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赤い砂の街の願い(1)

 アーシアは知らなかったが、店には個室が何室か別棟にあった。中に入ればそこが何をする場所かは教えて貰わなくても分かるものだった。媚薬を練りこんだ香がたかれ中央には大きな寝台があった。この店は売春宿では無いが裏では高級娼婦のいる店だった。アーシアが知らないだけで花街では何処も似たようなものだろう。

「で?アーシア、君はここで何をやっているんだ?」

 その部屋に入るなり、ラカンが怒ったように言った。しかしアーシアは入った部屋に驚いて周りを見渡していた。そしてラカンをジロリと見た。

「ラカン、こういう所に随分慣れているのね?いきなり部屋を用意しろって言うなんて。いやらしい~」

「い、いやらしいって・・・そ、そんなことより何やっているんだってこっちが聞きたい!」

「何って、女を磨く修行よ!」

「修行だって!何で?」

「だ・か・ら・男を虜にする修行よ!」

 アーシアはそういって胸を突き出して悩ましいポーズをとった。胸の小さな花の飾りと金の鎖がサラサラ動いて形の良い胸が、ぷるんと弾んだ。


「うっわ!やめてくれ!これ以上見たらラシードかカサルアから抹殺されてしまう!俺を殺さないでくれ!」


 アーシアは、ぷぅーとふくれた。

「何よ!化け物見たいに言わないでよ!失礼しちゃうわ」

 ラカンは両手で目を塞いでいる。

「し、しかし冗談じゃないよ。こんな事バレたら大変だ!」

「そうね・・・潮時かもね。今日だって私に似ているっていう噂だったのでしょう?ラシードにもあんまり効果ないし・・・」

 アーシアがぽつんと悲しそうに言った。ラカンははっとして両目から手を外しかけたが、アーシアの胸が目に入ったので慌てて手を戻した。

「や、やっぱりこんな無茶、あいつの為だったんだな?」

 それは二番目だったが目的は言えない。

「そうね・・・そんな感じ。私ってやっぱり魅力が足りないのね。ラシードは私を愛しているけど体はリラを求めるらしいわ。心と体は別だろうとか言うのよね・・・私には理解出来ない。ラシードはまた愛を疑っているのかも知れないの・・・」

「アーシア・・・確かにあいつ今、変だ。絶対また一人で何か抱え込んでいるに違い無い!だからアーシア、信じてやってくれよ」

 ラカンはいつの間にか目から手を外して真剣にラシードを弁護した。

「・・・ラシードを信じるには少し色々見過ぎちゃったのよね・・・でも私の心は揺れていないわ。ラシードがどう思っていても私は彼が好きだし、愛している・・・ラシードへの愛は不変よ。こればかりは彼がどう変わろうと変わらない」


 そう言ったアーシアの瞳に迷いが無いのをラカンは見た。そう彼女はいつも真っ直ぐにラシードを見つめている。それが分からない奴じゃないとラカンは信じたかった。

「アーシア・・・分かったよ。俺に何か出来ることがあったら言ってくれよ。しかし何ならその格好でラシードに迫ってみたら?それならリラのお色気に負けないよ」

 ラカンはさっきまでアーシアを見るのを遠慮していたのに、赤い顔をしてチラチラ見ていた。

「ラ・カ・ン・見過ぎよ!兄様にラカンから裸を見られたと言って泣きつこうかしら?」

「うわっ!勘弁してくれよ!」

 ラカンは慌ててまた目を両手で覆った。

 結局ラカンには今日でここを辞めるからと言って先に帰らせたのだった。帰り支度をしたアーシアはジーナの所へ行った。

「ジーナ話があります」

「ああ、私もあるよ。こっちに来な」

 ジーナは碧の龍とのやり取りを見て、アーシアが本当に彼らには内緒だったと言うことが分かったようだった。シャロンもそれで納得したみたいでアーシアと会うと決心したようだ。ジーナは奥の私室へとアーシアを案内すると、中には彼女だけが入った。長い艶やかな黒髪の女性がそこには立っていた。黒曜石のような美しい宝珠だ。しかし絵姿のシャロンには似ているが年齢が合わない。宝珠だから見かけの年齢は分かり難いとは言っても、アーシアとそんなに変わらない感じだった。しかしアーシアにはそういうことも有りえるだろうと思っていたから驚かなかった。

