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消えたアーシア

 その扉が開くとリラがラシードの肩衣で軽く胸だけ押さえて立っていた。リラは豊満な身体を自慢するように隠そうとはしていなかった。彼女が出てきた部屋の床には二人の衣が散乱していた。二人が何をしていたかは一目瞭然だった。

「あなたって本当に頭悪いわね?自分をどうぞ、と言ってラシードが喜ぶとでも思ったの?馬鹿みたい。来る者は拒まないと思っているでしょうけれど彼の好みは煩いのよ。あなたなんか何年経っても無理だわ」

 リラは馬鹿にしたようにアーシアを見て言った。そして追い討ちをかけた。

「ラシードはあなたを愛していると言っているのよ。それだけで十分じゃない。こんな事ぐらい目を瞑っていたらいいのよ。そうすれば昼間は素晴らしい恋人でしょう?まあ・・夜は私が彼を――簡単なことだわ」

 アーシアはリラの言葉を聞きながら首を振り続けた。

「分からない、分からないわ!私にはそんなこと出来ない!ラシード、考えてみて!私が今のあなたと同じようにしてもいいと思うの?あなたを愛しているのに他の人とだなんて!嫌でしょう?」

「・・・・・君が望むなら・・私は構わない。愛しているから望む事は叶えてやりたい。宝珠の無二の誓いは私のものなんだろう?それ以上望むなんて贅沢だ。それは魔龍王と呼ばれたゼノアでも手に入れられなかったもの――そう言えば・・それは君がゼノアにしようとしたことと一緒だな。あの時、私は熱くなったが・・・今思えば心と身体は一つでは無い・・・身体はすぐに裏切れるもの・・・母のように・・・・」


 アーシアは嘘だと叫びたかった。ラシードは責めているのだ。ラシードを救う為とはいえゼノアに身を投げ出したこと・・・そして母親が夫を守る為にゼノアにその身を捧げたことを―――裏切りという名の愛を信じていなかったのだろうか?

「わ、私・・・」

 アーシアは胸が張り裂けようだった。これ以上いたらラシードを憎んでしまうだろう。彼の心に忍び寄る闇を払う術が見つからない今、この場から逃げ出すしか無かった。その背中にリラの嘲笑と、ラシードが自分の名を呼ぶ声が追い掛けてきた。しかしラシードが追って来ることは無かった。そしてその夜、アーシアの姿が忽然と消えたのだった―――


 それは当然皆の知る事となった。アーシアが誰に何も言わず城を出る事が今まで一度も無かったからだ。はじめは誰かが聞いているのだろうと周りの者は思っていた。それにどうせラシードなら知っていると・・・・しかし五日目になり彼女の近しい者は誰も聞いていないと分かったのだった。アーシアの行先を最後に聞きに行った先はラシードだ。そこで彼女が行方不明だと発覚したのだった。

 その五日目、アーシアの身の回りの世話をする女中は少し心配になってきていた。自分達だけが知らないだけだろうと思っていたが胸騒ぎがしてきたのだ。取り越し苦労ならいいのだが万が一何かあっては大変だ。兄のカサルアは留守で、訊ねたかったラシードは今までアーシアの近くで頻繁に見かけていたのに、最近では足が遠のいていた。紅の龍は簡単に会える身分の人では無く、どうしたものかと思っているところへ天の助けかラカンが帰城して来たのだった。仕事で出かけていたが土産持ってアーシアを訊ねて来たのだ。

「あれ?アーシアいないいの?」

「はい、ここ数日不在でございます」

「へぇ~珍しいな。今は彼女が行くような厄介な事件は無いけどな~あっ、もしかして邪魔する兄ちゃんがいないからラシードの奴と旅行でも行ったかな?ははは」

「いいえ、その事でご相談したかったのです」

 ラカンは顔を曇らせる女の話に笑いを引っ込めて耳を傾けた。

「実はアーシア様は五日前からご不在なのです。でも私共は何も聞いていないのです。紅の龍なら存知だろうと思っていますけれど・・・日にちも経つから何だか心配で・・・一応所在を聞いていただけませんか?」

「五日も?ラシードは一緒じゃないんだ」

 女中は頷いた。

「分かったよ。聞いてこよう」

 ラカンは快く受けて早速ラシードの所へ向った。

 そこには最近何かといい噂を聞かないリラがいた。その彼女をラカンはチラリと一瞥してラシードに話しかけた。


「ラシード、お前、アーシアが何処にいるか知ってるか?」

 ラシードは書類を整理している手を止めた。アーシアの気配を感じないのは気付いていた。近くに来れば気が付くが、龍の多いこの城では離れていればその気配は感じないのは何時もの事で気にとめたことは無かった。それに先日の件で彼女が自分に寄り付かないだけだと思っていたのだが・・・

「アーシアがどうかしたのか?」

 ラカンは目を見張った。まさか?

