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花街修行

 いきなり訪れたアーシアだったがザーンは心よく招き入れた。息子の大事な人だから当たり前だろう。何時もならラシードが共に来るのだが・・・

「すみません突然お邪魔して・・・実はシャロンと言う宝珠を捜しているんです。知っている事があれば何でもいいので教えて頂けませんか?」

「シャロン?懐かしい名前ですね。よく知っていましたよ。私の妻が妹のように可愛がっていましたから」

「本当ですか!行方はご存知ないですか?」

「そこまでは・・・妻が亡くなってからは親交が無かったので・・・」

「そうですか・・・」

 ザーンは今頃何故こんな事を聞くのかと不審に思った。

「何故消息を?」

「・・・・それは言えませんが大事なことなんです。でも手がかりがなくて・・・」

 思い詰めた様子のアーシアにザーンは深く聞かずに言った。

「参考になるかどうか分かりませんがシャロンの育ての親という人物の名前と所在は知っています」

 アーシアの顔がぱっと明るくなった。

「教えて下さい!」

「場所は天龍都のいわゆる花街のジーナという顔役です」

「ジーナだって?」

 リストがその名前に反応した。

「リスト知っている人なの?」

「ああ、花街ではかなりの大店の主人で何度か用心棒をやったことがある」

 花街とはいわゆる男達の社交場だ。非合法なものもたまに見受けられる歓楽街だった。

「じゃあその人を訪ねましょう」

 ザーンもリストも驚いた。

「とんでもない。貴女の行くような場所ではありません」

「そうだ。あんたなんか行ったら大変な事になる!」

 アーシアはむっとした。

「私だってどういう所か知っているわ!大丈夫よ」


 反対するのを聞かないままアーシアはその足でそこへ向ったのだった。それでもリストの言うことを聞いて、頭からすっぽりと隠した外套を着てでかけた。それにしてもまだ夜まで時間があるがまるでこの街は死んだように静かだった。それで陽が落ちた途端、黄金のように輝く街になるというのだから驚きだ。ジーナの店は指折りの大店というだけあって豪華な構えの店だった。リストが顔見知りだというから少しは安心していられたが実際その主人を目の当たりにしてアーシアは緊張してしまった。

「あんたが私に用だって?」

 ジーナは齢を重ねたとは言っても昔はかなりの美女だっただろうと思われた。それに歳を感じさせない迫力が全身から漲っている。さすがに女だてらに花街の顔役をやっているだけはあるようだ。するりと外套を脱いだアーシアの姿にそのジーナは目を見張った。

「まあなんと上玉じゃないか?リスト、あんたまさか人買いでも始めたのかい?」

「冗談じゃないぜ、ジーナ」

「あははっ、そうかい。相変わらず兄弟とは違って頭はカチンカチンかい?なら何の用だい?宝珠のお嬢様?」

「・・・・私、シャロンを探しています。消息ご存知じゃないですか?」

 ジーナが大きく目を見開いた。

「シャロンだって?どうして私との関係を知っているんだい?」

「ザーン様から教えて頂きました」

「ザーン?じゃあ、あんた、城の回し者かい?」

 ジーナは一瞬のうちに警戒したようだった。シャロンはお尋ね者だ。

「違います!関係ありません。それに城に知れたら困るんです。彼女に知らせたい事があって探しているのです!」

「知らせたいもの?何だい?」

「そ、それは本人にしか言えません。でも彼女にとってそれは一番嬉しいことだと思います」


 アーシアの言う事には間違い無かった。シャロンをアリナの所に連れて行った後、アリナがどうするのか薄々分かっている。それでも宝珠にとって契約した龍のもとに行けるのは何よりも嬉しいはずだ。戦闘で別たれてきっと探しているだろう。契約した宝珠と龍はお互いに惹き合い生死もその場所も分かるという。でもゼノアがあの状態だったからシャロンは探せないでいるのだろう。アーシアは思った。自分がもしそんな状態になったら気が狂いそうなくらい探し回るだろうと。

