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マリカとシアン

 二人が待っている間にイズマルはタジリのもとへと向かった。タジリの・・・と言うよりも彼の側にいるセイカと言う女に話しを持って行ったのだった。

 あの母娘が言っていたタジリが気に入って片時も離さない女性がこのセイカだ。可憐で美しい容姿だが、ふとした表情が毒々しい感じの龍でも宝珠でも無い只の人だ。そしてタジリは彼女の言いなりらしく、この城の・・・州の実権はこのセイカが握っているようなものだった。それはタジリが部屋に閉じこもり、その中に入れるのはセイカだけだからだ。

 彼女は宴に呼ばれた歌い手だった。そしてその宴が終る頃にはタジリは彼女に夢中になっていたのだ。それから城内が段々とおかしくなった―――セイカに原因があると反感を抱く者はもちろん、良識のある城の者達は次から次へとタジリの命令で地下牢へと送り込まれたのだ。もちろん妹のマリカや彼女を慕う宝珠のシアンも例外では無かった。

 セイカはその地下牢の重罪人を入れる特別独房に居た。


「ねぇ~シアン、もう強情張るのは止めて私の言う事を聞きなさい」

 鉄格子の中に居るシアンは誰もが振り返って見るような美しい顔を歪めると、そっぽを向いた。その向けた先の手が届きそうで届かないすぐ近くの牢獄に入っているマリカの姿が目に入ると歯軋りをした。

 マリカは泣きそうな顔をして鉄格子に張り付いている。シアンの様子を見ようと必死のようだ。

「シアン・・・駄目・・・」

 マリカの声はか細く消え入りそうだった。

「マリカ!」

 シアンは手をいっぱいに伸ばしてもマリカには届かないと分かっているのに必死に手を伸ばした。

「あらあら、お姫様はまだ元気そうね。お仕置きが足りないのかしら?」

「止めろ!マリカに手を出すな!」

「あら?私のせい?違うでしょう?あなたのせいよ。あなたが承知さえすれば止めると言っているのだからね。龍って嫌よねぇ~自己治癒力もあるからしぶといったら!でも、あと何日、水だけで生きられるのかしら?」


「も・・・もう止めてくれ!俺は――」


 シアンが鉄格子にすがりながら項垂れ、両膝をついて声を絞り出した時、またマリカが自分の名を呼ぶ声が聞こえ、はっと顔を上げた。

「駄目・・・シアン・・・嫌、そんなことしたら絶交よ。私・・・死んじゃうから・・・」

 カッ、としたセイカは近くにあった折檻用の棍棒で鉄格子に張り付くマリカを突き飛ばした。

「マリカ!」

「余計な口を利くなら舌を抜くわよ!さあ、シアン。返事は?タジリの宝珠になるの?ならないの?ならないのなら・・・あなたも・・・あのお姫様も・・・私はいらないのよ」

 セイカはマリカを人質にシアンとタジリの契約を強制していた。受けても受けなくてもシアンはマリカを失ってしまうのだ。選びようが無かった。

「俺が承知してもマリカを失い!断っても彼女を失う!そんなの選べるかっ!」

 噛み付くように叫んだシアンをセイカが嗤って棍棒で突き飛ばした。


 そこへ一人の男が現れた。黒髪の背が高い男で顔は整っているが前髪が片目を隠していた。そして隠れていない瞳は真紅―――偽の紅の龍だ。

「その姫さんは俺にくれるって言っただろう?殺すのは俺が好きにした後にしてくれないと」

「そんな約束して無いわよ。それにこの子じゃなくてもいいでしょう?女は幾らでもいるのだから」

「公女はいないさ」

 男はニタリと嗤って舌なめずりをした。マリカはその男と目が合い、ぞっとして後に這い下がった。

「マリカに手を出すな!お前なんか殺してやる!」

「ああ、うるさい!」

 セイカは再びシアンを棍棒で突き飛ばし、偽の紅の龍を睨みあげた。

「それよりも今はうろつくなと言ったでしょう?紅の龍は今、青天城なんだから」

「はっ!もう!飽き、飽きなんだよ!もうそろそろでかい花火を上げるんだろう?なら力を蓄える為にも俺は好きにさせて貰う。そして俺が王になるんだろう?なぁ~セイカ?」

「―――そうよ、紅の龍。あなたが王となる」

「なら、何でタジリなんかにこの宝珠をやろうとしているんだ?」

「馬鹿ね、あなたは必要じゃないし。タジリは極上の宝珠を与えても四大龍の足元にも及ばないでしょうけれど、あなたの盾ぐらいにはなれるでしょうよ。足手まといよりいいんじゃない?」

