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結婚しない理由

「どうしたんだ?浮かない顔をして?」

 いつものように執務室を追い出されたアーシアがとぼとぼ歩いていると、それを見かけたラカンが心配そうに声をかけてきた。

「いつものことよ。邪魔だから追い出されたの・・・」

「いつもの?ああ、あれか・・・それって何時ものことなのにどうしたのさ?」

「今日はね・・・女の人らしいの。いつもは男の人だから駄目だって言われていたのに結局私ってただ邪魔なのかなぁ~って思っていたところ・・・」

「そりゃ、あいつの独占欲は尋常じゃないからなぁ~アーシアを見てぼう~とする男さえ気に入らないようだけど・・・女って・・・あっ!アーシア!あいつは絶対浮気なんかしないからな!俺が保障する!そんなに気にする必要なんか全然無いから!」

 アーシアは呆れて溜息をついた。

「ラカン、どうしてそんな話になる訳?私はそんなこと考えもしなかったわよ。それとも

私に何か隠し事でもあるの?」

「な、無いよ!何も無い!ラシードがアーシアに隠し事なんてしないさ!」

 ラカンが否定すればするだけその慌てぶりが怪しいとアーシアは思ってしまった。

「―――やっぱり戻ってみる」

「止めとけって!」

 ラカンはしまったと思いながらアーシアを引き留めようとしたが無駄だった。こうなった責任上同行するしかない。

「ラカンも付いて来るの?」

「ま、まあ・・・俺も気になるし・・・」

「ふ~ん。やっぱり何かあるのね。そういえばアデルは?」

「母さんの所」

「あ!また取られたの?」

 ラカンは、そうと言って肩をすくませた。ラカンの母タニアはアデルを気に入っていて何かと連れ出しているようだった。

「もしかして結婚式の準備?」

 ラカンはガックリと肩を落として答えた。

「はぁ~それ言わないで欲しいなぁ~俺は式なんてどうでも良いのに母さんが譲らなくって張り切って取り仕切っているんだ。しかもレンが近々だから張り合ってさぁ~このままでは目立たないから先延ばしするとか言っているし・・・それならその前にすればいいだろう?って言ったら準備が間に合わないとか言ってさ・・・アデルはそれに振り回されているんだよ」

「ラカンは面倒だと思うでしょうけれどアデルは嫌がって無いでしょう?嬉しいと思うもの。きっと指折り数えながら準備している筈よ。女の子にとって結婚式は憧れだものね」

 アーシアは微笑んでいたが声は少し寂しそうだった。

「アーシア・・・」

 ラカンは君も憧れる?と軽口を言いたかったがそれだけは調子者の彼でも言えなかった。魔龍戦からのこの数年ラシードとアーシアは苦難を乗り越えて絆は深まっているのに・・・結婚という一般的な話が全く出ないのだ。カサルアが未だにアーシアを庇護から放したく無くて邪魔をしているとか・・・アーシアを長年想い続けていたレンに遠慮しているとか・・・彼女とは宝珠と龍の関係だけだとか・・・などなど・・・現実味のある話題から醜聞紛いのものまでそれぞれが各々勝手に憶測しているようだった。しかし、ラシードを一番理解しているアーシアとラカンはそれらが全て違うと分かっている。だからラカンもこの話題は口に出せなかった・・・二人はそれから無言になってラシードの執務室へと向った。



 アーシアを追い払ったラシードは前々から報告を受けていた案件で気分を害していた。

「それで?言いたいことはそれだけか?」

 女達が胸をときめかせるラシードはどちらかと言えば冷淡な顔立ちだ。態度もそれと同じく冷たくてもそれが魅力だと女達は言うがそれでも完全な無表情となれば声を聞くだけで誰もが、ぞっと背筋を凍らせてしまう。案の定、彼の座する数段下に跪いている者達は震えているようだった。しかし恐る恐る顔を上げた娘がいた。服装から良家の娘のようだが顔は青ざめていても、きゅっと結んだ唇と釣りあがった瞳はとても気が強そうな感じだった。そして付き添っているもう一人の女は、その娘の母親のようだが若作りして派手に着飾りとても強かな様子に見えた。

