第4話 森の魔女
「お帰りください」
真っ先に反応したのはメイド長のビネットだった。
椅子から立ち上がり、厳しい口調で言い放つ。
しかしウィズは気にせず、笑みをたたえ動く気配はない。
空気が張り詰める。
ビネットは更に続けた。
「あなたが何を仰っているのか、全く理解し難い。レオの保護者としてならいくらでもお話をお聞きします。ですが、あなたはまだ私達が信用するに足る人物だと証明出来ていません。こちらも事情があるのです。お引き取りください」
「こちらも引けない事情があるんだ。身元はもうどう証明しようもないけど……。何者か、と言われたら、【森の魔女】と答えようかな」
「「【森の魔女】?」」
声がハモった。
一人はビネット。もう一人は、厨房からお茶を持ってきたアルトだった。
アルトはウィズの前にお茶を置いて、尋ねた。
「あの……【森の魔女】と?」
「ん?そうだよ。【森の魔女】のウィズです。よろしく!」
ウィズはいつものハイテンションで答える。
アルトは柔和な笑みを崩さず続けた。
「初対面で不躾ですが、どちらの出身でしょうか?その若さで”称号”を受けた方を、お聞きしなかったもので」
「称号?」
「はい。優秀な魔術師に送られる別名です。……違うのですか?」
「ああ、”飾り名”ね!今は”称号”なんて大層なものになってるんだね。まあ、似たようなものかな?ライミォとワディアに付けてもらったから」
あまり詳しくないメンバーは、話がよく分からず傍観している。
対照的に、アルトの顔はすこし厳しいものになっていた。
「……そのお二人は、ライミォ様とワディア様のことでしょうか?」
「魔法使いの二人なら、多分そうだね」
「付けてもらった、とは……?」
「通り名があったら格好いいからって、適当に付けて貰ったんだよ。まだあいつらもチビだったから単純だけど。結局ずっと引きこもってたから通る名も何もなかったねぇ」
ケラケラと笑うウィズ。
それを見たアルトの目に怒りが燃えた。
突風が起きる。気づけばウィズの周りに風が渦巻いていた。
「あの方たちは、何百年も前に召されておられる。あなたの妄想は自由だが、魔術を志すものとして、貴い称号を、崇高な方々を軽んじる言い分は看過できません」
あの穏やかなアルトが、語調を荒げ、言い切った。
アルトは貴族の出、父親も魔術師だったらしい。
ライミォとワディアと言う人物は、きっと魔術界で偉大な人なのだろう。
だからこそ、若く見えるウィズが、「あいつら」「適当に」なんて言ったら、不敬だと思われても仕方がない。
ウィズは特に逆らう様子もなく静かに聞いていた。
その表情にふざけた様子は一切なく、優しく包み込むような慈愛の光が瞳に宿っている。
それを見たアルトは、ハッとしたように風を収めた。
「あ……。す、すみません!お客様にこんな……」
「いやいや、こちらが悪いよ。ごめんね。彼らは君達にとって大事な人だということを配慮できなかった。不快にさせて申し訳ない」
頭を下げたウィズの声は、さっきと打って変わって、落ち着いた深い声になっていた。
心にすぅっと入ってくるような、美しく響く声だった。
アルトの怒気は完全に抜け、ウィズに申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ……お客様に声を荒げて申し訳ありません。彼らは僕にとって、その、とても尊敬する人だったので」
「うん。あいつらもきっと喜んでいるさ。こんなに慕ってくれている人がいるんだからね。……この言い分も、君には気に食わないかな。まあ、事実だからこれは勘弁してほしい」
「事実?」
うつむいていたアルトが顔を上げた。
怒る様子はなく、シンプルに疑問のようだった。
「うん。言っただろう、【森の魔女】と。魔女といえば、不老不死が基本だろう?」
いたずらっ子のように笑い、茶化しながら言ったその言葉は、レオを除くその場の全員が固まった。
「……ふろう、ふし?」
アルトがオウム返しに呟く。
「レオの保護者が魔女で……?」
「老いず、死なず、っていう不老不死……??」
門番二人はウィズの監視も忘れ、顔を見合わせ何とか飲み込もうとしている。
一番ウィズを嫌っていたビネットはといえば、目をまん丸にし口をあんぐり開け、いつものメイド長の姿とは思えない、少々淑女のたしなみを忘れた表情であった。
ウィズはレオに少々呆れた顔を見せた。
「レオ、君ってやつは……。本当に私のことを、なぁに一つ話していなかったんだね」
『聞かれなかったし』
「まあ、書くのは手間がかかるしねえ、しょうがないか。しかしまあ……」
面々をぐるりと見渡し言った。
「驚きすぎじゃない?」
レオを除く全員が思った。
(((驚くわこんなもん!!!!)))