 そりゃそうだ、と紅の龍を名乗る男が豪快に笑った。

 そんな単純な事では無いとセイカは心の中で嗤ったがこんな馬鹿な男こそ自分の計画には必要だから仕方が無いと微笑んだ。


「シアン、もう少し考える時間をあげるわ。二人で良く話し合いなさい」

「お前達・・・絶対に許さない・・・こんなことしても王や四大龍に知れるのは時間の問題だ!彼らが動けばお前達に勝ち目は無い!」

「勝つのは私よ。私は欲しいものは絶対に手に入れる・・・それを手にすれば後はどうなっても構わないのよ」

 セイカはそう言い残して去って行った。彼女が欲しいもの?全州を統べる王となることなのだろうか?しかしそれは紅の龍を騙る男がなると言っていた。それを影で操る事が望みなのか?シアンはセイカのやろうとする事が分からなかった。タジリとの宝珠契約の件も偽紅の龍が問い質したように不自然だった。力が欲しいなら偽者と契約させるべきだろう。彼を王とするのなら・・・

「マリカ、マリカ、マリカ・・・」

 シアンは愛しい彼女の名を何度も呼んだ。マリカは気を失っているようだった。彼女が幼い頃から慕い続け・・・身分違いを乗り越えようやく婚約するまでに至った矢先だった。成人の祝いが婚約式に変更となり、それと同時に宝珠契約式を予定していた。その幸せを間近に控えたこの時期―――抵抗する間も無く引き離されたのだ。シアンは自分が情けなくて仕方が無かった。命より大切なマリカを救う事が出来ないからだ。


「・・・シ・・・アン・・・」

「マリカ!気がついたのか?大丈夫か?」

「シアン・・・駄目よ・・・シアンは・・・私のものなんだから・・・」

「っ・・・マリカ・・・聞いて。俺はあんたを助けたいんだ。どんなことになっても俺の気持ちは変わらない。だから・・・」

「駄目!」

 マリカは力を振り絞って大きな声を出した。

「だ、駄目よ・・・シアン・・・宝珠は無二の誓いを捧げた相手が一番になるのでしょう?私が一番じゃないと嫌!そんなの嫌!」

 宝珠は契約するとその契約相手の意思に反する事が出来なくなるのが定だ。反すると命を削る結果となるのだ。だから宝珠は本心で望まない限り契約も成立しない。

 マリカの甘い独占欲はシアンの心を浮き立たせたが、それでは彼女を守る事が出来ないのだ。それにあの男がマリカを狙っている。これは宝珠としてでは無く男として絶対にマリカを守りたかった。紅の龍の名を騙り多くの女達を毒牙にかけているあの男が後の楽しみにとマリカを残しているのがせめてもの救いだった。

「マリカ、聞いて。此処に居ても状況は変わらない。契約を承知した振りをしてタジリに会う。何か出来るとしたらそれくらいしか無い」

「本当に振りだけ?契約しない?」

 マリカは今にも泣きそうな声を出した。

「俺の心はマリカ、あんただけだ。こればかりは強制されても契約は成立しやしない。だから大丈夫。だから俺がどうにかするまで待っていてくれ」

「シアン・・・本当に?本当?」

 不安に揺れるマリカにシアンは何度も大丈夫だと言った。


(マリカを救う為なら俺は本心からタジリと契約出来る・・・何としてでもマリカを救い出さなければならない・・・マリカに嘘をついたとしても・・・)


 契約をすれば自由に動ける筈だ。そうすればマリカを助ける手段は幾らでもあるだろうとシアンは考えた。そしてその結果、自分が命を落としても構わなかった。全ては愛するマリカの為―――


(マリカ・・・ずっと一緒にいて見ていてやるという約束守れないかもな・・・)


