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遊女アリシア

 アーシアは衣装箱をひっくり返して溜息をついていた。

「どうした?」

 リストは怪訝な顔をして聞いた。

「衣・・・衣が全部子供っぽくって・・・」

 アーシアは今まで自分の見かけを気にしたことが無かった。好みは派手じゃないものだったし何を着ても変わらないと思っていた。ジーナからの忠告を聞けば〝私を見なさい〟と堂々と言えるようなものが見つからない。しかしカサルアやラシードから贈られた盛装はまさしくそんな感じのものだった。

「これとかあれなんか良いじゃないのか?」

 リストが指をさしたのはそれらだ。

「はぁーやっぱり?さすがと言うか・・・兄様にしてもラシードにしてもちゃんと分かっているのね・・・私はこんなのと思っていたけれど。リスト、それは盛装だから普段着じゃないのよ。そんなの着てうろついていると何事かと思われるわ」

「女の服は面倒なんだな」

「私もそう思うわ・・・あっ、そうだ!イリス義姉様に相談しよう」

 早速アーシアはイリスの居室へと向った。しかしそこにはカサルアの姿もあったのだった。

「兄様、何さぼっているの?イザヤに言いつけるわよ」

「いきなり入って来てそれは無いだろうアーシア。なあーイリス」

 イリスはクスリと笑った。

「だから申しましたでしょう?次はイザヤ様が迎えに来てしまいますよ」

「そうよ、兄様。早く行ったらどう?」

「お前こそ私のイリスに何の用だ?」

 アーシアが呆れた顔をした。

「サードじゃあるまいし私にまで焼もちやくのは止めてよね!」

 サードとはレンを追い掛けて回している宝珠だが、彼はレンに近づく者に物凄く焼もちをやくのだ。カサルアはむうとした顔をして出て行きかけたがまた戻って来た。

「そうそう、忘れもの、忘れもの」

 そう言ってイリスに口づけをした。

「いってきます」

「いってらっしゃいませ」

 イリスはまたクスリと笑いながら答えた。

 満足そうなカサルアは呆れるアーシアにも向って言った。

「アーシア、夜遊びは程ほどに。お前は狙われているんだからね」

「に、兄様、まさかつけていたの!」

「つける?つけられて悪い事でもしているのか?」

「そ、そんなんじゃないけど・・・秘密なの!秘密の習い事をしているの!だから見ちゃ駄目!もしつけたり、つけさせたりしたら絶好よ!」

 カサルアは情けない顔をした。

「絶好って・・・アーシア。心配なんだよ。しかも城外だなんて」

「城の中だって攫われたのだから一緒じゃない!リストが一緒だから平気、大丈夫よ!それに今度ちゃんと話すから心配しないで」

 言い出したらきかないアーシアにカサルアは負けるしかない。

「分かったよ。じゃあリスト、アーシアをしっかり守ってくれ」

 カサルアは溜息をつきながら去って行った。リストはその後ろ姿を見ながら驚いた顔をしていた。

「天龍王って意外と・・・」

「馬鹿でしょう?」

 透かさずアーシアがそう言った。

「馬鹿って・・・王様にそれは無いだろう?迫力あって近寄れねぇ感じだったけど、意外と気さくだなぁと思ったんだよ」

「そうそれは良かった。印象壊したかもと思って心配したわ。一応王様だし・・・ねぇ姉様?」

「アーシア、あまり彼を苛めないであげて。凄く落ち込むのよ」

「あー、落ち込んでべたべた甘えるのでしょう?分かったわ、気をつけるわ」

 イリスはクスクス笑った。

「ところでアーシアのご用は?」

 アーシアは掻い摘んで衣の相談をした。イリスは綺麗で品良く色気もありアーシアには理想なのだ。

「――それでね、姉様。男の人ってやっぱり胸がガバーとか脚がスラーとか出ている方が好きなのかしら?」

 アーシアはそう言いながら今日のイリスの衣を見た。

「それは男性に聞くのが一番だけど・・・リストさん、どう思われますか?」

 いきなり話をふられたリストは驚いた。それでなくても綺麗な二人だと眺めていたのに二人が自分を見たのだ。

「えっと・・・それは好みもあるけど。一般的に好きかもな・・・」

「ふ~ん。やらしーいんだ」

「やらしいって・・・俺はそんな・・・」

「アーシア、そう思っていたらそんな衣は着られないわよ。カサルア様もどちらかと言うと好きかしら。だから私も自然にそういうのを選ぶけれど、要するに自分に自信を持って人に見せなくては駄目よ」

