぷらねたりうむ』だ。

 窓の無いドームの中で夜空の幻を映すと言う魔法仕掛けの建物では、遠い国の星空すらも見る事が出来るらしい。お昼休憩が終わるまでその頁に目を落とした私の脳裏には、もう訪れる事の出来ない場所の星空が広がっていた。


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜


『──あの白いケムリはなに?』


 夜空に掛かった橋の様に淡く光る筋を指差し、まだ小さかった私は傍らで難しい顔をしているコハブに聞いた。

 篝火が焚かれた夜の草原は満天の星に照らされ、寝ぼけた羊達が時折目を覚ましてはか細い声で鳴く。高原を渡る風は涼しさを通り越して冷たく、私達は分厚い毛織のマントに包まりながら焚き火と夜の見張りをしていた。


『あれは"天河"。星が集まって流れてる河だって長老が言ってた』


 少し歳上の幼馴染はそう言って、白い煙の様なソレを穹の端から彼方までぐるっとなぞる様に指差した。星々を映した双眸は煌めき、まだ声変わりを迎えていない声は少年らしく澄み切っていた。


『ふぅん、そうなんだ』


 その星々は何処から流れて来たんだろう。何処へ流されて行くのだろう。幼い私の頭の中で、キラキラと輝く星達が光の河を木の葉の様にクルクルと回りながら流されて行った。


 『星』と言う言葉を教えてくれたのもコハブだった。私はそれまで、あの夜空にキラキラ輝くのは神様の羊で白いケムリは甘いミルクの流れる川だとばかり思っていた。そうコハブに話したら『ヤレアハは食いしん坊だな』と揶揄われ、私はついムキになって『じゃあ、コハブは星が何なのか知ってるの?』とやり返した。

『もちろん知ってるさ!』コハブは得意そうに言った。

『"星"は生命のかがやき。地上を去った魂とこれから産まれてくる生命が光になって大地を照らしているんだ』

 それ長老の受け売りじゃない!ドヤ顔のコハブに私はツッこんだ。


 私達は"星詠みの民"と呼ばれる古い部族だ。星を崇め、星に導かれ、家畜を連れて各地を巡りながら天候や未来を占って生計を立てていた。コハブは物心ついた時から長老に付いて星の詠み方を学んでいたから、将来は良い長になるだろうと周りからは言われていた。

 尤もコハブ自身は別の夢を持っていたけど。


『オレは冒険者ってヤツになりたいな』


 遠い星空を眺めながら彼は呟いた。


『そんで、まだ誰も見た事の無い星空をいっぱい見付けるんだ!』そう言って笑った幼馴染の顔は希望に輝いて見えた。



 それが、コハブや家族と一緒に過ごした最後の夜になった。


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜


「プラネタリウムですか?知ってますよ」


 私の上司、アルコさんが『もにたー』の中で朗らかに笑った。私が勤める『旅行代理店』──旅人を相手に世界各地の情報や水先案内を商う店──は、日中の日差しに似た柔らかな灯火に照らされ宵の口の仄暗さとは無縁だった。


 この『旅行代理店グランデツーリストアルコ』に採用されてから数ヶ月ほど経った。慣れない制服を着こなせる様になり接客もアルコさんから漸く合格が貰えたので、私も受付と『扉』への案内係として働いている。

 同じ様に旅の情報を扱う冒険者ギルドと大きく違うのは『扉』と呼ばれるドアから直接、目的地に向かう事が出来る事、そして旅先の安全や快適さが万全に確保されている事だろう。各地を股に掛ける交易商人や秘境に挑む冒険者にとっては夢の様な魔法の扉だ。


 …そう言えば今日、朝イチで秘境中の秘境『ビフラス渓谷』に挑んだまま帰って来ていない冒険者達が居る。受け付けカウンターの営業が終わっても私が待機しているのはその為だ。

『もにたー』の中のアルコさんの整った眉間にも縦ジワが刻まれ始めている。万が一、旅先で大きな危険に陥った場合は魔法でターミナルに在る診療所に転移させられるけれど、それでも無事に還って来るのに越した事は無い。

 胃の痛くなりそうな待機時間の暇つぶしと気分転換を兼ねて、私は昼休憩の時の『ぷらねたりうむ』の話を持ち出したのだけど、まさかアルコさんが知っているとは思わなかった。


「ほら、このオフィスの通路に星空を投影しているでしょう?あれをそのまま大きなホールで移した様なものなの。オーナーの故郷では誰でも入れる施設だったみたいね」


 あの"天空回廊"の事ですか?私は思わず食い気味に尋ねた。この店の面接を受ける為に、最初に動く通路に足を踏み入れた時には思わず腰を抜かしそうになった。まるで本物の夜空を、幼馴染と一緒に見た天河の上を滑る様に歩いている様な気がして、このホテルに──そしてオーナーの力に──半ば畏怖の念を抱いた程だった。