 ジーナはアーシアの真意を考えているようだった。

「お願いします。もし知っているのなら教えて下さい!シャロンにとって大事なことなんです!お願いします!」

「シャロンにとって重要だというのは分かった。でも何故あんたがそんなに必死になるんだい?シャロンを知っている訳じゃないだろう?」

 アーシアはまさかそんな事を言われるとは思わなかった。確かに不審に思うだろう。だけど術がかかっているから言いたくても言えないのだ。

「ごめんなさい。色々言えないんです。でもシャロンにとっては――」

「ああもういい!」

 ジーナがアーシアの言葉を遮った。

「色々言えないけれど、お願いだけだなんて虫が良すぎるだろう?それならどうだろうそれなりの対価を払ってもらうというのは?ねえ~お譲様?」

「あっ、お金ですね。それなら・・・」

「馬鹿にするんじゃないよ!こっちは強請っているんじゃないんだからね。金なんか受けたらないよ!ここは花街。花街の対価と言ったらその身一つで十分さ!」

「おいっ!ジーナ!彼女はそんなことするような女じゃないんだ」

 堪りかねたリストが抗議するように言った。

「そんな女じゃない?そんな女とはどんな女かい?花街の女達は好きでこの街に身を沈めているものなんか一人もいやしない!なんだかんだと理由があるのさ。誰かにやってもらおうなんて思っている奴なんかいない!甘ったれるんじゃないよ!それにその女達で遊んで喜んでいるのはリスト、あんたら男だろうが?」

「それとこれとは・・・」

「違うって言わせない。で?お嬢様、ここで働いてくれるのかい?どうなんだい?まあ色気が無いが上玉だし、そういうのも好きな男もいるだろうが・・・私がいい女に磨いてやろう」

「ジーナ!この店は一応売春宿じゃないと言っても、男の酒の相手をするところだろう?そんなこと彼女にさせられない!この子は、天――」


 リストの言葉をアーシアは止めた。そのアーシアは変なことで頭にきていた。ジーナから色気が無いと言われたのに対してだ。それは先日からずっと燻っていたものだった。リラに負けているもの・・・それは色気だと思う。もちろん体形の違いはあるが・・・こんな事を今思い出して腹を立てている場合では無いのにむかむかしていた。それにジーナが言った。いい女に磨いてやると。確かに女達が競い合うここで修行するのが手っ取り早いだろう。情報を手に入れて女を磨く――一石二鳥だ。

「分かったわ。私、ここで働きます!でももう一度確認させて下さい。シャロンの居場所はご存知なのですね?」

「・・・・さあね。でもここが彼女の家だというのは確かさ」

 アーシアは用心深くジーナの話しを聞いた。彼女は何かを知っているのは確かのようだった。それなら尚更ここで探るしかないだろう。

「分かりました。それともう一つ。私をいい女にしてくれるのですよね?」

 ジーナもリストもその言葉に驚いた。冗談のような話題を真剣に確認してきたからだ。

「あんた、いったい?」

「私、たぶん色気が無いんです。皆、私には近寄りがたくってその・・・一つお願いしたいなんて思わないとか言われていて・・・私の好きな人もそうみたいで・・最近お色気むんむんの人と・・・その・・」

 ジーナは目を丸くしてしまった。まるで乙女の恋愛相談室にでもいる気分だった。シャロンの名を出して深刻そうなのにいきなり今度はこれだ。いわゆる好きな男が妖艶な美女に盗られそうだという訳なのだろう。ここには色んな想いを抱いて来る女は多いがこんなに純粋なのは久し振りだった。ジーナは結構アーシアを気に入ったようだ。

「ああ、よーく分かったよ。あんたが瞬き一つで男を虜に出来るぐらい色香を磨いてやるよ。この花街一番の店で売れっ子にしてやろう」

「ジーナ!」

「リストの坊や、安心しな。客は取らせないよ。売れっ子はね、客と寝なくっても男をでれでれさせるもんさ。あんたも心配だろうから店の用心棒をまた頼むよ。楽しみが増えたねぇ~今日から大丈夫かい?お嬢様?」

「はい!もちろんです!私、頑張ります!」


 アーシアはジーナの言葉に期待満々だった。ラシードを引き戻す為ならどんな事でも出きる。と・・・思っていた心が少し挫けそうになった。ジーナに渡された店用の衣が端切れのようだったからだ。

「あの・・・これを着るのですか?」

「ああ、そうさ。ほら?」

 ジーナの視線の先には、ちらほら店に出て来た女達が着替え始めていた。確かに同じようなものを着ている。

「こんなもの堂々と着こなさないと色気なんかでやしないよ。恥ずかしがるとウブな感じで可愛らしいがお子様のようなもんだ。まあそういうのが好きな男は多いけどね。だけどそういう男も色気のある女は好きさ。あんたの男もそうだろう?」

