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赤い砂の街の願い(2)

 屋敷に入ったラシードは頭から被っていた砂塵避けのマントを脱いだ。リラは漆黒の髪に真紅の瞳の彼を間近で見るのは久し振りだった。その場にいてもいないのと同然の態度をとられるのは耐えられなかったからラシードには近づかなかったのだ。自然と鼓動が早くなってくる。

 リラはラシードを一番良い部屋へ案内し腰掛けさせると、冷たい果実酒を持って来た。それを勧めながら自分も向い側へ腰掛けた。

 ラシードは黙ったままで話しを切り出さなかった。果実酒の氷が崩れてカランという音がした。それでやっとそれに気が付いたかのようにラシードはそれを一口飲んだ。そして目の前にいても逸らし続けていた真紅の瞳をリラに向けて言った。

「――リラ取引をしたい。まだこれが有効なのか・・・それとも私への復讐でもいい。私の芝居に付き合って貰いたい・・・恋人役として・・・」

「なっ!どういう・・・恋人ならアーシアがいるのに?ラシード、あなた何を考えているの?」

「そのアーシアと別れる為に必要なんだ!」

 ラシードは吐き捨てるように言った。先ほどまで冷たく表情の無かった彼が、今は苦痛に顔を歪めていた。

「――どういう事か説明してちょうだい。あなたが私に頼むなんて余程のことでしょう?」

 ラシードはまた黙ったが、ぽつりぽつりと喋りだした。


「・・・・先日、私はある老婆と出逢った・・・・こちらは全く知らなかったが彼女から声をかけてきた。その老婆は重大な秘密を教えると言った。彼女の名はシャロン。そう・・・ゼノアの宝珠だった者だ」

「シャロンは知っているわ。ゼノアの宝珠の一人で力も強く綺麗な人だったわ。でも老婆って?そんな歳では無かった筈よ」

 ラシードは頷いた。

「そうだ。それが秘密だった・・・彼女ら宝珠はゼノアと力を行使する度に精気が奪われ、側にいるだけでもその力は奴に吸い取られたらしい。彼女らの奴に対する想いが強いだけ目に見えるように明らかだったとか・・・だからゼノアの宝珠は次から次へと取り替えられた」

 ゼノアはその強大な力の為なのか?彼の力を制御出来る宝珠がいないせいだったのか?常に沢山の宝珠がいた。しかも数年ごとに全てが入れ替わっていたのだ。

「確かに何故かとは思っていたけれど・・・でもそれはゼノアが特殊だったからでしょう?そんな龍は普通いないし、聞いた事も無いわ」

「・・・・シャロンは言った。〝あなたもそうでしょう?気をつけなさい〟と・・・」

 リラは何が?と思った。ラシードの出生の秘密は四大龍までしか知らないのだ。

 ラシードは瞳を閉じて重い口を開いた。


「――私の本当の父はゼノアだ。シャロンは母と親しく秘密を知っていた。だから私にこの事を告げてくれた。私の血はゼノアと同じく宝珠殺しの血だと・・・」

 リラは絶句した。ゼノアの息子という事実に驚き畏怖したのだ。しかも〝宝珠殺し〟だからアーシアから離れようというのか?

「・・・・で、でも、今までそんな事は無かったのでしょう?親がそうだったとしても子までそうとは限らないわ」

 ラシードは首を振った。

「私は今まで宝珠を嫌っていたから近づけてもいなかった。実際宝珠の力を使ったのはアーシアだけだった。だから分からなかった・・・・宝珠と力を行使すればする程、二人の間の気の道が通ってくるらしい。このところゴタゴタが続いてアーシアの力を使う事が多かった・・・そして最近彼女の体調が優れない・・・レンでも原因が分からないと・・・本人は疲れただけと言っていたがシャロンは言った・・宝珠の想いが強いだけ力が流れるのだと。契約をすれば尚更――では私が死ねばいい!そう思った!だが私が死ねばアーシアはどうなる?悲しみを与えるだけならまだいい。彼女の心が私に傾いている今、契約の宝珠のようにもし後追いでもしてしまったらと思うと・・・私は死ぬことさえ出来ないんだ。自惚れでは無いがそれだけ彼女の心を自分が占めていると感じている。あの真っ直ぐな瞳が自分にだけ向けられていると・・・・彼女をあんな哀れな生き物になんかしたくない!だからまだ間に合う!未契約のうちに彼女が私を嫌ってくれたらいいんだ!」