しかし心の叫びをなんとか抑え、息をつく。
アルトが口を開いた。
「あの、では、先程仰っていた「事実」というのは、その、ライミォ様とワディア様に会ったことがある、ということでしょうか?」
「会ったことあるも何も、私は二人の師匠だ」
「……し……しょう……?」
放心状態とはこういうものなんだなあとレオは思った。
魂が抜け落ちたような顔をしたアルトは、ふらふらと厨房に戻っていった。
落ち着くところで情報を整理したいのだろう。
ウィズは特に止める様子もなく、アルトを見送った。
「さて。そろそろ話を戻してもいいかい?」
「お待ち下さい」
声を発したのはビネットだった。
「私は、彼ほどではありませんが、魔術師には詳しいつもりです。私の記憶であれば、あなたが弟子と仰った方々は、【深淵の騎士】【紅炎の賢者】と呼ばれ、魔術界の始祖として在られた方々です」
ビネットの目は先程とは違い、相手を見極めるような視線だった。
「あなたが言ったことが本当なら、彼らは魔術の始祖ではない。あなたこそが……」
「ううん。あいつらが魔術の始祖だ。私は魔法を教えていない。というか、使えない」
あっさりと言った。
ビネットは彼女を凝視する。
魔女は微笑みをたたえ、答え合わせをする。
「不老不死、なんて聞こえはいいが、魔力が溢れてるだけだよ。老化も起きないし、回復しても有り余る魔力、そんなもの細かく制御できるわけない。せいぜい出す量をコントロールするくらい。魔力を使って何かをしようとし始めたのはあいつら。私は魔力そのものを教えただけだよ」
懐かしそうに笑う。
「でも道具は使える。知識もある。……普通よりかは時間があったからね、いくらでも増やせた。【呪い】についても、ね」
すべてを見通すような深い青の瞳が、皆を見つめた。
「【呪い】で助かった人も死んだ人もたくさん見てきた。その上で言うよ、私は救いたい。手を取ってくれないかな?」
ビネットは眉を寄せた。
悩みこむように机を見つめる。
ビネットがヴィオレットの保護者代わりである以上、他の人は口を出せない。
間が空く。ビネットが口を開きかけたその時。
ゴン、と何かが扉にぶつかる音がした。
そして、女の子の声。
察したビネットは、ウィズが門番二人に監視されているのを確認し声をかけた。
「……盗み聞きははしたないですよ。入ってください、お嬢様」
そっと扉を開け、気まずそうに入ってきたのは、呪いの当本人、ヴィオレットだった。
後ろからフィナも入ってくる。
「はあ……全く。いつからいらしたんですか?」
「えっと……わたしの呪いを解く、ってとこから……」
「あはは、わりと序盤からいたんだねぇ」
ウィズが茶化した。ビネットが睨んだ。なんだかいつもの流れみたいになっている。
そして、空気も緩んだ。
ヴィオレットはビネットに言う。
「ビネットがわたしを心配しているのも分かるわ。でも、話だけでも聞きたいの。じっとしているだけじゃ、性に合わないわ。……だめ?」
首を傾げ懇願する。
ビネットはため息をつくと、苦笑した。
「……お嬢様がそういうのなら、致し方ありません。私達はお嬢様のために、お嬢様の望むまま、動きます。不本意ではありますが、会わせてしまいましたしね。ですが」
ビネットは一段声を低くし、ウィズを見た。
「まだお嬢様に近づくことは許しません。あくまで話だけですから」
射抜くような目線に、ウィズも「あっ、はい」と言うしかなかった。
メイド長、強し。
◇◇◇◇◇
ヴィオレットが着席し、アルトがお茶を持ってきた。
落ち着いたところでウィズが口火を切った。
「さて、呪いを解くにしても呪いを知らないといけない。私も少し調べたけれど、お嬢様の【呪い】について教えてもらっても?」
ヴィオレットは頷いた。
「わたしの事はヴィオレットでいいわ。……まず、わたしの【呪い】は、私が幼い頃に母に触れ、次の瞬間母が死んだことで分かったの」
あっさりと放たれた言葉に、レオとウィズは眼を見張る。
ヴィオレットは続けた。
「母が倒れた原因が、なんの病気でもなかったから。そしてわたしに触れた動物たちも、死んでいったから。 具体的にはまだ判っていなかったけれど、わたしが人を殺す【何か】を持っていることは皆気づいた。 その時はまだ元気だったのだけれど、だんだん体力が無くなってきて、一時寝たきりになったわ。それから、本家でわたしのことをよく思わない人達も出てきて、4歳のとき、この屋敷に移された」
淡々と話すヴィオレットは、事実だけを述べようと努めているようだった。
「ここに来てから、色んな学者に調べてもらったけれど、誰もわたしの【呪い】は分からなかった。一人だけ、若い学者が、恐らく【死の呪い】だろうと言った。私が何故生きているかはわからないけれど、触れるだけで人が死に、やがて本人も死に至る【呪い】であるだろう、と、言われたわ。それからもう私は誰にも触れていない。……こんな感じね。参考になったかしら?」
