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ユウキたちが案内されたのは、両開き扉から真っ赤な絨毯が伸び、その先に二つの王座が存在する広々とした部屋だった。案内され、しばらくして華美な衣装に身を包んだ男と女がその二つの王座に腰を下ろした。
その目下まで歩みを許されたユウキたちは、皇帝と皇妃と思われる二人の登壇にほぼ反射的に全員が頭を下げていた。
「頭を上げよ。寧ろ、頭を下げねばならぬのは私たちの方だ」
重々しく年季の入った声が頭を下げる六人に降ってくる。皇帝の言葉に同タイミングで頭を上げた六人。そして、口火を切ったのはタクトだった。
「それで…俺たちはどうなってるんでしょうか」
誰もが、まだ状況を理解できずにいた。タクトの最もと言える疑問を受けた皇帝は苦々しい表情を浮かべ口を開いた。
帝国ウィルトッテの最高位に君臨する皇帝、ハイアド・ロンベッド。正妃であるアルフィア。
国のために致し方なく…と語りだした二人の話を途中からユウキはどこかの物語として、親が子に読み聞かせる話のように他人事のように聞いていた。
“忌まわしきモノが手を伸ばすとき、救いの扉は開かれん”
ユウキたちが召喚されたあの円形の部屋の扉は「救いの扉」と呼ばれているとのこと。どうにも、現在教会が建っている場所には最初から扉が存在していたという言い伝えだと言う。あからさまに人工物であったところを突っ込むのも野暮なものだが、そこから先に話された「我が国に魔の手が伸びようとしている。それを、貴殿らにそししてもらいたい」というような話を全員が全員、薄っぺらく信憑性のない話として受け取ったのは言うまでもない。
しかし、決して悪い気のしない好待遇は、六人の警戒心を解かすには十分だった。
しばしご歓談を、とディエゴが頭を下げて立ち去り数十分。最初こそ戸惑っていた六人は、タクトの「とりあえずこのイレギュラー楽しもうぜ」という非現実的で楽観的な言葉により考えるのを放置して、目の前に用意されたご馳走に手を付けた。キャンプ飯で贅沢しようと全員が全員、昼食を抜いていたのも起因していた。
「勇者様方、選定の準備が整いましたので此方へ」
あっという間にご馳走を平らげた六人の前に再び姿を現したディエゴは、謎の言葉を発してユウキたちを別室へと案内した。ついさっき、皇帝皇妃と対面した部屋のように広々とした場所ではなく、部屋の中央に刻まれた魔方陣とその上に浮かぶ水晶のみが存在する薄暗い部屋だった。
お化け屋敷を想像しながら進む彼らの視界に現れたのは幽霊…ではなく、紅白の祭服に身を包んだ黒髪翠眼の女だった。
「彼女はこの国の聖女に就きます、クアエラ・ザハトロにございます」
いつの間にか背後に移動したディエゴからの紹介に微笑みを浮かべ頭を下げたクアエラは、六人の先頭を歩いていたタクトに手を差し伸ばすと、水晶の前に立つように促した。半信半疑のままタクトが水晶の前に立ち、言われるがままに水晶に手を置いた次の瞬間――――
「ッ、うわ!?」
青色の光線が部屋に充満し、そしてタクトの手に収まるように静まった。
「なん…だ、?」
自分の手を不思議そうに眺めながらどこか頼りない足取りで帰ってくるタクト。次に指名されたのはアズサ。シンタロウ、シュンキ、リン、ユウキの名でタクトと同じように水晶に手を重ね、アズサとシュンキは紫色、シンタロウは青色、リンは水色、ユウキは赤色を発した。
ディエゴの説明によればさっきの工程は《選定の儀》といって、その人物の適性を調べる儀式だといった。色によって区別されるらしく、紫、青、水色、緑、黄色、橙、赤の順により優れた適性をもつ色だと言われている。
適性にして最低位である赤を発したユウキ。気まずい空気が流れたのは言うまでもないが、儀式の後に部屋まで案内される道中、六人。下手に慰めるような空気になったりしないのが心地よかったが、ユウキが赤の光を発したときに聞こえてきた明らかな落胆の溜息に彼女はひっそりと心を痛めていた。
当たり前といえば当たり前かもしれない。それでも、せめて自分の前では隠してほしかったという思いが抜けずに余計に引きずっていた。
「ユウキ」
「ん?」
「…俺たちは、いつだってお前の幼馴染で友達だからな」
各自に用意されたという部屋の扉の前。ちょうど左隣の部屋のシンタロウがそう言ってユウキに笑いかけた。彼のちょっとした優しさが身に染みて、泣きそうになるのを堪えながら笑みを浮かべ、扉の前で別れた。
無駄に広い部屋の中、ユウキは猛烈に虚無感を感じながら立ち尽くしていた。