 ラシードはまるで血を吐くかのように言った。その恐ろしい事実を認識した時、ラシードはその恐怖におののいてしまった。深淵の闇を覗いたように何も見えず何も聞こえなかった。自分の存在がアーシアを殺してしまうという恐怖に我を忘れかけたのだ。愛してやまないものを自分が―――という恐怖に勝てたのはアーシアを想う心だった。どんなに恨まれてもいいから彼女を喪いたく無かった。その為にはどうすれば良いのか考えた末に出した答えがこれだった。

 リラは言葉に詰まったが、ようやく言葉を出す事ができた。

「―――それで私なのね?知らない女性より、彼女をあんな目にあわせた私と、あなたが恋人同士になったら普通なら怒るから・・・」

「ああそうだ。誰か適当に恋したふりは出来るだろう。相手をその気にさせる事など簡単だ。だがそれだけでは足りない・・・共犯者になってくれてアーシアに諦めてもらうように仕向けて貰わなくては話にならない・・・」

 そう呟くように言うラシードの瞳は暗い水底のように冷たく光っていた。リラはそれを見て、ゾクリと背筋が寒くなるような気がした。

「・・・・悪女が必要な訳ね?あなたと共にそしりを受けるものが―――それで、取引って言ったわよね?こんな私にも何か見返りをくれる訳?」

 ラシードはその冷たい眼差しを一度外し、再びリラに向けると言った。

「ああ。この私だ――全てが終わったら心以外なら何もかもお前にやる。もちろん他に欲しいものがあるのならそれでもいいが・・・」

 リラが欲しくて手に入らなかったもの――それは真紅の瞳をした孤高の紅い龍。それを欲しすぎて愚かな事までやってしまった。彼の瞳が欲しかった。自分だけ見つめて欲しかったのだ。

 それが今―――

「ラシード、あなた本気?そこまでする必要があるの?私が断ったら?」

 ラシードの真紅の瞳が細まった。

「・・・・断ったら・・私を殺すつもりでしょう?それぐらい重大な秘密ですものね」

 ラシードは答えなかった。しかしリラは分かっている。この男は愛するアーシアの為になら必要とあれば例え親や友でさえも殺すだろうと―――


 その証拠にラシードからは殺気が立ち昇っている。

 リラは静かに笑った。いっそこの場で殺された方が自分は幸せなのかも・・・と思わなくは無かった。だが・・・

「四大龍、紅の龍の妻なんて良いわね?最高じゃない?」

 ラシードの頬がピクリと動いた。

「私は最高の条件で・・・そしてあなたは最悪の条件で・・・という事かしら?彼女に辛い思いをさせるから自分を罰して更に追い詰めているのかしら?嫌な女と一生を共にするって」

「・・・・・・・・」

「それ程、あなたはアーシアを愛している。心以外なら全部ね・・・本当にあなたは酷い人。それがどんなに私を傷付けるか知っていて言うのだから・・・でも私がそれを拒めないのも知っている。本当に酷くて冷たい男だわ」

 ラシードの立ち昇っていた殺気は消えた。

「取引は成立でいいんだな?」

「ええ。その代わりあなたの心以外は私のもの。その報酬に見合うように徹底的に悪女を演じてあげるわ」

 リラは立ち上がるとラシードの頬に手をかけると唇を寄せてきた。触れる寸前で突き刺すような真紅の瞳が光った。

「報酬はまだだ。演技以外で私に触れるな」

 リラはその凍るような声にはっとして顔を上げた。そうだった―――こういう男だ。きっと自分はこの話しを受けた事を後悔するだろう。結局自分はこの男を愛している。かといって昔のようにアーシアを憎んではいない。どうしても・・・どんなに望んでも手に入らないと悟った時に憎しみは消えたのだ。今はただ、この男が幸せなら良いと思うだけだった。

