.雑なプロローグ
むかしむかし、というほど昔ではないものの、あるところに、一つの物語がありました。
その物語は、はじめは、物語と呼べば他の物語やそれを紡いできた先人たちを冒涜するような、ひどく単調なものでした。
それでも、主人公の人生が紡がれ。
他の多くの人物たちの人生が描かれ。
人生と人生が絡まり、また別の新しい人生が生まれ。
そうして、少しずつ、少しずつ、変わってゆきました。
そうして、「物語」は架空の「歴史」となりました。
結果、世界にはある「災厄」が残されてしまったのです。
「っていうのが一応あらすじなんだけどさ」
「バカじゃないです?」
目の前の存在、この物語の作者、いわゆる神様的存在の操作するアバターに対して言い捨てる。私が『愚者の幻影〜偽物劇場〜』で『彼女』と称している存在であり、この世界における絶対神である。別次元にいるだけで人間だけど。
ついでに私は、彼女の脳内における物語収納空間、『偽物劇場』の館長を任されている。「キャラクターたちが独り歩きしてってついてくのに必死でさぁ、だから管理をキャラクターに任せようと思って」とか馬鹿なんじゃないだろうか。結果として脳の許容量増えてるのに気づかないんだろうか。いや、気づいて放置してるんだろうな。こいつは「楽しければ良し」ってかんじの主義だから。まあそれはいいとして。
「…その『災厄』をどうしろと?」
「打ち滅ぼしてきてくんないかな」
「いよいよ本格的にバカになりましたか」
この物語、ジャンルとしてはSFに分類されるだろう。舞台設定的にはファンタジーよりかな? そして、その物語の主人公は私だ。
そう、私なのだ。
『偽物劇場』と銘打っているからには、一応組織ではある。私こと館長と、コックと掃除婦くらいだけど。
そして問題として、この劇場の構成員は、決まって「物語の基盤から外れた者」である。つまり、物語の中で人生を終えた者。要は死者。実体を持ったおばけ。そんな奴らを集めて何をするかと言えば……まあ、物語の管理だよねぇ。閑話休題。
この問題として、「私」が「物語の基盤から外れている」ことが問題なのだ。それはつまり、「自分がいた世界には金輪際関われない」ことを意味するわけで。
そして、作者が提示した物語は、ガッツリ私のいた世界のはるか未来の話。未来でそんなことになっているのは誠に遺憾の意だけど(まあ物語管理してる時点で知ってはいた)、ルール的に大丈夫なのか、と尋ねたところ、答えがこれだったのだ。
「ダイジョーブダイジョーブ!私の『作者権限』と『代筆者権限』でどうにでもなる!」
てめええええ!むちゃくちゃかちくしょう!
『代筆者権限』とは、『物語の一部を書き換える力』と『作者が考えた特殊能力含め全てを扱う力』である(なにそれつおい)。それでも前者は他者への興味の薄さと運命の重要さから、後者は平和主義と他の存在との関係の希薄さから、ほとんど使われたことはない。
まあつまり、作者が作った絶対不変的なルールを、その本人が捻じ曲げようとしているわけで。ルール違反だと騒ごうにも、彼女がルールだから何も言えない。それに、結局のところ私はこの物語の主人公。彼女の言う通りにするしかないのである。
ったく、仕方ない。『役者』として、望まれたものを演じるくらいはしてやろうじゃないか。
***
ドガシャーン!
…………。
「いっっったい!!」
ちくしょう『彼女』め、適当に座標あわせたな!?誰かさんの気遣いかゴミ捨て場に落ちたおかげで怪我ひとつないけどなありがとう!それでも中空にいきないホイと転移させられて反応できるかい!