「シャロンさんですね?」

「ええそうよ・・・・貴女、私を見て驚かないのね。何か知っているの?」

「はい。たぶん知っていると思います。それにも関わることでしょうけれど私と一緒に行って貰いたい所があるのです」

「何処に?何をしに行くの?」

 アーシアはどう言うべきか迷った。

「・・・・・そこに行くとあなたは死ぬかもしれません。でも・・・あなたが一番会いたい人と会えます・・・」

 シャロンは息を呑んだ。

「まさか・・・ゼノア様?」

 アーシアは黙っている。しかしシャロンは悟ったようだ。信じられないと見開いた瞳から涙が溢れだした。

「ああぁ・・・本当に生きていらした・・・またお会い出来るなんて・・・」

「でも、行けば死ぬかもしれません」

 シャロンがアーシアを、きっと睨んだ。

「死んでも構わないわ!あの方にもう一度会えるなら!でも何故?貴女が?もしかしてゼノア様は貴女達に囚われているの?」

「いいえ。アリナが助けて隠れ住んでいるわ。でもずっと意識が無いみたい。私は貴女を探して連れて来いと脅されているの。だからこの事は誰も知らないわ」

 本当だろうか?とシャロンはアーシアを見た。それよりもアリナが自分を探す理由は分からないが今起こっている変事が関わっているのだろう。言葉少なく言う彼女もそれを知っている様子だ。

「私は迷うことなんか無い。連れて行ってちょうだい」

 アーシアは彼女の答えは聞かなくても分かっていた。宝珠は迷わないのだ。心に決めた龍と共に有ること・・・・ただそれだけを望むのだから。

「分かりました。では明日迎えに来ます」

 アーシアは硬い口調で言った。明日全て何もかも明日が勝負なのだ。



 そしてその夜、またアーシアはラシードの部屋を訪ねた。

「ラシード、開けてちょうだい」

 扉が開くとやっぱりと思ったがリラがいた。最近知ったのだが彼女の部屋はラシードと隣同士らしい。今日のリラは裸では無かったが紐一本でかるく留めただけの夜着の格好だった。そしてラシードも似たようなものだ。

「あら、アーシアいらっしゃい。何をしにいらしたの?まさかまた夜這い?でも間に合っているわよ」

 揶揄するようなリラの言葉にもう傷つきはしない。扉の内側まで入らず中を見れば二人で酒を飲んでいたようだった。その後どうするのか教えて貰わなくても分かる。その最中に訪ねなくて良かったと思うだけだ。

「アーシア、こんな夜遅く出歩いてまた攫われたらどうするんだ?」

 ラシードは中に入る様子も無く黙って立っているアーシアを怪訝に思った。そして気遣いした様子でもない口調で言った。どちらかと言うと突き放した様な言い方だ。それでもアーシアはもう傷ついたりしない。

「大丈夫よ。リストが外で待ってくれているから・・・今日は聞いて欲しいことがあったから来たの」

 うつむき加減で喋るアーシアはまるで夜露に濡れる甘やかな花のようだった。最近の彼女は憂いを漂わせる艶やかな美しさと、甘い蜜のような微笑で男達を虜にしていると噂されていた。

「それで、話とは?」

 冷たい言い方のラシードにアーシアは少し怯んだが顔を上げて言った。


「私の今の正直な気持ちを言いに来たの。私はあなたを今信じる事は出来ない。信じたい気持ちはあってもそれを砕いたのはあなただったわ。それが誤解だとか見間違えだとかいうものでもなかった。それは分かっているでしょう?あなたは私の愛を裏切った・・・・私はもう・・・」