 だからこんな馬鹿にしたような取引を持ちかけられてもこの男が望むならと思った。それに愚かな自分でもひと時の夢を見る権利はある筈だ―――

「分かったわ。でも人前でそんな顔をしない事ね。すぐに嘘だとバレるわ。せいぜい今度会う時までに練習しておいてちょうだい」


 赤い砂がだけが知っている密約だった。アーシアの気配が近づけば二人はそう演技していた。しかしそれが全て無駄に終わったのだ。ラシードは絶望した。アーシアの傷ついた顔が目に焼きついて離れない。心を殺し彼女を傷つけ続けた。どれだけ傷つけてしまったのか手に取るように分かっている。それでも彼女の想いが変わることが無かったのだ・・・・そういう彼女だから愛したし、愛を信じられるようになったのだ。もう手立ては無いのか?どうすればいいのか分からなかった。そして真っ白になった思考に、ふとある疑問が浮かんできたのだった。

 何故?シャロンが生きていたのかと―――

 今まで何故疑問に思わなかったのか不思議だった。衝撃的な話の内容に気を取られていたのもあるが、例外もあったからからだろう。主を失った宝珠が何故殉死していないのか? ゼノアが生きてはいないのは確かだが何かもっと違う何かを感じた。

「・・・・そうだ・・シャロンだ。彼女を探してもう一度聞こう。何か聞き逃していることがあるかもしれない」

 ラシードにはシャロンから近づいて来たのだ。彼が動揺したのもあったが迂闊にも彼女を捕り逃してしまったのだった。その秘密が秘密だけに行方を捜したが全く分からなかった。ラシードが会ったシャロンは老婆で、アーシアが会った彼女は若い娘だった。どちらが本当のシャロンなのだろうか?だが本当のシャロンはどちらでも無いのだ。姿が変わっているのならラシードが見つけられなかったのも頷けよう。


「じゃあ、もう取引は終わり?」

 リラの問いにラシードは何時もの冷淡な顔で黙しているだけだった。

「・・・・まあそうでしょうね。私は途中からこれ以上続けても無理だと思っていたわ。彼女の瞳を見てね・・・全く揺るがないのだもの。あれでは無理だわ。本当に貴方の事を曇り無く愛している・・・貴方も私も憎まれ損ね。ああ可笑しい・・・それにやっぱり酷い男・・・こうなってしまった途端、私の存在を全否定している。まあ仕方ないわね。アーシアから嫌われなければこの取引は成立しないのだから。私は紅の龍の妻に成り損なってまた貴方から無視される・・・でもひと時の夢をありがとう、と礼を言うわ」

 リラはわざとゆるく合わせていた夜着をかき合わせ紐をくくり直すと戸口へと向った。ラシードは微動だにしない。昔に戻るだけだからリラも落胆などしなかった。しかしその去って行く背中にラシードの声がかかった。

「ありがとう・・・リラ」

 リラの髪の毛先が小さく揺れた。でも振り返らなかった。出て行くリラの瞳に光るものがあったがそれをラシードは見る事は無かった。彼は背を向けていたからだ。リラはラシードのその一言で救われた思いだった。これで本当に思い残すものは無くなり後は彼の幸せを祈るだけ―――


(アーシア、紅い龍は貴女に返すわよ)


 赤い砂が見せた夢は終わったのだ。翌日からリラの姿が青天城から消えたのだった。


ようやくラシードの謎の行動が明らかになりましたが、アーシアがとても不憫でなりません。リラにもちょっと気の毒な気もしました。本当にアーシア以外には冷たい男ですしね。氷の龍にでもすれば良かったと思うこの頃です。


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