「"天空回廊"は素敵な別名ね。宣伝に使わせて貰おうかしら」


 アルコさんは楽しそうに微笑みながら頷いた。あの回廊に映し出された星空でさえ本物との見分けが殆ど付かなかったのだ。それが大きなドームの中ならば圧巻の絶景になるだろう。


「あの…、通路に映せる星空は決まっているのでしょうか?」私は遠慮がちに尋ねた。


「エルーシア世界の中なら何処でも大丈夫よ。今の時代だけでなく昔の星空でも映せるわ」


 流石に異世界の空は無理だったけど。以前、里心のついたオーナーに頼まれた時の話をアルコさんはしてくれた。"稀人"として別の世界から来たと言うその人は無理だと分かってがっかりしたそうだけど、故郷を無くした私にとってはオーナーの心情が良く判る気がした。


「そう言えば、ヤレアハは"星詠みの民"だったわね」


 なら作り物の星空より、本物の星空の美しさを良く知っているのではなくて?アルコさんの指摘は尤もな事だった。


「確かにアルコさんの言う通り、私は"星詠み"の一人です。本物の夜空の美しさも知っています。でも…」


 ──私が見たいのは、もう取り戻せない『あの日』の星空なんです。そう言って俯く私を、アルコさんは『もにたー』の中から気の毒そうに見ていた。


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜


『──ヤレアハ!逃げろ!』


 父さんの怒鳴り声が、同胞の悲鳴が、家畜達のけたたましい鳴き声が耳を打つ。獣避けの篝火が次々と蹴り倒され天幕に火矢が放たれた。母さんに手を引かれ私は一緒に夜闇を駆けた。コハブと彼の姉さんも一緒に逃げた。

 けれど私はすぐに捕らえられ、家族と引き離された。小汚い檻の中に投げ込まれた子供達を初老くらいの男がニタニタしながら見下ろしていた。


『シシシ大漁アルネ♪ミーは天才軍師アルネ!ヤバン人のガキは長持ちネ!高く売れるネ!』


 クエンゼン訛りで嫌な嗤い方をする男はゲセナの奴隷商人だった。落ちぶれた冒険者や傭兵崩れの破落戸を雇っては国境を跨ぎ、カディル人や少数部族の集落を襲う『奴隷狩り』を繰り返していた。

 母さんやコハブの姉さん達、怪我をした父さん達も捕らえられ、それぞれ別の荷馬車に詰め込まれた。長老は…皆の前で火炙りにされた。ちょび髭を生やした貧相な奴隷商人が見せしめだと嘲笑った。


『ババアの丸焼きマズイアルネ!ゲヒャヒャ♪』


 生きながら焼かれる苦痛に耐えて睨みつける長老に唾を吐きかけると、猿みたいな小男は鼻歌交じりに私達の「出荷先」とやらの割り振りを始めた。


『…アイツが油断してる今がチャンスだ』


 何時の間に隣に来ていたんだろう。同じ檻に囚われていたコハブが、私の耳元にそっと囁いた。


『──良いか?俺が合図したら振り返らないで全力で走れ。今度は絶対に捕まるなよ』


 そう言いながら、コハブは懐から鈍く光る鍵を取り出した。暗がりに紛れて鍵穴に差し込むと錠は音も無く外れた。


『捕まった時に隙を見てスり獲ってやったのさ。アイツ、ガキだと思ってナメ過ぎだろ』


 柱に繋がれたまま息絶えた長老に短い黙祷を捧げると、コハブは両方の袖から一掴み分の黒い玉を出した。魔獣への護身用に持ち歩いていた癇癪玉で、叩き付けると獣避けの臭いと共に大きな音と火花が出る。


『長老の仇討ちだ。──行くぞ!!』


  そう言って檻の扉を思いっ切り蹴り開けると、コハブは間髪を入れずにありったけの癇癪玉を焚き火に向かってぶち撒けた!


『──パパパパパンッ!』


 激しい火花と大きな音、そして大量の臭い煙が瞬く間に辺りを覆う!怯えた荷馬や家畜達が暴れ出し幌馬車が土煙を立てて横倒しになると、捕らえられていた大人達が這い出し次々と逃げ去って行く!