 アーシアはむうとした。確かにそうだ。リラが通れば男達はでれ~と見ていた。今の今までアーシアを褒め称えていた信望者も涎がたれそうな顔をして、その姿を目で追っていたのだ。アーシアは怒ったようにその衣を着た。たぶん着たで正解だろうが身体に引っ掛けているという方が正しいのかもしれなかった。城で見た踊り子がこんな格好をしていた。小さな花の形をした細工の飾り二つだけが上半身を隠すものだった。それを繋いでいるものは金の細い鎖だけで胸のふくらみを殆ど隠していない代物だ。下半身も似たようなもので殆ど布を使っていない。流石に下腹部は隠しているが腰から長い透ける衣がひらひらと下がっていて脚を見え隠れさせている。はっきり言って裸の方がまだ恥ずかしくない感じだ。たぶん扇情的というものだろうか。アーシアは自分の姿を鏡に映す勇気は無かったので、そのまま着替えの部屋から出て行った。でも見なくて幸いだったアーシアをみたリストが火を噴きそうに真っ赤になったのだ。きっと自分で見ていたら恥ずかしくて死にそうだっただろう。ジーナもやってきて上から下まで値踏みするように見た。

「まあ、格好だけは一人前だね。そうそう、手足を縮こませないでそんな風に堂々とするんだ。ここのポイントは胸を張って〝私を見なさい〟だ。自分がどれだけ美しいのか男共に見せびらかすんだよ。分かったかい?」

「は、はい・・・」

 素直な返事にジーナはにっこりと笑った。

「今日は初めてだから私があんたの客は選ぶよ。黙って言う通りにしてな。いいかい、ちょっと触られたぐらいで悲鳴なんかあげるんじゃないよ。とって食われるわけじゃないんだからね」

 とって食われる?アーシアはぞっとした。

 流石に美女が多いと評判の店は宝珠と見紛うばかりの女達ばかりだったが、宝珠は当然いない。だからアーシアは珠力を抑える制御装置を付けて店には出た。身元が分かった大変だからだ。もしそうなればカサルアが卒倒するに違い無い。店内は流石に高級店なだけあって客層も良い感じだった。ジーナのおかげだろうがアーシアは想像していたものと違っていた。いきなりあんな衣装を着せられたからどうなるだろうと思っていたのだが拍子抜けもいいところだった。もっといかがわしい事をする場所だと思っていたのだが会話は知的だし客は楽しそうに時間を過ごしている感じだ。

「さあ今日はもういいよ。あがんな」

「え?もうですか?」

「あんまり遅くまでいると不味いんだろう?どうせ家のもんには内緒なんだろう?」

「あ、はい」

「じゃあ昼間もなるべく薄着をして今日の事を忘れずに修行するんだよ。さあ、帰った、帰った」


 アーシアは追い出されるように店から出て行かされた。彼女達が去った後、ジーナが店内の更に奥にある私室へと入って行った。そこには艶やかな黒髪の宝珠がいた。

「シャロン見たかい?あんたに用があるって言ったお嬢ちゃんを」

 ジーナはその黒髪の宝珠をそう呼んだ。アーシアの勘は当たっていたようだった。情報どころか本人がこの店に匿われていたのだ。

「ええ、母さん。彼女は私の敵・・・でもゼノア様が誰よりも何よりも欲した宝珠・・・伝説の宝珠アーシアだわ」

「そうかい。只者では無いと思っていたけど成程ねえ。しかし何の用かね?あんたが喜ぶこととか言っていたけど・・・」

 シャロンはアーシアが自分を探す理由が分からなかった。それよりも今、自分に起きている奇怪な現象の方が気になっていた。それに彼女なら知っているかもしれないのだ。愛しいあの方の行方・・・

最終的にゼノアの宝珠はシャロンだけだった。入れ替わりの多い中、力が強かったせいもあるが彼女は一番長く彼に仕えていた。シャロンはゼノアの死を感じ青天城から身を投げたのだが低い位置からで助かってしまったのだった。しかも瀕死の彼女をジーナが戦闘のどさくさに紛れ運び出した。命が助かったとしても直ぐに後を追うつもりだった。

ところが宝珠としてゼノアを感じたのだ。本当に生きているのかどうかが分からない。でも確信出来る事が起こり始めた。だから信じて探した。しかし今また不安にもなっていたのだった。アーシアはシャロンを探しているのだ。お尋ね者とは言っても契約の宝珠が主を失って生きている確率は無いに等しい・・・普通は生きていないのだ。それが生きているという事は主が存在しているという確証にも繋がる。彼女は主の場所を知っていて自分を探しているのか?それとも生存の確認だけ出来ていて何かの罠を仕掛けたいのか?


(あの子は何も知らない感じだった・・・・)


自分が先日、話をした人物を思い浮かべた。その人物がゼノアの生存を知らないとは考えられなかった。情報が少なすぎてシャロンはまだ決心がつかない。

「母さん、もう少し様子を見させてくれる?」

「そうだね。用心するに越したことはないからね」

 ジーナも覚悟を決めた。魔龍王が良かったなんか思ってはいない。今の天龍王の方がどれだけ良いか分かっている。しかし養い子のシャロンの事となれば別だった。彼女の幸せを祈るばかりだ。


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