 アーシアは驚いた。ジーナと同じような事を言ったからだ。それに考えてみれば昨日のあの格好に比べれば何でも着れそうだった。

「私、頑張るわ!そしてリラからラシードを奪い返してやるんだから!」

 アーシアは本音を言っているのも忘れて闘志に燃えていた。イリスはそういうことかと納得した。ラシードの噂は聞いていた。カサルアも静観しているが最近ではかなり目に余るようだと愚痴を言っていたのだった。

「じゃあ、アーシア。一緒に今からそれを揃えに行きましょうか?」

「本当!嬉しい!私、憧れていたの。姉様がいたら良いのにって!兄様と行ったら自分の意見を通すばかりで言うこと聞いてくれないんだもの」

 アーシアにかかればカサルアも形無しだった。その後彼女らは買い物を楽しみアーシアのお色気作戦の準備は整ったようだった。


 そして数日、城ではアーシアの話題でもちきりになっていた。その魅力の変化に龍達が色めきたったのだ。もちろんラシードの不仲説もこれに拍車をかけているようだった。

「ちょっとアーシア、どうしたんだよ?最近」

 ラカンがアーシアと城の中で出会った途端喚いた。

「どうしたって?何が?」

「何がって・・・その・・・」

 ラカンが顔を少し赤らめながらアーシアをチラチラ見た。今までお堅いイメージだった衣装が解放的なものとなっているからだった。イリスからのアドバイスで小ぶりな胸はコルセットで高く持ち上げ丸く整え、元々細いウエストは更に細くくびれていた。それだけでも十分魅惑的な様相だ。そして教え通りに堂々と魅力を振り撒く。素材がいいのだから完璧だった。夜の店でも評判は上々でジーナも大喜びだ。ジーナが言うには好色な金持ちのひひ爺もアーシアの前ではその微笑を貰いたい為だけに大人しく座っているらしい。高潔でいて妖しい感じの危うい雰囲気がうけているらしいのだ。

「ねえ~ラカン、今の私とならどうにかなりたいと思う?」

「ど、ど、どうにかなるって!そ、そりゃ・・・で、でもラシードからぶっ殺される!」

 アーシアはむっとした。そのラシードを振向かせたいのにやっぱり無視なのだ。

「・・・私ってやっぱりそんなに魅力が無いと思う?ねえラカン?」

 上目遣いの甘えるような視線を送られたラカンはもう頭が沸騰しそうだった。

「わ――っ!アーシアそうやって誘惑するのやめてくれ――っ!俺もう行く」

 バタバタと走って行ってしまったラカンにアーシアは溜息をついた。ラカンぐらいには通じるが、肝心のラシードにはまだまだだと思ったのだった。


 そしてその夜、いつものように店に行くと上等の客が入ったとジーナが言った。アーシアを指名しているらしい。

「なんと、碧の龍様らしいよ」

「えええ!碧の龍――っ!」

 それは流石に不味いだろう。そっと店の中を覗けば確かにラカンだ。取り巻きは水の龍達で何度か城で見た事があった。

「私を指名ってことは、私がここで働いているのを知っているの?」

「なんだい?知り合いかい?」

 ジーナはアーシアの正体を知っているのにわざと言った。アーシアが本当に城と繋がりが無く此処に来たのか確認するためだった。

「えっと・・・まあちょっと・・・何と言うか・・・」

「指名だからね。嫌とは言わせないよ。なんせ碧の龍っていったら大金持ちで有名だしね。たんと良い酒注文させるんだよ。一晩で屋敷一つぐらい建てられるぐらいにな」

「ひ、一晩で屋敷一つ――っ!」

「ああそうさ。それぐらい豪遊するって花街では有名な話さ」


(はぁ~ラカンったら相変わらずねぇ・・・)


