III.「はじめまして」と「さようなら」の国
とりあえず、彼をどうにかしなければ。
私は再びアレンくんへと向き直る。
改めて見れば見るほど、悪魔に見えない。
まず、瞳孔が縦長…ということもなく、普通に人間と同じ形だ。身長も170cmくらいだろうか。年齢は20代後半といったところか。髪も目も赤色だが、血のような禍々しさはない。むしろその真逆。
瞳は見える、目は開いているけれど意識はない。ぼーっとしている感じ……まるで寝起きみたい。
頬をつつく。柔らかい。ぷにぷにしてて気持ちいい。
「…なんだあんた」
あ、起きた。とりあえずカクカクシカジカこれこれこうよと事情説明。
「なるほど、俺はあんたに作られた存在で、今は悪魔、というか一種の邪神のような存在で、……はあ?」
そらそうなるわな!ちくしょう、どうしたものか…
「……まあ記憶ないし行くあてもないからいいけど」
いいんかい!?ええ〜いいの?契約書出して契約成立しちゃったよ。君純粋無垢とかよく言われない?転生したてだから言われたことないか。そもそも私が初めての話し相手か。怪しいツボとか買わされそうになったら即逃げるんだよ。
さて、今の状況だけど。今は廃れた王国の隠し部屋に二人。何も起きないわけがなく…
なんてことはなく、彼はずっと黙っている。なんだろうこの沈黙。何か話さなきゃいけない空気になってる気がするんだけど。
「…なんでこれ焦げてんの」
「…私がゴリ押しで開けたから」
「ひでえ、ボロボロ」
そう言って、小部屋の入り口となる通路の一角をつんつんとつつくアレンくん。違うのよ、それ作った自称大天才が実力含め天才だったから、三時間くらいかけても開けらんなくて、ね?仕方なく強行突破したのよ?
そうベラベラ言い訳を重ねる私を尻目に、彼はずんずんと先へ進む。おーい、私一応君のご主人さまよ?
そんなことを思いながら後を追う。
目をさす光に、思わず目を細める。一度地下に入ったというだけで、身体は闇に慣れてしまったらしい。しばらくしたらまた光に慣れるわけだけど。
「――で、結局、その旅の目的ってのは、『世界に残された災厄をどうにかする』ってことでいいんです?ご主人」
地下からの道中、いつからかアレンくんは私のことを「ご主人」と呼ぶようになっていた。だから純粋無垢かっつーの。そして、彼の言う通り、私の旅には明確かつ明白な目的がある。作者の言うそれをここでの現実として叶えるために、私はここに来た。
――まさか初っ端から言語の壁にぶち当たるとは思わなかったけどな、あのクソ愉快犯め!!だからこそ通訳としてアレンくんを召喚したわけだけどさ!
お城から出て、街を抜けて、森の前まで。そこまで行って、初めて私は振り返った。
ボロボロの国。私はこの国を滅ぼした、この国最後の王様を知っている。裏技のようなかたちで、その有り余る魔力を爆発させるようなかたちで次元を歪ませて物語の中から飛び出していった。今は偽物劇場にも顔を出すとあるお店の主、れっきとした私の友人だ。
彼の話を聞く限り、この国は、差別は激しいものの豊かな国だったはずだ。それが、なんの因果かここまで滅びてしまった。私は立ち会ったわけじゃあないから分からないが、あの人のそばにいた彼と彼女は、口を揃えて言う。
――あいつの癇癪の後、国の中で生きていたのは自分だけだと思ってた――
三つ。たったそれだけ。広大な人口を抱えていたであろう中で、生き残った命はそれだけ。その生き残りすら国を出ていったなら、それはもう「国」と呼ぶのすらおこがましいただの土地。
目を閉じて、息を吸う。歪な臭いが鼻を刺す。
もうここには用はない。行こう、と声をかける。アレンくんが歩き出す気配を感じて、私も前へ向き直り、歩を進める。
ふと、風が吹いた。木々の葉の擦れる音がする。
後ろ髪を引かれるような、不思議な感覚。
一瞬だけ振り向いたそこにあるのは、もう廃墟ですらない。
生命に捨てられた土地でしかなかった。
「…さようなら、私は貴方たちが畏敬の念を抱いたお三方を殺しに行きます」
そう呟き一回お辞儀をして、少し先に行ってしまったアレンくんの背中を追った。
「……ごしゅじん?何やってたんです?」
「うぅん、ご挨拶」
「挨拶?」
「そう。謝罪の意をこめた、挨拶」
「???」