あーあーあー、この制服汚れちゃったよ。一応正装なのに。これ洗濯とかしてもらっても元通りになるかなぁ……。
いやまあいいや、とりあえず現状確認しよう。
目の前にあるのはごみの山。さっき思いっきりつっこんだ(落ちてきた)ところだね。
次に周囲を確認する。人がたくさん集まっているようだ。ざっと30人弱ってとこか。ここは……広場?みたいな感じだな。噴水とか見えるし。
そんで最後に自分の状態の確認。さっきまで着ていたブレザーは現在進行系で酷い有様。まあゴミ捨て場に落ちてしかも若干埋もれたしね!しかしまぁそれ以外に目立った外傷はない。うん、問題なし。
さぁて、じゃあまずは挨拶から始めますかねぇ。
そう思って顔を上げると、目の前にいた集団の一人がこちらを見ていることに気づいた。
ふむ、なかなかのイケメンだな。年齢は20歳前後ってとこか。身長は180ちょいってとこだろう。服装を見る限り冒険者の類ではなさそうだな。となると商人かな? なんてことを考えながら見ていると、彼は少し慌てた様子で声をかけてきた。
「○×△@rhOd%3%*\、+VCfdsnt↑◇!?」
??? なんて???
「あのー、えっと、なんて?」
「p&5%)#_□0wp4;FOaet4#6*.<…q^r¥O$(E○Wmg?」
あっダメなやつだこれ。言葉通じないやつだこれ。
しかも私の立場客観的に見たら、いきなりパッと現れて落ちてきたとかただの不審者じゃん!しかも警察的な組織に捕まったら、言語通じないし豚箱エンドでしょこれ!?
ま、まずい。非常にまずい。どうにかしないと。
えーっとえーっとえーっと……よし! まずはジェスチャーだ!! 手を振ったり指差したり腕を回したりするも、周りからは困惑したような視線を返されるばかり。……あれぇ? おっかしいなぁ、普通これで通じると思うけ、ど…
しまった!世界各国、私のいた世界線ですら、頷く動作ひとつで「Yes」と捉える国もあれば「No」と捉える国もあるんだ!はるか未来、数百年とか余裕で経ってる未来じゃ意味も変わってきますわな!あれだ、現代の日本人が古典でうんうん唸るのと同じやつ!
ちくしょう作者め、どうして妙にリアルな言語設定なんだよ!しかも異世界転生・転移ものは言語自動翻訳機能が鉄板だろ、あの愉快犯め!今度あったら覚えとけよ!
……はっ、いけない。今はそんなこと考えてる場合じゃない。なんとかして意思疎通しなければ。でないと豚箱行き確定だ!
一応ちょっとした傾向的なのは知っている。でも私がこの世界にくる前に知れたのは、「この世界じゃあ私のいた頃よりずっと差別意識が強い」というクソみたいな知識だった。だから、なるべく穏便にことを済ませたいんだけど……。
ああもうどうすればいいんだ。こういうときこそ主人公補正で都合よく解決したいものだけど、そんなことをしたら市場に数多く蔓延る異世界転生モノと同じになってしまう。ド定番の展開は面白いは面白いけど、逆に言えばこすられすぎて先の展開が見えてしまう。だからこそ作者は「自分の代わりにキャラクターを管理するキャラクターを作る」「キャラクターの脳内暴走、独り歩きを止めない」というなかなかにクレイジーで奇抜な発想をしてるわけで。
と、私の思考が斜め上に言っているところで、武装をした人間がこちらにやってきた。
「`△<aoO#`[]#&(↓!!#>'/#_%:!&"&*#」
うーん相変わらず何言ってるか全然わからない。でもまずいことだけはわかる!トランシーバーより軽そうな連絡ツール持ってるし、多分警察とか自警団的な何か。うん、非常にまずいぞ、あちらさんの行動が早い!
いや、私べつに犯罪をしようとかないのよ。ただ「この世界に存在する『災厄』をどうにかするために異世界的なところから来ました」とか言っても絶対信用されない。てか逆の立場だったら私もしない。絶対に。つーかそもそも言葉が通じないし。
うん、これはあれだ。
三十六計逃げるに如かず!!適当にジェスチャーをして「それじゃ!」的なかんじにまとめて、後は振り返ってスタコラサッサ。うん、完璧だね! そうと決まれば即行動あるのみ! 私は全力疾走でその場から逃げ出した。
後ろから怒声と足音が聞こえるが気にしてはいけない。きっと気のせいだろう。
ったく、なんで私は異世界転移してきて真っ先に犯罪者ムーブかましてるんだよ!!