ちょっとした小話:「そういえばあの依頼ってさ」
「そーいやさー」
「はい?」
ブチブチと根っこを引っこ抜きながらアレンくんが答える。今、私達はギルドの中庭(魔物退治のための実力試験とかを行う闘技場)の雑草抜きをしている。一応他にもこういう雑用をする人はいるけれど、人手は多いほうがいいよねってことで無償奉仕。私もローブの袖をまくり上げて、軍手をつけて深くまで張った根っこと格闘している。ローブ脱げって?嫌だよ、エアコン機能ついてて快適なんだもんこれ。
いやーにしても懐かしい。雑草抜きとか小学校低学年以来だよ。腰が痛いけどこれもまた一興ってね。冒険者ギルドに所属しておきながら何してんだお前って苦情来そうだけど知らん。カメラに映らないところで、物語の隙間で地味にお仕事してたんです。おかげでお金もそこそこ溜まって、ナイフとかカバンとか買えたんです。
「ご主人?」
「あ、ごめん」
アレンくんが袋の口を広げてくれたんで、その中に抜いた草を放り込む。ゴロゴロした土が根っこにあわせて揺れて落ちた。
「…ちょっと思ったんだけどさ」
「はい」
「『薬草採取』ってあるじゃん。ギルドの依頼に」
「ありますね」
「つまりさ、野生の薬草を取ってきてくれってことじゃんね。街の外出て、森とかに行って」
「はい」
「…育てちゃダメなのかな?」
「……はい?」
「だから、野菜みたいにコミュニティの中で栽培するのは無理なのかなって」
だって、そっちのほうがいいじゃん。わざわざ余計な金かけて冒険者ギルドに依頼して、死傷者出してまで外に採取しに行くくらいなら、多少質が落ちても農村とかで大量生産したほうが効率いいに決まってる。
見た感じこの世界は王政の下で法律も存外しっかりしており、金銭を用いた売買や地位の有無も明確。食料品や本、農具・武具などの資本が蔓延る、一昔くらい前の資本主義経済が形成されている。貴族が一声かければ、農村の一部で副業的な感じで育てるのも不可能じゃないのでは。
「えーー…でも、土壌が合わないとかあるんじゃ……」
「土ごと持ってくるんだよ。育てる場所の土と、薬草生えてる場所の土を混ぜて土壌開発するの」
「机上論ですね。家庭菜園とかならともかく、そこまで大々的なものとなると公共投資レベルですよ。それでも割に合わないかも」
「でも成功したらデカいじゃない。だって国内で安全に薬のモトが手に入るようになるんだよ?人的資源の観点から見ても悪くない博打だと思うけど」
「人的資源!!?」
あれ、アレンくんが固まったぞ。――ああ、そっか。アレンくんの転生前の時代とかだとそういう視点で見てないんだ。軍隊も団体ではあるけど資源の塊じゃなくあくまで人と。そういえば一回文明ぶっ壊れてやり直してる最中だったねこの世界線。
そういや、たしかうちの作者とは別の、現実世界の他作者様の作品にあったな、こんな感じの小ネタ。『人的資源』の価値観自体は大量に人を投入することになる世界大戦以降のものなんだっけ?
……あれ、そう考えると私がおかしいのか?自信なくなってきた。
や、でも、土壌開発自体は悪くない案だと思うんだ。国内で生産できればかなりのローリスクになる。あの薬草は庶民向けの薬の材料で、葉・茎・根からそれぞれ消毒効果のある傷薬・副作用の少ない解熱剤・老後も安心の滋養強壮剤ができる。捨てるところのないエコな事業であり、なまじ消費者が多いせいで薬草はいくらあっても足りない。昔からああだから誰も気づかないだけで、現状がハイリスク・ローリターンすぎるのだ。
実際、他の場所から土を持ってきて混ぜる成功例は現実に存在する。どれほどの苦労があったのかは知らないけど、現実に北海道が新潟と並ぶ米どころになってるくらいだからね。もともと一切米が作れなかったところで生産可能になるって相当な苦労だから。客土だっけ、たしか。
「――理論上は可能だとしても、猛反対を受けますよ」
「例えば?」
「自腹を切ってまでリスクを負いたくない貴族や王族とか」
「ノブレス・オブリージュってやつだよ。そのくらい覚悟してほしいんだけど」
「あとは、現状で利益を得ていて、この機構を崩したくない存在、と、か――」
――ん???
私とアレンくんは目を見合わせて、壊れたブリキのようなぎこちない動きで横を見る。
…そこ――いや、ここは、どこの豪邸かと見紛うほど立派な、大理石でできた建物。
……。
……………………。
「アレンくん!今の話なし!なかったことにしよう!うん!それがいい!!」
「そうですね、はい!幸運なことに言語が違うので誰も聞いてないでしょうし!!」
「うんそうだねそこは本当に幸運だ!」
あぶねー、あっぶねー!「私なんかやっちゃいました?」をやべーほうでぶち抜くとこだった!
まさか始めに蹴っ躓いた言語自動翻訳機能の有無で救われるとは思ってもみなかったよ!!