双頭の猛禽
アーシアとリストは空にそびえるように建つ青天城を見上げた。見張り台にいた門兵がアーシアを見つけると大声で叫んだ。
「アーシア様!アーシア様がご無事にお戻りになられたぞ――っ、開門、開門!」
その頃、城内は騒然としていた。アーシアが行方不明との報を受けたカサルアも急遽帰城し、捜索の手筈を指示し始めたところだったのだ。
「アーシア!」
「あっ、兄様!」
カサルアが飛ぶように現れたかと思うと、アーシアを抱きしめた。
「顔を見せて、大丈夫か?どこも怪我は無いか?」
「ええ、ちょっと疲れているだけよ」
リストは、ごくっと、唾を飲み込んだ。目の前にいるのは確かに陽の龍と云われた龍だろう。尋常じゃない気を纏っていたのだ。その龍の金の瞳が流れてリストを見た時は生きた心地がしなかった。しかも多分、四大龍達だろうが凄まじい気を放ちながらその後ろに控えているのだ。リストは更に冷やりとしたものが心臓を撫でるようだった。
「で、彼がそう?」
カサルアがリストを見ている。アーシアは自分が居なくなった訳を説明したのだ。何者かに依頼されたイーロが自分を攫ったが、それを反対した兄弟のリストが救ってくれたというのが大まかな話しだ。あまり作り話しをしてもカサルアや、ましてイザヤを騙せるとは思えなかったので事実に基づいた話しにしていた。
「そうなのよ兄様。それにイーロは私を諦めていないから又、絶対来ると思うの。だから手口を熟知しているリストを私の護衛として雇って欲しいの」
その話しを聞いたラカンとレンが横から口を出してきた。
「なんで?俺らが守ってやるよ」
「そうですよ。私達がいるではないですか」
我に返ったリストがそれを聞いて小さく笑った。
「なんだよ、お前、今笑っただろう?」
ラカンはすぐさまそれに反応した。
「可笑しかったから・・・だってその皆が居た中からイーロは彼女を盗み出した。だからどうやって守るのかと思ったもんで」
これだけの面子が揃っている中でイーロが、と思ったら本当に笑いが出てしまったのだ。ラカンはむっときたようだった。
「なにぃ――っ」
「ラカン。少し黙っていて下さい。イーロとリストと言ったらあの〝双頭の猛禽〟と云われている兄弟ですか?」
イザヤが鋭く光る双眸をリストに向けて訊ねた。リストはその隙間を刺す針のような視線に少し怯んだ。
「――あ、ああ、大層な名前だけどな」
「そうですか。貴方がたがあの有名な・・・なるほど」
イザヤとカサルアは目を合わせた。
「なに?なんだよ」
意味の分からないラカンが訊ねたが、カサルアを見て仰天した。彼は龍力で光りの槍を作り、リストへいきなり放ったからだ。それを見たアーシアも驚いた。
「兄様!いったい何をするのよ!」
しかし眩しい光を放つその槍は、彼に届く前に霧散して消えてしまったのだった。
「彼が本物かどうか確かめようと思ってね。結構力いっぱい放ったんだけど・・・流石というか何というか・・・」
確かにカサルアの放った力は、空気がびりびりと震えるぐらい凝縮させた強いものだった。彼の力を知るものならそれが軽く、塔の一つぐらい崩せるものだと分かる。その力が一瞬のうちに消えたのだ。まさか只の人間にそれが出来るとは思えないのだが・・・周りのものはリストを見た。
「どういうことだよ、イザヤ!」
ラカンが聞いた。
「彼ら兄弟は普通の人間だが特殊な能力を持っていて龍力を無効にさせる。この城に張り巡らされた龍力など空気に等しいだろう。だからアーシアを簡単に攫えたという訳だ」
ラカンはあっという顔をした。彼も噂は聞いた事があったのだ。彼らの前で龍力は使えず身体勝負となるが、彼らは一人で四振りの剣を自在に操る達人で強かった。それでついたあだ名が猛禽――その名の通り剣が鋭い爪やくちばしに例えられていたのだ。しかしそんな彼らでも悪事を働いたとは聞いた事が無かった。
「君の能力は分かった。兄弟も同じ能力なら確かに君に護衛を頼んだほうがいいだろう。しかし本当に兄弟を捕まえる事が出来るのか?」
カサルアは探るようにリストを見た。
「俺達、ケチな仕事をしても、手が後ろに回ることなんてしていなかった。それを何とち狂ったのかこんな真似をして・・・だから絶対に止めさせたいんだ」
この言葉に偽りのないリストを、カサルアは信じたようだった。何とか彼らを誤魔化すことが出来たとアーシアはほっとした。そして皆はそれぞれ散って行った。しかし始終黙って立っていたラシードはその場に残っていた。そして二人の諍いの原因を知っているラカンも。アーシアはラシードの存在を痛いほど感じたが見ないようにしていた。死の淵を覗いた時にあれほど会いたいと思った彼だったが今は見たく無かった。しかし探るように注がれる真紅の瞳をとうとう見てしまった。
「ただいま。ラシード」
「・・・・・・・」
見ればすっと視線を外したラシードにアーシアは悲しく微笑んだ。
「少しは心配してくれた?」
「・・・・・・・」
「な、なぁ~に言ってんだよ。アーシア。もちろんじゃないか!なあ、ラシード?」
ラカンが気を遣ってラシードを叩きながら明るく言った。
「・・・・・当てつけかと思った」
「ば、馬鹿か!お前!なんでそんな事言うんだ!アーシアが居ないって俺が言った時、そんな態度じゃなかったじゃないか!」
ラカンから胸ぐらを掴まれたラシードは小さく嗤った。