「あ、あなた様に間違いございません!嘘をつかれるのですか!」

「私では無いと言っている」

 ラシードはうんざりしたように答えた。しかし娘は退かなかった。

「私はすれ違っただけでお顔はハッキリ覚えていませんが・・・その真紅の瞳は見間違えません!」

 こんな瞳の色ぐらいで・・・とラシードは言いたかったが、真紅となればそんなに居ないのは周知のことだった。瞳の色は龍力に比例する。ゼノアも力を使う時は真紅の瞳をしていた。もし彼女が証言するその人物が同じ色だと言うならばラシードぐらいの力があるかもしれないのだが・・・

「何を言っても私は知らない。証拠もない言いがかりは止めて貰おう」

 ラシードの変わらない冷淡な答えに娘は、瞳を見開いて絶句した。そうなったら今度は母親の出番のようだった。

「紅の龍さま!いい加減に言い逃れしないで下さい!嫁入り前の娘を傷物にして知らぬ、存ぜぬが通用すると思うのですか?あくまでも知らないと言い張るのでしたら天龍王に直訴します!」


 丁度それを耳にしたアーシアがその場に入って来た。その扉が開く音に一瞬、ぎょっとした母は振り向いたがアーシアを見ると真っ赤な口紅を塗った唇を歪めて意地悪く笑った。彼女がラシードの宝珠アーシアだと見ただけで直ぐに思ったからだ。

「ちょうど良かった、宝珠さま。貴女さま抜きでこの話は進められませんから」

「アーシア、君には関係ない。出ていってくれ―――ラカンお前もだ」

 アーシアの後ろから現れたラカンに気がついたラシードは直ぐにそう言った。ラカンが一緒だったからアーシアが戻って来たことにラシードは気が付かなかったようだ。力ある龍は自分の気配を消す事が出来、その側に居る者も同じく気配が消えるからだ。

 アーシアは黙ったまま、ラシードの言葉を無視して中へと進んで来た。

「アーシア・・・」

 ラシードは硬い表情のまま眉根を寄せた。そしてラカンを冷やかに一瞥した。


(うっ・・・ち、違う!誤解だ!誤解!)


 と、ラカンは口をパクパクさせて違うと言って手を振った。ラシードの視線が恐ろしくて生きた心地がしない。

「ラシード、一応言っておくけれどラカンは何も言って無いわよ。私も聞いた方が良さそうな問題?」

「いや・・・何も問題はない」

 ラシードはそう答えたが絶句していた娘が金きり声を上げて叫んだ。かなり自棄になっている感じだ。

「姉さんを愛しているって言ったでしょう!私は毎日のように姉さんからあなたの話しを聞いていたわ!それに結婚を約束したでしょう?だから姉さんは何もかも許したのよ!姉さんのお腹の中の赤ちゃんはどうしたらいいのよ――っっ!」

 皆、しんと静まり返った。同席していたラシードの部下達は皆驚いた顔をしていたが、ラシードはもちろん、ラカンも・・・そしてアーシアも無表情だった。

「―――ラシードじゃない事は確かだろうけれど・・・いったい誰が何の目的でそんな真似をするのかしら?」

 アーシアは少しも疑わずに言った。

「アーシア・・・」

 ラシードは逆に少し驚いた顔をして平気な顔をしている恋人を見た。アーシアは晴れやかに微笑んだ。

「本当にラシードって相変わらずこういう話題に事欠かないわよね。私が嫌な気持ちになると思って聞かせたく無かったのでしょうけれど・・・私は平気よ。しかも一番有りえない話だしね」

