ちょっとした小話:「予想外の抜け穴」
波による揺れの少ない、この時代にしては異様なまでに快適な船旅。何日もかかるこれで個人的に少し意外だったのが、パーティーメンバーの皆さんが想像以上に私に話しかけてくることだった。この知識の源がどうとかいう話から、昨日のご飯どうだった?みたいな気楽なものまで、毎日誰かが話しかけてくれていた。
「んだけど、なんでだと思う?アレンくん」
「言語交流じゃないですか?使わないと覚えられないでしょ、人間って」
「人間っていうか…いや、まあいいや。なんであの人たち酷い扱い受けてたんだろうね、あんなに優秀なのに」
「それこそ『なろう系あるある』じゃないですか?近距離の剣技や特殊な魔法が優遇されて、物理的な遠距離ツールは軽視されがち、比較的優秀でも上には上がいるみたいな」
「君最近メタキャラじみてきたね」
「ちゃんと渡されたものは読んでますからね、俺も」
そう、この船旅を利用して、アレンくんにはちょっとした知識っつーか、メタキャラっぽい共通認識たる知識を詰め込むことにした。偽物劇場にまでついてくるかは別として、私との会話が楽になるように。
軽く見るだけでいいのに、ガチで読み込んで勉強(これを勉強と呼んでいいのかは怪しいけど)しているらしい。真面目なのかなんなのか、これも前世の性格が反映されているのか。彼には前世の記憶もクソもないけど。
そして、その影響で、アレンくんは部屋にこもっているため、基本的に彼らとお互いに拙い言語で交流するのが基本的な時間の潰し方だった。彼らは親切だし、文法とか単語とかを間違えても叱ったりなんてしない。
でも、でもね?
「ッッあぁ〜〜〜〜、偽物劇場に帰りたぁ〜い!日本語で会話して日本語で受け答えした〜い!当たり前のように日本語が聞こえてくる中でご飯とお味噌汁飲みたぁ〜い!!」
「なんで帰らないんですか…」
「これが『彼女』直々の指示だからだよ!そうじゃなきゃこんなことするか!!」
「いやそうじゃなくて」
お茶を一口飲んで、少し視線を泳がせた後に、人差し指を立ててアレンくんは言った。
「聞く限り、その作者?が出した指示って『世界に残ってしまった「災厄」を倒してきて』ってことなんですよね?一度もその、偽物劇場?ってところに帰ってはいけないとか、そんな制限ってあったんですか?」
「…………」
頭を回す。
『むかしむかし、というほど昔ではないものの、あるところに、一つの物語がありました。
主人公の人生が紡がれ。
他の多くの人物たちの人生が描かれ。
そうして、少しずつ、少しずつ、変わってゆきました。
結果、世界にはある「災厄」が残されてしまったのです。』
『…その『災厄』をどうしろと?』
『打ち滅ぼしてきてくんないかな』
『いよいよ本格的にバカになりましたか』
「…言われてない」
「帰れないんですか?」
「わかんない。でも、一応これって異世界転移モノなわけで…」
「現代技術を持ち込んで大勝利、みたいな展開も異世界モノだとあるわけですよね?」
「……ごめん、ちょっと見張ってて」
私が眉間に皺を寄せてそういうと、アレンくんは素直な声音ではい、と一言言って部屋に鍵をかけた。その間に、私は脳内でイメージを重ねる。
偽物劇場。今の私の新たな故郷であり、帰る家であり、皆が踊る舞台である。
人物の人生渦巻く、架空の劇場。
「…館長?」
「…?」
無自覚に閉じていた目をゆっくりと開くと、こっちを覗き込む金髪碧眼の少年。
「…ルリ!?」
「え、あ、はい。どうしました?ついにおかしくなりましたか」
「ついにってなんだよ!ただいま!」
「お帰りなさい」
「え、なに?館長帰ってきたの?」
柱の陰になっていたそこからひょこっとリリも顔を出す。見渡せば、今となっては見慣れた偽物劇場の一角。思ってたよりも早かったですねぇ、なんて呑気な会話を繰り広げている。
え、えぇ〜、帰れちゃうの?いいの?これ。なんか複雑。これ絶対裏技でしょ。
「どのくらいの期間私いなかったの?」
「知りませんよ。時計はあるけどカレンダーはないでしょ、ここ」
「あなたがいなくなってからわざわざ日数なんて数えません」
「『事情を加味している』って条件がなかったらなかなかにヤバいこと言ってる自覚ある???」
相変わらずどこかドライで淡白、それでも滲み出るお互いへの信頼と心配。本当に帰ってきたことを自覚して、思わず疲れがどっと押し寄せる。近くの待機用の椅子に崩れるように座り込み、大きく息をついた。
そんな私の様子を見て、二人は顔を見合わせ、少し瞬きをし、また私に向き直った。
「お疲れですね。何かリクエストありますか?作れるものなら作りますよ」
「館長の部屋のベッド、常に綺麗にしてありますから寝心地は変わらないはずですよ。ルリが呼ぶ頃に起こしに行きますから、少し横になったらどうです?」
「ありがとう…」
「何が食べたいですか?極力リクエストには答えますよ」
二人が優しく顔を覗き込んでくる。ルリは微笑みを浮かべ、リリはそっと私の顔にかかった髪をどかした。普段から私にはぶっきらぼうな面が多い二人だけれど、その胸中は理知的で理性的な大人のそれだ。パーティーメンバーと少し似通った、けれどより馴染みのある優しさにどんどん肩の力が抜けていく。実際にはまだ倒した『災厄』は一体だけ、まだまだ冒険の旅路は続くのだけれど。
それでも、「帰ってきた」というただそれだけの現実は、私から緊張を奪い去り、全身の力を奪い去った。だからこそ、呻くように一言二言、言葉を漏らすので精一杯だった。
「…お味噌汁と真っ白なご飯が食べたい…」
「わかりました、おかずは適当に作りますね?」
「お帰りなさいご主人。で、どうでした?」
「みてみてアレンくん!ご飯でしょ、お醤油でしょ、お味噌でしょ」
「お土産はちゃんと見るので一旦下ろしてください」