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チーム語劇  作者: ガンベン
転換期
9/32

思ってもみない人物の訪問

ここから広川浩司がなぜ会社での時間を嫌うのかを書いていきたいと思います。


 もう16時か。広川は定時の17時30分迄の時間をどう過ごそうかと思いながら、時計を眺めていた。中国語劇の準備で参加者と連絡をとっている時は、充実した時間を過ごすようになっていたが、会社の中では依然楽しくない時間を過ごしていた。

 広川にとっては、会社で過ごす時間は苦痛だった。同僚や年下の後輩、そして同じ事務所にいる人たちとも、仕事以外で親しくなることはなかった。

 いつも心の中で、うつうつとした思いを抱えてそれを隠しながら、必要最低限の仕事だけをこなしていた。最初の内は、広川自身も自分に嘘をついているようで、苦しいと感じていたが、暫くするとそれも板についてきて無気力な自分の方が本来の自分なのではないかと思うようになっていた。

 何より、そうさせたのは、この会社の人たちで、自分が望んだわけではない。そうしていた方が、傷つかない。広川はそう自分に言い聞かせるように生きるようになっていた。

 ただ、中国語劇の参加者と連絡をとるようになり、懐かしい思い出や参加者の頑張りにふれ、何よりこんな自分でも必要とされていると感じるようになり、少しずつではあったが、職場にいる自分がどれだけ惨めで、寂しい存在なのかということに違和感を覚え始めていた。

 しかしだからと言って、直に変われるほど簡単ではなかった。職場では相変わらず、どうでもいい存在で、たまに自分の考えを発言しても取り入れてもらえずに、その度にやっぱりばかばかしいと思うことがあった。

 それでも、そうした思いが出てくることは広川には久しぶりで新鮮でもあった。以前ならヘラヘラして愛想笑いしてその場を取り繕うことが多かったが、少しではあるが、そんな自分がどこか許せないようになっていた。

 そうした屈折した感情を抱きながら、その日もフロアの真ん中にある掛け時計の針を見つめながら、仕事の事と英一の手紙の事を考えていた。

 そうしていると、入り口で聞き覚えのある声が広川の耳に入ってきた。玄関が少し騒がしい様子になったが、広川には関係のないことだと思い、また机のパソコンのディスプレイに目を移して、仕事を始めようとした。

 そうすると、何か視線を感じてそちらに目線を動かした。その先に見覚えのある顔が現れた。

「広川、久しぶりだな」

 本社時代の先輩の及川が、部署を仕切るついたてから、手をあげて広川に話しかけた。

 広川は、懐かしい及川の登場に戸惑いを感じた。そして軽く会釈をして小さく「お久しぶりです」 と及川が辛うじて聞こえるように、返答した。

 隣の席の越野が、そのやり取りを聞いて、怒った声で言った。

「なんだ。その挨拶は、せっかく本社から及川次長がお前に話をしているのに、まともに挨拶もできないのか」

 そして、及川の方を向いて、頭を下げて言った。

「本当に申し訳ございません。折角こちらに来て頂いているのに。全くこいつは」

「いえいえ、私の方こそ、突然声をかけたのが悪かったんですよ。」

 及川は愛想笑いをして、話を続けた。

「今日は17時から会議をすることになっていて私も役員の方々の補助役としてきたのですが、早く来すぎたようです」  

「ええ、私もその準備をしていたところです。今日はどうぞ宜しくお願いします」

「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします」

 普段は横柄な越野が、丁寧に及川に接しているのを見て、広川は自分が冷めていくのを感じた。

「17時まで少し時間があるので、空いている商談室を使いたいのですが、宜しいでしょうか?」

「ええ、どうぞ。おい広川。どこか空いている商談室がないか直に確認しろ」

 広川は、また「はい」と小さく返事をすると社内の商談室の予約表を確認した。ちょうど商談室Aが空いていたので、それを登録すると、それを越野に伝えた。

「そうか。」と越野が言うと、今度は及川に対して遜るように「それでは、手配できましたのでどうぞ」と言った。そして、広川には威圧的に「及川次長を商談室まで連れて行ってくれよ。頼むな」と言った。

 及川は、越野に深深と礼をすると、広川が先に行くのを追いかけて行った。後ろで、越野たちが何か話している声がした。商談室は事務所の2階の奥にあり、途中、及川が独り言のように言った。

「越野次長、誰に対しても厳しいからな」

 広川は、少し及川の方を向いたが、また視線をそらした。そして商談室のドアを開けて、空調を入れると、直に部屋を出ようとした。

 そうすると、及川が広川を引き留めるように話しかけてきた。

「この会社はどうなんだ。もう転籍して5年目になるが、けっこう慣れてきたのか?」

 広川は、部屋のドアノブを持ったまま、言った。

「いえ、私なんてまだまだですよ」

「はは。珍しく謙遜するんだな」

「どういう意味でしょうか?」

「本社にいた時の広川からは想像できない言葉だって言う意味だよ」

 及川は、にやっとと笑うとそう広川に言ったが、広川は依然ぶっきらぼうに返事をした。

「そうですか。それでは、特別用がなければ、私も忙しいのでこれで失礼します」

「そんな寂しいこと言うなよ。せっかくの再会なのに。冷たいな」

「冷たい……」広川は、その言葉に反応し皮肉交じりに言い返した。

「ええ、ここの方達に可愛がってもらった御蔭でね」

 及川は苦笑いをして、「はは、そうみたいだな」と答えた。広川は、露骨に嫌な顔をして見せていった。

「用がなければ、もうここで失礼させて頂きます」

「はは、忙しいんだな。広川は」

 そう言うと、及川は広川に向かって一歩近づき、他に聞こえないように話しかけた。

「広川に用があると言えばあるな」

 広川は、怪訝な顔をしながら、言った。

「私なんかに、本社の方が、用がある……冗談を言っているのですか」

「ああ、今は言えないが、それに関連することが今日の会議の目的だ」

 広川は黙り込み、「関連すること…」と呟いた。しかし、溜息をついて、顔を斜めにして言った。

「考えても今の私に用があるとは思えないので、失礼します」

「まあ、すぐにわかる。楽しみにしておくんだな」

 広川は返す言葉が見つからずに、少し立ち止まったが、直にドアノブを持って、「大変申し訳ございませんが、仕事が立て込んでいるので、ここで失礼します」と強く言ってドアを閉めた。

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