 アーシアがそう言って言葉を切った時、ラシードが少し微笑んだような気がした。それも安堵したかのように何故?ラシードは彼女から別れの言葉が続くのかと思った。だから微笑んだ。しかし・・・

「・・・・・もうあなたがリラと何をしても、誰かを好きになっても私は構わない・・・・私の心がそれでどんなにそれで傷ついても・・・私はあなたを嫌いになれない。あなたが好き・・・愛している。私が想っているだけならあなたに迷惑はかけないでしょう?私のこの気持ちは変わらない不変のもの・・・無二の誓いはずっとあなたのもの―――あなただけを何よりも愛しているわ。ラシード――」


 アーシアの瞳からひとしずくの涙が頬を伝っていった。そして唇は微笑みを刻んでいた。ラシードはただ真紅の瞳を見開いて言葉を無くしてしまった。アーシアはそれだけ言うとラシードからの返事を要求すること無く出て行ったのだった。残されたラシードはアーシアが居なくなると肩を大きく震わせガクガクと崩れて床に膝をついた。

「ば、馬鹿な・・・これだけしてまだ足りないと言うのか・・・」

 ラシードの震えが止まらない。

「ラシード・・・」

 リラがラシードの肩に手をかけた。それをラシードは払い除ける。

「どれだけ傷付けて泣かせれば私を嫌ってくれるんだ!どうすればいいっ、どうすれば嫌ってくれる!アーシア――っ」

 ラシードは血を吐くように叫ぶと、床を拳で何度も狂ったように叩いた。皮膚が裂け、血が床を汚していく―――

 赤い砂の街で願ったものが崩れていく・・・アーシア私を忘れて欲しい・・・


 ラシードはカサルアの婚礼の前、ある決意を胸に砂漠の街・離龍州のある人物に会いに行っていた。そこは贅沢な造りでは無いが上流階級が住むに相応しい品のある屋敷だった。以前の彼女からは考えられないような佇まいだ。門扉には誰もいなかった。訪問を告げることも出来ず、ラシードはそのまま門をくぐったが誰もいない。仕方なく奥へと進むと奥庭の方で彼女の気配を感じた。

 離龍州の屋敷の周りには噴水や池など水を使った庭が多いが、ここは亜熱帯の植物が植えてあった。色とりどりの鮮やかな葉色をした植物を掻き分けながらラシードは進んだ。そしてそれを抜けた所に彼女はいた。

 ガシャンと大きな音がした。花に水でもやっていたのだろうか?彼女が手に持っていた水桶が落ちた音だった。そして驚いた様子でこちらを見ている。

「・・・・ラ、ラシード?何故?」

 彼女は信じられないと言う感じでやっと声を出した。

 ラシードはその声を聞き、その姿を見ると段々心が冷たく鉛のようになってくるように感じた。しかし、決心は鈍らない。呼ぶことは無いと思った名を呼んだ。

「リラ・・・話がある・・・」

 自分の口から出たのか?と思うくらい冷めた声だった。

 アーシアを死に至らしめようとしたこの女。自分の世界から抹消した筈のこの女に用があったのだ。リラはまだ動転した様子で口に手を当てたままだった。

 彼女はあの事件を起こして以後、人が変わったように組織に尽くしていた。カサルアが公に彼女を罰しなかったから、あの事を知る者はほとんどいなかった。償いの為だろうが黙々と仕事に専念していたようだった。だから自信たっぷりで派手な彼女の姿は消えたが前よりも良いと言う者が大半だったようだ。

 しかしラシードは許す事は無かった。完全に彼女は無視されていたのだ。カサルアが罰しなかった理由はそれだった。それはラシードを愛するリラにとって最大の罰だからだ。

 そのラシードが自分の名を呼んで自分を見ているのだ。リラは信じられなかった。しかし彼は話しがあると言った。ゴクリと唾を飲み込み渇いた下唇を噛んだ。

「――どうぞ中へ」

 リラは下へ落とした水桶につまずきそうになりながら屋敷の中へ案内したのだが・・・・


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