「お前!知らないのか!そんな馬鹿な!じゃあ、アーシアは何処に行ったんだ!」

 ラシードの顔色が変わった。

「ラカン!どういう事だ!アーシアがどうかしたのか?」

「うわーこいつは大変だ・・・」

「だからどうしたんだ!」

 ラシードはラカンの胸元を掴んで叫んだ。

「アーシアが五日前から行方不明らしい・・・」

 ラシードがはっとして、ラカンを掴んでいた手をだらりと垂らした。

「まさか・・・そんな馬鹿な・・・いなくなった?」

 ラカンはラシードの様子を訝しんだ。

「ラシード・・・お前何か心当たりでもあるのか?最後にアーシアと会ったのはいつだ?」

 ラシードは震えているような気がした。そんな姿を見たことは無いから確かでは無いがかなり動揺している様子は窺えた。

「アーシアとは・・・・・しかし・・・まさか・・・」

「居なくなったという前の日の夜にアーシアとは会ったわ」

 ラカンは横から口を挟んできたリラを見た。彼女と最後に会ったのか?


「リラ!」


 ラシードが彼女を制しするように名を呼んだが、リラは構わず喋り出した。

「彼女は夜遅くにラシードの部屋に尋ねて来たわ―――でも間が悪かったというか、運が無かったというのか・・・私が寝室にいたのが分かってしまって飛び出して行ったわ」

 ラカンは信じられないものを見るように友を見た。

「嘘だろう?ラシード?チラチラ噂は聞いてだけど、俺は馬鹿らしい話だと・・・おいっ、まさか・・・そんな事しないよな?なあ・・ラシード?答えろよ!」

 ラシードは横を向き答えなかった。真実だと認めているのか?リラとは和解した後、お互い急接近しているという話しを密かに聞いていた。もちろん表立って言う者はいないが男同志では淫靡な話題として面白可笑しく噂をしていたようだった。

 愛を憎みそれでも愛を求め続けた友が見つけた真実の愛を裏切ったのか?ラカンは信じたくなかった。真実の愛と思っていたそれがいつもの遊びだったとは思えなかった。直ぐに捨てられたラシードの恋人達・・・・アーシアも同じだったというのだろうか?

「見そこなったぞ、ラシード!俺はもうお前の事が分からない!だがな、今はアーシアを探すのが先決だ。もしアーシアに何かあってみろ、もうお前の顔なんか見たくもない!金輪際友達なんかやめてやる!」

 ラカンは激しく言い捨てて踵を返した。

 残されたラシードからは全てを焼きつくような怒気が上っていた。

「アーシアがいなくなるなんて!」

「・・・・考えられなくも無かったけれど・・・あんなのを見たらね。でも死んだりなんかはして無いと思うわ」

 〝死〟と聞いたラシードは立ち昇っていた炎が凍ったかのように一瞬で蒼白になった。

「アーシア・・あー・・アーシア!私は何ということをしたんだ。こんな事になるとは思わなかった・・・・私はなんて愚かなんだ・・・アーシア・・」

 自分を責めるラシードにリラは語尾を強くしながら言った。

「あの子が自分から死ぬなんて絶対にしないわよ。そんなに弱くないわ。貴方の側からただ離れたかっただけじゃない?それとも貴方はやっぱりアーシアを取って私を又捨てるの?」

 ラシードはビクリと肩を揺らした。

「・・・・・いや。しかしこうなってしまってもアーシアは探す・・・」


 ラシードは今にも爆発しそうな感情を必死で押さえ込んでいるようだった。その彼を見守るリラは無表情で何を思っているのか定かで無かった。ラシードをアーシアから奪った勝利を噛み締めているのだろうか?それとも彼女に未練を残すラシードに不満を抱いているのか・・・いずれにしてもラシードはリラを捨てないと言ったのは間違い無いのだから喜んでいいはずだ。

 しかし彼らの心配はその後直ぐに解決したのだった。アーシアが変わった様子も無く戻って来たのだ。しかも人間の男を連れて―――



 話しは五日前に遡る。ラシードの部屋から飛び出したアーシアは、悲しみに胸が押し潰されそうだった。だから無防備なまま城に忍び込んだ男の当て身を受けてしまった。ガクリと前のめりに倒れこむ彼女をその男の腕が絡め取ったのだった。そして男はニヤリと笑い肩に担ぐと、闇に紛れ城の外へと消えて行った。