 呆れたアーシアだったが、他人の振りをしてラカンを誤魔化せるだろうか?知っていたのなら彼のことだ、今日の昼間に聞いてくるはずだ。

「どうするんだ?」

 リストも店の中を覗いて彼らを確認すると心配そうに言った。

「どうするって言っても・・・う~ん。もう、こうなったら一か八かよ!私は今、ジーナの店のアリシアよ。それを通すしかないわ!うん、そうする!」

 アーシアは覚悟を決めて出る事にした。そしてリストがいれば流石にバレてしまうから彼は奥に居て貰うことにしたのだった。

 アーシアはシャリンと手足に付けた鈴の飾りを鳴らせながらお酒を持って出て行った。

「お待たせ致しました。アリシアでございます」

「おっ、待っていました!ひゃーほんと噂通りアーシア様に瓜二つ!」

「ほんとだ!どうですか、噂通りだったでしょう?碧の龍」

「うわー良い女!ねえ碧の龍!碧の龍?」

 ラカンは仰天して口を大きく開けたままだった。


(みんなは私そっくりな遊女と聞いて来たみたいね・・・まあだけど・・・流石にラカンは誤魔化せないみたいね)


 アーシアは誤魔化すように、にっこりと微笑んだらラカン以外の龍達は、ぼーっとしていた。ラカンがわなわなと震えだしてアーシアを指さすと名を呼ぼうとした。

「ア―」

 しかしアーシアは名を呼ばせなかった。さっとラカンに近寄り顔を両手で包んだ。

「はじめまして碧の龍さま。私はアリシアと申します。今後共、ご贔屓に・・・」

 ラカンは口をパクパクさせたが目線は下がってアーシアのほとんど隠していない胸を見ている。アーシアはラカンにだけ聞こえるような小さな声で言った。

「ラカンどこ見ているのよ」

「やっっぱり!ア―」

「しっ!」

 と言ったアーシアは黙って、と言うようにラカンの唇に指を当てた。端から見れば二人はいちゃついているように見えるだろう。

 ラカンは驚いたどころでは無かった。部下達がここ最近、評判の女の子がいる店があると聞いて誘われたのだった。一度行った者の話しではその子がアーシアに似ていると言ったのでものは試しに見物に来たのだ。似ていると言ってもたいしたこと無いと思っていた。しかしまさかこんな裸同然の格好で本物が現れるとは思わなかったのだった。しかも彼女は別人で通そうとしている様子だ。ラカンは思わず立ち上がって叫んだ。

「主人!ここの主人はいるか!」

 様子を窺っていたジーナが直ぐに出て来た。

「はい。私がこの店の主、ジーナでございます。何の御用でしょうか」

「この者を今晩、買い上げる。個室を用意してくれ」

 アーシアも周りもぎょっとした。

「申し訳ございません。これは客を取らせておりませんので・・・」

「金は幾らでも払う。つべこべ言うな。お前達、後は好きなだけ遊んで帰れ。じゃあ、俺はこれを貰って行くからな。店主、案内しろ」

「ちょっ、ちょっと待って!」

 ラカンはアーシアの制止を無視して彼女をひょいと抱えるとジーナを促して出て行った。残された連れの龍達は不平たらたらだった。

「ずるいよな。あんなにアーシア様にそっくりだったのに。高嶺の花は近づけなくても金を出せば近づける花と付き合いたいよ」

「そうだよな?しかし、アーシア様は親友の紅の龍と出来ているだろう?まあ今は微妙だとしても・・・碧の龍・・・横恋慕だったんだな・・・」

「そうか・・・許されぬ愛だったんだ!代用品でも良いと思われるくらい思いつめていたのかも・・・」

「じゃあ、我々は我慢しようや。我らの碧の龍の為にさ」

 何だか変な話になっているようだったが、アーシアの正体はバレていないようだった。


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