「マリカ・・・好きだ。愛している・・・大丈夫だから俺を信じて」

 シアンの嘘にマリカは頷いたのだった。

 セイカが地下牢から戻るとイズマルが待っていた。

「セイカ様、良いお話をお持ちしました」

「良い話?」

「はい。成り上がりの商人が持ち込んだ話ですが、この地に巨大な遊戯施設を造りたいとの申し出があり、その公認を要請しております。もちろんその代価や利潤の分け前などを州に納めるとのことです。かなりの金額が舞い込むと思うのですが・・・」

 セイカが全く興味を示さない様子にイズマルの声は段々と小さくなった。しかしこれでこの話を引っ込めたら州どころか自分に舞い込む大金を逃してしまうとイズマルは思うと再び声を大きくした。

「馬鹿げた話しかと思うかもしれませんが、もう既にその場所は買収され湖の埋め立ては翠の龍の力添えも取り付けているとの事で――」

 イズマルはセイカに腕を突然掴まれて言葉を呑んだ。


「今、何って言ったの!」


「な、何が?」

「湖の埋め立てに誰が来るって?」

「み、翠の・・・翠の龍で、です」

 セイカはその答えを聞くとイズマルを掴んでいた手を離した。そして少し考えるような表情を浮かべた。返答を待つイズマルは生きた心地がしなかった。まさか金儲けの話しでセイカがこんな反応をするとは思わなかったからだ。何が彼女を怒らせたのだろうか?とイズマルは悩んだ。セイカを怒らせた者でこの城から姿を消したものは何人もいる。彼女の言うことを何でも聞く州公と紅の龍が付いているのだから逆らったら大変だった。

「詳しく話しを聞きたいからその商人を今直ぐ呼んで!」

「は、は、はい!―――し、しかし、奴らは州公との謁見を希望していまして・・・」

 イズマルは恐る恐るそう言ったがセイカに睨まれて逃げるように去って行った。

 ラカンとラシードは戻って来たイズマルに案内されていよいよ州城の奥へと向かった。

「この奥に州公様がいらっしゃるのですか?」

 ラカンの問いにイズマルはどう答えたら良いのかと悩んだ。外から来た者にセイカのことをどう説明すれば良いのかと思ったのだ。

「今から会わせる方は州公では無いが・・・その・・・話しを聞きたいと言われている」

「州公様ではない?では貴方様の上司ですか?」

「そ、そんなものだ・・・そして州公が一番頼りにしている」

 良い答えだとイズマルは自分で言いながら満足した。

「・・・州公様はもしかしてご病気だとか?」

「ま、まあ・・・そんな感じだ」

 ラカンとラシードは密かに顔を見合わせた。それに活気が無いと思った城内は行き交う人が少ないせいだと二人は気がついた。


 そして通された場所で待っていたのは予想に反した人物だった。タジリが女に溺れて政務を怠っていると言う情報はあったが・・・その女を操る人物が紅の龍を騙る者か、そのまた後ろに黒幕がいるのかと予想していた。ところが目の前にいるのは毒婦とは思えない可憐な顔をした女性だった。しかしそれは見かけだけの話で毒々しい雰囲気に溢れていた。それは魂から黒く染まった独特な感じ・・・ラカンはもちろん、ラシードもそれを十分肌に感じた経験がある―――魔龍王と呼ばれたゼノアが正しくその感じだったのだ。その場にいるだけで周りを黒く浸食しているような独特の雰囲気・・・

 それをこの女にも感じた。だから一目でこの人物こそが首謀者だと二人は確信した。

「おまえ達、翠の龍とは知り合い?」

「はい、縁あって親しくさせて頂いております」

「どれくらい親しい?」

 何を聞きたいのだろうか?と、ラカンとラシードは密かに視線を交わした。疑られているのだろうか?ラカンはそう思い当たり障り無く答えることにした。

「個人的に親しいのは翠の龍では無く宝珠のサード様の方です」

「サード!あの狂犬!あいつと親しい?お前が?それともお前?」

「え?えっと・・・俺達じゃなくって妹が」

 この馬鹿!とラシードはラカンを睨んだ。


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