すべてを話し終えたヴィオレットは、口角を上げ、小首を傾げた。
ウィズはヴィオレットを見て一瞬悲しそうな顔をした後、またいつもの笑顔に戻り、懐からごそごそと何かを取り出した。
「ちょっとまってね、準備するから」
「それ……石?」
ヴィオレットが呟く。
それはどう見ても、何の変哲もないただの石だった。
またビネットが警戒心を現にするが、そんなビネットを安心させるように、ウィズは説明を始めた。
「その通り!これは何の変哲もない、そこで拾ってきたただの石だ。でも私が使うことで、また一つ、違う使い道が出てくる」
ウィズは急に立ち上がると、演説の大口上のように大げさな身振りで説明を始める。
「さて、大前提として、石は生き物であり、生き物ではない。鉱物として自我を持ち動くことはないが、その中に何か息づくものがある。その特徴として、石は魔力を通すとその魔力を保持し、その魔力に影響が出ると、その状態を維持するという特徴があるんだ」
レオはよく分からぬまま聞く。
「まとめると、石に魔力を通したら、石は魔力そのものになる。そして、その魔力への反応も石が表してくれるんだ」
ウィズが石を握ると、彼女の拳からふわりと青い帯が溢れ、淡く光った。
「ちなみに、一定以上の魔力を吸収したものを魔石と言って、魔力が枯渇した時にその石から魔力を吸収することができたり、魔法を使う媒介になったりと、まあ色々使える宝石になるわけだ。で、それがこれなんだけど」
ウィズが拳を開くと、ただの灰色の石だったものが、紫に輝く宝石となっていた。
大人達が目を見開く。
箱入りなヴィオレット、森育ちのレオ、屋敷でずっと働いているフィナはあまりピンときていない。
しかし大人たちの反応を見るに、ただの石を魔石に変えることは、随分とすごいことなのだな、ということはわかった。
いつの間にか厨房から出てきていたアルトが呟く。
「人間が魔石を作った……!?」
信じられないものを見るようなその顔に、レオは少し違和感を覚えウィズに尋ねる。
『ウィズ、魔石って普通は人間が作るもの?』
「ん?そんなことはない。普通に作れたらこんなに魔石は高価じゃないからね。と言っても魔石の相場を知らないから、これも初耳か」
手のひらの魔石を玩びながら、ウィズは答える。
「一つのまあまあ使える魔石ができる条件は、 純度の高い魔力を大量に込めること。具体的な量を言うならば、だいたい成人の魔力300人分くらい」
『300!?』
「非現実的な条件に加えて、大人数でたった一つの魔石を作っても、一度使えばすぐ終わる。もとはただの石だし。正直人件費より魔石買った方が安い場合もある。誰もやろうとはしないかな」
ウィズは手元の魔石を掲げた。
魔石は光を反射し煌めく。
「だから皆自然由来の魔石に頼る。しかし、なかなか魔力が溜まっている場所なんてないからね。魔力の素である魔素を溜めた鉱石なら、純度は保証するが、自然にある魔素を集めるだけで300人分の魔力と言ったら、何百年、いや、何千年もかかる代物だ。そんなものはそこらにゴロゴロしていない。だから高価なんだよ」
言い終わると、急にドヤ顔になるウィズ。フッフッフッ……と不敵な笑みを浮かべる。
そして言い放つ。
「しか~し!この私の手に掛かれば、高純度な魔力300人分などお茶の子さいさい、朝飯前だ!この【森の魔女】ウィズ様にかかればね!!」
バーンと仁王立ちでドヤるウィズ。
アルトはなんとも言えない微妙な顔をしていた。
勢いで拍手をするフィナとヴィオレットに手を振りつつ、その石を滑らせた。
「ヴィオレット、その石を握って」
「えっ、あっはい」
急に呼ばれたヴィオレットは焦りつつも石を手に取る。
するとスウッと紫の輝きは消え、ただの石に戻った。
「え?」
石を手のひらに載せたヴィオレットは動揺する。
その様子を見ていたウィズはにっこりと笑顔になった。
そして躊躇うことなくヴィオレットに駆け寄ると抱きしめた。
門番二人も動くことができなかった。
それほど自然な動きだったのだ。
ビネットは一瞬で血の気が引き、レオは息を飲み込んだ。
ヴィオレットは目を見開き固まる。
しかし、段々と力が抜けていった。
何故かといえば。
「なんで……生きているのです……?」
ビネットが呟く。
そう、生きている。
抱きしめられたヴィオレットも、抱きしめたウィズも、命を落としていない。
ウィズが軽く頭を撫でると、ヴィオレットは涙を溢した。
銀の髪が揺れ、白い手はしっかとウィズを摑んでいた。
とめどなく溢れる彼女の涙は、とても暖かいものだった。