「そりゃ、そうだ。ラシードは浮気してもそんなヘマしないもんな」

 ラカンが冗談混じりに言ったが本心はアーシアと同じだった。例え元恋人が何十人押しかけて来ても貴方の子供よ、と言って来る者はいない筈だ。ラシードは絶対にそれを避けている―――以前は家庭不和から芽生えた家族というものへの嫌悪感が強かったが、今は恐らく自分の中に流れるゼノアの血を忌み嫌っているのだ。ラシードは自分のその血を繋ぐ行為を避けているとアーシアは感じていた。結婚とは・・・いわゆる子供のいる風景が当たり前。だから家庭を持ちたく無いとラシードは思っているとアーシアは分かっているから結婚したいとは一度も言ったことは無かった。ラシードから色々な愛の言葉を囁かれても・・・それが永久を誓うものであっても結婚しようと言われたことは無かったのだ。それだけ彼の心の痛みは深くアーシアでも立ち入る事が出来なかった。結婚話はもちろんだがラシードの子供の存在など絶対に有りえないのだ。

 恋人だと聞いていたアーシアが全く動揺しない様子に親子は驚き逆に静かになった。

「しかし噂は本当だったんだな?」

 静まり返ったその場にラカンの声が響いた。

「噂?あ~やっぱり、何か隠していたのね?」

「隠すって、ちょっとそんなつもりは無いって!何か田舎の方でさ、ラシードの偽者が出没しているって嘘か本当かも分からないような話さ」

「ふ~ん、その出没内容は女の子絡みな訳ね?それで偽者は何をしたの?」

「私と偽って好き勝手やっているらしい。そして結婚を餌に娘達を次々毒牙にかけたようだ」

 ラシードが渋い顔をして言った。

「ラシードが?」

「私はしていない」

「あはははっ、ごめんなさい!ラシードの偽者が・・・だったわね。それにしても可笑しい!ねぇ、ラカン?」

 お腹を抱えて笑うアーシアにつられてラカンも笑いかけたが、ラシードから睨まれてしまい慌てて口を閉じた。

「えっと・・・ア、アーシア、笑い事じゃないよ。ラシードは困っているんだしさ」

「だって、可笑しいのだもの」

「な、何が可笑しいのですか!し、失礼よ!」

 アーシアの態度に腹を立てた被害者の妹が真っ赤な顔をして叫んだ。

「あっ!ごめんなさい!あなた達を笑ったのでは無いの。ラシードにそれは有りえないと思ったから、つい笑ってしまって」

「そうだよな~ラシードなら結婚を餌にしなくても女の方から〝どうぞ〟って身を投げ出す筈だしなぁ~」

「ラカン!」

「あっ・・・えっと・・・その・・・まぁ、まぁ、ラシード。そう怒るなって!」

 肩をすくめるラカンをラシードが睨んだ。

「ラシード、怒らないで。だってそうでしょう?ねえ、そこのあなた。ラシードを間近で見て何とも思わない?」

 アーシアが、クスクス笑いながら怒っている娘に聞いた。

「ど、どう思うかって・・・」

 アーシアから言われた娘がなるべく視線を外して見ていたラシードを改めて真正面見ると目が合った。不機嫌そうに口元を引き結んだラシードはどんな顔をしていても若い娘にとって直視出来ない魅力に溢れている。その真紅の瞳を独り占めしたいと数多くの女達は夢描いたものだ。その冷やかな真紅の瞳と目が合ってしまった娘は気持とは反対に顔を赤く染めて呆然と見つめてしまった。

「あ~あ、また一人・・・」

「何か言ったか?ラカン?」

 ぼそりと呟いたラカンにラシードが鋭く聞き返した。

「はい、はい、喧嘩しない、しない。ね?分かって頂けたかしら?ラシードは特別苦労せずに女性を虜に出来るの。もうこれは特技に近いかもね」

「アーシア・・・それは無いだろう?」

 ラシードは恋人の評価に眉を顰めて抗議の声を洩らした。その眉間のシワをアーシアが指で突いた。

「あらっ、そんな顔をしないでラシード。女性にもてる恋人は自慢らしいわよ。一般的にはね。ふふふ・・・それとも私に焼もち妬いて欲しい?」

「アーシア・・・」

 ラシードを絶対に信じているアーシアは本心からそう思っている。だから逆にラシードが焼もちを妬く事に本当は快く思っていなかった。アーシアの気持ちを信じてくれていないのかと思ってしまうからだ。ラカンに言わせればそれは独占欲の現われだと言うが・・・

 その時、予想しない笑い声が聞こえた―――


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