「リスト!宝珠ちゃん盗んできたぞ――っ!」

「いないと思ったら、イーロ!本当にやったのか!」

「ああ、青天城に行ったらな、うじゃうじゃ宝珠がいたぜ!」

 リストと呼ばれた男は仰天した。

「ば、馬鹿野郎!そんな無茶するなんて!」

「意外とちょろかったぜ!龍達は自分の力を過信しているからな。結界は強力でも俺らみたいな人間なんかには効かないからな。ふふん」

 龍でも宝珠でも無い彼らは力無き者だ。しかし特殊な力を生まれながらに持っていた。龍の発動する力は彼らには効かないのだ。全て吸収して無効化してしまう驚くべき能力を持っていた。しかし青天城に忍び込むとは怖いもの知らずと言いたいが、それには理由があるようだった。リストが渋い顔をして言った。

「それにしても、あの女が無茶を言うからこんな事になったんだろう?いい加減、お前も目を覚ませよ」

「ば~か。惚れた女の願いを叶えないでどうするってんだ?さあ~ご褒美にちゅーをしてもらおうかな。ほらっ、ちょっと持ってな」

 男はそう言うと肩に担いでいたアーシアをリストにぽいっと渡した。その弾みで荷物のように布で包んでいた隙間からアーシアの顔が覗いた。

 リストはその白い宝玉のような顔に、ドキリとして唾を飲み込んだ。


「すごい・・・本当に宝珠だ・・・それもなんて綺麗なんだ」

「ふふん、当然!俺様の仕事に抜かりは無いさ!ちゃんと下見をしたからな。一番上等そうなのを選んで来たのさ。しかも忍び込もうと思った時に飛び込んできたから楽勝、楽勝」

 イーロはそう言うと鼻歌を歌いながら髪を櫛づけていた。今から出かけるつもりのようだ。深夜に訪問するのは非常識だと言っても聞かないだろう。

 イーロとリスト―――彼らは母の違う同い年の兄弟で良く似ていた。背が高く衣から覗く胸や腕は硬い筋肉が隆起して均等に張り付いている。かなり鍛えられた体のようだった。そして髪の色はこげ茶色だがリストの方が少し黒っぽい感じだ。そして共にある特徴が前髪のひと房が白っぽい灰色だった。だが背格好は似ていても雰囲気は正反対の感じだ。イーロは俊敏な獣のように野性味あふれ、リストは語らない石のように少々の事では動じない雰囲気だ。イーロが暴走してもそれを止めるのがリストの役目だった。

 しかし最近はその忠告を聞こうとしないのだ。今まで自分達の特殊な能力を使って、何でも屋というか用心棒のような仕事などをしていたが・・・今回は人攫いまでしてしまった。


(全部あの女のせいだ!)


 イーロを狂わせている女――瀕死の状態の目覚めない男と共に現れたその女に雇われたのが災難の始まりだった。そして今は仕事とは言い難い状態になっているのだ。

 リストは腕の中の宝珠を見て溜息をつくしか無かった。

 それから身支度を整えたイーロはその戦利品をリストに持たせたまま、直ぐ近くのその女が住む場所へと向ったのだった。

 全州で一番栄える天龍都でも、中心街を一歩離れると緑が広がる閑静な場所がある。金持ちの別宅もこの場所に建てる事が多いようだ。その女もここの住人のようで、暫く使っていなかった屋敷に住みだしたのだ。

 イーロ達はその屋敷に入って行った。長く使われていなかったそこは今でも時が止まっているようだった。家具には布が被せてあり、住み心地がいいように掃除をしている様子も無い。イーロは気にしないがリストは気に入らなかった。


(あの女がする訳ないな・・・)


 掃除をするなど無縁のような女だ。男を惑わす肢体に、自分は美しいと知っている高慢な女。誰かに傅かせても自分でしようなんて思わないだろう。しかも他に誰もいないのだからこの有様は仕方が無いのだろうとリストは思った。そんな女でも最も気にかけているものがこの屋敷の奥にある。深夜だというのにきっとそこにその女はいるだろう。イーロもそれが分かっているから真っ直ぐにその部屋へと向っていた。

 そしてその扉を開いた。その内側は今まで通って来た場所とは大違いできちんと整えられている。何も無い部屋だが奥には大きな寝台が一つあるだけあった。そこから影が一つ起きたようだ。

 イーロは構わず奥へと進んだ。

「ほら、ご所望の宝珠だ!受け取ってくれ!」

 イーロはそう言うと素早くリストからアーシアを取り、その影の下へと転がした。すると巻かれていた布が広がり、男物の外套に身を包んだアーシアが転がり出たのだった。影はまさかというように息を呑み、寝台の近くにあった灯りを強めた。

 アーシアは床に転がされた衝撃で目が覚めた。朦朧とする中で一瞬自分が何をしていたのか思い出せなかった。そして思い出しはっとして顔を上げた。するとまさかと自分の目を疑ってしまう人物を見たのだ。相手も驚いた様に瞳を見開いていた。

 アーシアは確かめようとよろめき立ち上がった。そして灯りの横でその顔を見て叫んだ!


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