『行け!ヤレアハ!また天河の下で!』


 両親の姿を探す私の背をコハブが乱暴に押し、私も弾かれた様に暗闇へ走り出した。


『アイヤー!ミーの完璧無欠な策が台無しアル!オマイらさっさと捕まえるアルネ!』


 小男が泣き喚く声が、興奮した馬の嘶きが、追手の足音が次第に遠ざかり焚き火が星よりも小さな光になっても、私は意識が遠ざかるまで無我夢中で走り続けた。


 靴は破れ、足から血を流して倒れていた私を助けてくれたのはカディルの民だった。彼等もまた、ゲセナの『奴隷狩り』から逃れる為に各地を転々としていて、カディル人に比較的寛容なドルナウの街を目指して旅を続けていたのだ。


『奴等、スヴェンセンの麓にまで侵入していたとはな。エヴァンス周辺も安全では無くなったか…』


 カディル人達を率いる長が険しい顔をして高原──私が逃げて来た方向──を睨んだ。本来ならば、彼等はエヴァンスの街で少し休むつもりだったらしい。


『…君のご家族には気の毒だが、我々は直ぐにドルナウに向かうつもりだ。身寄りが無いならば君も一緒に来ると良い。勿論、色々と手伝ってはもらうけどね』


 散り散りに逃げたコハブや家族の事は気掛かりだったけど、今、独りで彼処に戻っても出来る事は何も無い。あの猿みたいな小男が待ち構えている危険もある。少しだけ逡巡したけれど、私もカディル人達の一行に加わりドルナウを目指す事にした。『また天河の下で』コハブや家族に逢える願いを託して。


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜


 "カディル人"となった私は、ゲセナの『奴隷狩り』や差別意識の強い街を避け、遠回りしながらドルナウに辿り着いた。

 旅の途中で何度か"星詠みの民"の噂話を耳にしたけれど『全員、死に絶えた』とか『奴隷としてゲセナで売り飛ばされた』と言う話ばかりで、家族やコハブの消息はさっぱり掴めなかった。


 そして、やっとの思いで辿り着いたドルナウにも密かに奴隷商人の魔手が伸びていた。コバディ商会を継いだドゴスと言う男が密かにゲセナと通じていたのだ。

 更に悪い事に、当時エルセラの宰相を勤めていたゴアと言う男もゲセナに加担し、国を弱体化させるべく各地でスタンピードを引き起こしていた。


 幸い彼等の企みは有力貴族のボードン一族によって潰され、魔獣に壊されたドルナウの復興もオーナーが持つ"稀人"の力で大きく前進した。

 それまでの街での仕事──家畜の世話や空詠み──を失った私も、オーナーの紹介でアルコさんに雇ってもらう事が出来た。私が"星詠みの民"だったと知ると、アルコさんは「貴女の旅の話を是非聞きたいわ!旅行代理店にピッタリの人材よ」と嬉しそうに笑った。


 それから数ヶ月、仕事に必要な読み書きや知識、接客の作法、新しい制服の着付けをアルコさんの厳しくも親身になった特訓で身に付け、今こうして此処に立っている。奴隷ではなく私自身として。


「プルルルル…!」


 内線電話の呼び出し音が回想を打ち切った。離れた場所の相手と会話出来ると言うこの仕掛けは王都やセクトの街でも好評で、特にやんごとなき方々は、オーナーから持ち歩けるものを借り受けているらしい。


「はい、此方は旅行代理店グランドツーリストアルコで御座います」


 電話は診療所からだった。心配した通り、冒険者達は無茶をやらかして強制転送になっていた。穏やかになっていたアルコさんの顔がまた険しくなる。…出禁リストが更新されそうだ。


 取り敢えず"お客様"をお迎えにと第三ターミナルへと向かった先で、私は思いがけない情報を知る事になった。


「キミさ、ひょっとしてヤレアハっ子?」


 診療所から出て来た冒険者達の一人が、私のネームプレートを見て声を掛けて来た。ちょっと軽そうな雰囲気のその人は自分をコハブの仲間だと名乗った。

 "稀人"であるオーナーの権能で施設内部には全て、悪意の持ち主を感知すると文字通り『弾き出す』術が仕掛けられている。だから、私はその冒険者の言葉を信じた。


「詳しい事はあんまり話せないんだけど、少しだけ。──コハブはゲセナに居る。彼奴の姉ちゃんもキミの両親も」


 『ゲセナ』。その言葉を聴いただけで私は絶望に打ちのめされた。両親もコハブ達も奴隷として囚われてしまっていたのか?死ぬよりも酷い目に遭わされているのだろうか?覚悟はしていたけれど、最悪の知らせに目の前に闇が落ち足元がふらつく。


「ちょっ!大丈夫か?!辛いだろうけど最後まで話を聞いてくれ!」


 床に崩れ落ちそうになった私を支えながら、コハブの仲間だと言う冒険者は早口で皆の安否を告げた。

 やはり、私の両親は奴隷として囚われゲセナの貴族の屋敷で扱き使われていたらしい。けれど最近、現王家打倒を掲げる"レジスタンス"の手引きでそこから逃げ出し、今はスラムに匿われていると言う。