「面目ないじゃないか。あの後居なくなるなんて・・・これでも気を遣っているのに」
「ばっ―」
殴りかかろうとするラカンをアーシアが止めた。
「いいの、いいのよ。ラカン。お願い、お願いだから・・・」
「アーシア・・・」
着衣を乱されたラシードがそれをわざとらしく整えていた。すると向こうからリラがやって来た。相変わらず妖艶なその姿は男達の視線を独り占めだろう。
「あら?お帰りなさい。腹を立てて出て行っていたのかと思ったわ」
「リラ!お前って奴はいったいどうしたんだよ?昔はそうだったとしても、あれから変わったんじゃないのか?」
ラカンがリラの行く手を遮って言った。
「昔?そうよ。貴方も知っていたじゃない。私は昔からラシードが好きだってことを。どんなことをしても手に入れたいって・・・ねぇ、アーシア」
アーシアは知っている。どんなことをしても・・・確かにリラはその言葉通りにしたのだ。仲間を裏切り、協力する他の男にその身を任せても貪欲にラシードを手に入れようとした。今また彼女がそうしようとしているのだ。より強い意志がラシードを振向かせる事が出来るというのならアーシアは絶対に負けたくないと思った。ラシードが愛に疑いを持ち始めたならまた信じさせればいい。アリナに捕まってもう二度と会えないと思った。それが再び会えたのだからもう迷わない。
アーシアは迷いのない瞳で微笑んだ。それを見たリラがはっと息を呑む。
「少し疲れたから部屋に帰らせてもらうわ。リスト一緒に来て」
「あ・・ああ・・・」
リストは不穏な空気になっていたその場にどうしたものかと突っ立っていたが、アーシアの呼ぶ声にはっと我に返った。
「おいっ、大丈夫か?」
「ん・・・ちょっとね・・」
本当にふらついたアーシアをリストが支えた。ラシードがはっとしてアーシアに近寄りかけたが、リラの視線で留まった。
「大丈夫?アーシア」
「平気よ、ラカン。リストお願い」
アーシアがリストに腕を出した。彼は当たり前のようにアーシアを抱き上げた。アリナのせいでふらつく彼女を道中ずっとそうして世話をしてきたのだ。体格のいいリストは片腕でアーシアを抱えている。
「あ~俺が連れて行ってやるのに!」
「ラカン、みんな仕事に戻っているのよ。あなたもお仕事に行ったら?」
「もう何だよ!まるで俺がさぼっているみたいじゃないか」
「あら?違ったの?じゃあいってらっしゃい。・・・・ラシードもね」
少し青い顔をしてアーシアはそう言うと、リストの胸に身体を預けて去って行ってしまった。その後をラカンが一度、ラシードを見たがそのまま何も言わず追って行ったのだった。残されたリラはラシードをチラリと横目で見た。
「手を・・・手を広げたら?血が出ているわよ」
ラシードは無表情で言われた通りに両手を開いた。強く握り締めていたせいか爪が手の平に食い込んでいたのだ。リラはそれ以上何も言わない。ラシードも。彼の心に去来する思いを表情では読み取る事は出来ない。アーシアを案じているようで突き放す。愛していると言って他の女を抱く。相反するそれは彼の真紅の瞳のようだった。灼熱の炎の色をしているのに冷たい瞳のように―――
アーシアは翌日から早速、シャロンの消息を調べ始めた。それにリストが付き従っていた。先ずは資料庫で戦犯者の記録を見ることにしたのだった。こういう方面はイザヤに聞けばすぐにでも分かると思うが何故?と言われたら答えられないから駄目だった。しかしその資料は直ぐに見つかった。それによると・・・
「えっと、ゼノアの契約宝珠で火の属性。出身は天龍都、親族無し。魔龍戦にて生存不明。指名手配中・・・たったこれだけ?」
後は絵姿が載っているだけだった。
「これじゃ探しようが無いわ・・・せめて家族とかいれば良かったのに・・・」
リストもその資料を覗いた。
「どうするんだ?」
「期待はしていなかったけれど困ったわ・・・せめて何処かだけでも絞れたらいいのに」
「・・・・・出身地じゃないか?隠れ住むなら慣れた土地がいいし」
「そうね。アリナが遠視出来ない程、遠いのか龍が多い街か・・・取敢えず彼女を知っている人を探して手がかりを見つけましょう」
「当てはあるのか?」
アーシアは少し沈んだ顔をした。
「少しね・・・」
「会いたくない奴なのか?」
「ラシードのお父様なんだけど・・・」
「ラシードと言うと昨日のなんだか揉めていた奴の一人か?」
アーシアは言い難そうに答えた。
「彼は私の恋人なの。だったの・・が今は近いかもしれないけれど・・・」
「なんだか複雑なんだな」
「・・・・・でも此処で躊躇している場合では無いわ。行ってみましょう」
ラシードの父親は魔龍王時代、中央政府の重臣だった。彼は家族を守る為に魔龍王に仕えていたのだ。対戦後はその政治的な手腕を惜しまれながらも過去の償いの為に隠居して身寄りのない子供達の世話を田舎でしていた。長年、あの魔龍王に仕えていたのだからその情報は確かだろう。アーシアはそう思ってザーンの屋敷を訪ねたのだった。
お兄ちゃんたら本物かどうか確かめるって言っても遠慮なく龍力ぶっ放して、違っていたら城の城壁崩壊だし、その前にリスト死んでるよ。馬鹿なの?と突っ込みたくなりました。それにしてもラシードの不穏な行動でアーシアのつらい日々が続きます。早くスッキリしたいのですがもう少し引っ張ります。すみません。