「キミの両親を救い出したのがコハブなんだ。彼奴は今や、レジスタンスの主戦力だよ」


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜


 深夜の喫茶『Green Garden』で、私は先程の冒険者の言葉を思い出していた。


 コハブはあれからエヴァンスの街に辿り着き街の神殿に保護されたのだそうだ。彼の知らせを受けた警備隊が私達の居留地に駆け付けると、長老の遺骸の他に馬に踏み潰された小男の骸と大怪我をして置き去りにされた何人かの破落戸達だけが残され、"星詠みの民"は誰一人残っていなかった。

 兵士達の尋問で、同胞の大半は逃げ延びたけれど中には両親の様に奴隷として連れ去られた人も居た事も分かった。


 エヴァンス神殿の孤児院に引き取られたコハブは、彼の姉さんがゲセナの神殿に保護されたと聞くと自分もゲセナの孤児院に移り、神官戦士兼癒し手として修行しながらレジスタンスの活動に加わった。

 立ち入れる街区すら身分で異なるゲセナでも『神官』と言う立場は比較的自由に動く事が出来る。それを利用して、コハブはスラムの孤児院を護りながら冒険者となった孤児仲間やレジスタンスを陰で支援する貴族との連絡役となり、離散した"星詠み"の情報を集めつつ救出された同胞やカディル人奴隷をアジトに匿っているのだと言う。


『彼奴が一番心配しているのは、ヤレアハって娘の消息だよ。アンタの事だろ?』


 ──初恋の幼馴染みがずっと忘れられず他所の女に見向きもしないんだよ。結構な男前なのになぁ。揶揄いを多分に含んだ冒険者の言葉に私は真っ赤な顔を両手で覆った。

 おまけに『再会したら二度と離して貰えないぞ』と追撃され、私は顔を覆ったまま案内役の仕事を放り出して先に旅行代理店オフィスへと駆け戻ってしまった。


「しっかり休んでアタマを冷やしてらっしゃい!」


 後から追い付いた"お客様"達と一緒に叱られた後、私は少し呆れ気味のアルコさんから翌日の仕事を休む様に言われてしまった。

 職員寮を兼ねる簡易宿舎にそのまま戻る気にもなれず、私は終夜営業の『Green Garden』にふらりと立ち寄った。注文したカミツレ茶の湯気を眺めながら物思いに耽っていると、カウンターの隣の席に誰かが座る気配に気付いた。


「……オーナー?!」


 慌てて席を立ち一礼しようとする私を押し止めると、"稀人"である若いオーナーは「焙じ茶」を注文した。最近は色々と立て込んでましてねぇ…と、少し疲れた様子で出て来たお茶を一口啜った。


「そう言えば先程、アルコから色々聞きました。ご両親やコハブ君の消息が判ったそうですね」


 おめでとう…と言うのは、ちょっと違う気もしますが、まあ無事に保護されましたし、うん。秋の陽だまりの様な香りが立つカップを両手で包み込み、オーナーは私が傷付かない様に言葉を選んで紡ぐ。その温かな気遣いに感謝しながら私は頷いた。深夜の静謐な店内を時間だけが穏やかに過ぎて行く。


 ややあって、オーナーが再び口を開いた。


「──今は詳しい事はお話出来ませんが一つだけ。近い内にご両親と再会出来ますよ。勿論、コハブ君とも」


 先程よりもほんの少しだけ真剣な表情に、私も姿勢を改める。創造神に選ばれ大いなる権能を行使し、その双肩に掛かる重圧をものともせず誰に対しても分け隔てなく接する事が出来る類稀な英雄──。


「まもなく僕等も忙しくなります。ですが、僕の片腕たるAI達が見込んだ貴女達なら、きっと乗り越えられると信じていますよ」


 本当はもっと色々お話したいのですが、シュバルツ様にバレるとあとが怖いので。そう言って、人智を越えた奇跡テノーセの星の申し子は情けなそうに眉尻を下げた。


 道標カセの星は未だ動かず。

 それでも私は祷り続ける。


 あの日誓った『また天河のもとで』の再会を、それを成し遂げようとしているコハブや同胞達を、そして大いなる星の加護を受けたオーナーとスタッフ達を固く信じて。


 •*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜•*¨*•.¸¸☆*・゜

 

 ──後日、オーナーとアルコさんが密かに『ぷらねたりうむ』を作り上げてしまっていた、と聴いて驚いたのは、私だけの秘密。



※ヘブライ語で「月」がヤレアハ、「星」がコハブ。

※作中、奴隷商人が「完璧無欠」と言っているのは本当は「完全無欠」の誤りです。「天才軍師」を自称する底の浅い男が知ったかを披露する…と言う意味合いの演出です。


 イメージテーマ:秋山裕和作曲『Green Garden』(《H/MIX GARELLY》</a>http://www.hmix.net/)

 https://www.youtube.com/watch?v=hTIQyHnWkeM&t=2659s


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