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チーム語劇  作者: ガンベン
終編
32/32

この広い空のどこかできっとつながってる

 中国研究会の同窓会が終了し、もう1か月余りが過ぎ、街では桜が少しずつ咲き始めている季節になった。中国語劇のグループラインは同窓会が終わってからも、しばらくは同窓会当日の出来事やその後の出来事の話で賑やかな様子だった。ただ、最近は少しずつメッセージを送る人たちも少なくなっていた。まるで、あの活動をしていた4か月が夢のように広川のスマホは、落ち着きを取り戻していた。忙しさから解放され、少しの寂しさを抱きながら、日常の生活に戻っていった。

 会社では、グループ会社最後の出勤日を迎えていた。

 広川は歓送会で、約5年にいた感想や本社に行く決意を簡単に話した。その後、表彰式があり広川がグループ会社全体の社長賞を受賞した。内容は一部の民間会社が行っていた共有趣味サイトをグループ会社全体の中で作るという内容だった。グループ会社の社員やパートを含めて、約5万人の全員の趣味や特技を書き出し、それに興味のある社員たちが、趣味を教えてもらい、その代わりに、会社は教えた人に対して、社内で使えるポイントを付与するというシステムだった。社内の人材活用というテーマが、本社で議題になっていたので、広川の提案は偶然それと合致し、その点が評価されたようだった。越野や部署の古戸たちも、喜んでくれたのが、広川には何より嬉しかった。

 そして、歓送会が終わると、玄関で花をもらい部署で写真を撮った。退職ではなかったが、「もうここには戻ってくるなよ」と越野に言われて、少し寂しい気持ちになりながら会社を後にした。

  会社を出て、ビルを出ようとすると、取締役の高川がビルの玄関あたりに立っていた。広川は、嫌な人にあったと思った。越野から事の経緯は聞いていたものの、あれからも高川とは積極的には、話しかけることはしなかった。ただ、今日が出社最後だと思い勇気を出して挨拶をした。

「高川取締役、今まで本当にありがとうございました」

 高川は、その挨拶に気付くと、軽く会釈をして言った。

「俺は、何にもしてねえよ。それに越野がどう言ったのかは知らないが、俺は本気でお前の事が気に食わないと思って、お前の事をいじめてたんだから」

 高川は、そう言うと嫌みっぽく笑った。そう言うと、広川は少しきっとなり、鋭い眼をしたが直ぐに冷静になった。だが、その目を高川は見逃さなかった。

「なんだ。その目は、その目だけは本当に憎たらしいな。まあ、本社には俺よりも悪辣なやつらがいるから、気を付けるんだな」

 高川は、高笑いをして、歩きだそうとした。広川も、内心怒りを感じたが、その後ろ姿に、「お疲れ様でした」とお辞儀をしようとしたときに、高川はくるっとまた振り向いた。そして、「そうだ、大事なことを言い忘れるところだった」と言って話し始めた。

「お前、1か月前位に東京で、なんだ中国語の演劇みたいなのを主催してたみたいだな。全く意味のないことばっかりして」

 広川は、突然その話が出たことに驚き言った。

「なぜ、取締役がご存じなのですか?」

 高川は、「はは」と軽く笑うと、「さあな、風の噂だよ」と言った。広川は、首をかしげながら、高川を見ていると、また笑っていった。

「まあ本社に行ったら、忙しくなるから、今のうちに、精々楽しんでおくんだな。一度ほりだされたんだから、二度と帰ってくるなよ」

 そして、高川はふとビルを見上げて、言った。

「なあ、広川。ビルに上がれば上がるほど、見えるものが広がっていく。今まで見えない景色がきっとある。ただ綺麗なところもあれば、自分が見たくない場所も目に入るようになる。時には見えすぎて、一体何が正しいか、何を優先したらいいのかさえも、分からなくなる」

 そこまで言うと、ビルを見上げていた顔を広川に向けて言った。

「お前は、俺や朝田社長や白石常務が悪人のようにひどいやつだと思うかもしれないが、お前もいつか、あの人たちが目に見えていた風景を見た時に、同じことをするかも知れない」

 広川は言い返そうとしたが、高川はそれを遮るように言った。

「お前は、そうはならないって言いたそうな眼をしてるが、今のうちから、その風景が何なのか考えておくんだな。まあ、今のお前には少し早いかもしれないがな。」

 口調は厳しかったが、その言葉には優しさが籠っていった。そして「身体に気を付けてな」と言うと、また広川に背を向けて歩き出した。広川は「取締役もお体に気を付けて」と言うと、高川が手を挙げた。そして、広川は、高川が会社に通じる道の交差点を右側に曲がるまで、見送り自分も逆の方向に歩き出した。

 高川は、交差点を曲がり少しすると、スマホに着信が鳴った。画面には露木と出ていた。高川は、着信のボタンを押すと、露木の声がした。

「お疲れ。元樹。もう仕事終わったのか?」

「ああ」と高川は答えた。

「そうか、そういえば今日は広川君の最後の出社日だって言ってたが、ちゃんと別れの言葉は言えたのか」

「ああ、まあ俺なりに、祝福の言葉を述べてやったよ」

「お前らしくか。」露木は、そう言うと笑った。

「あの子のおかげで、お前ともまた連絡をとれたんだから、感謝しろよ」

 露木は、中国研究会の同窓会が終わってから、同じ大学に通っていた同級生の高川に久しぶりに連絡していた。露木はあの日あった事と広川に会った事を話し、偶然の出会いにビックリしながらも、高川とも久しぶりに連絡をとれたことを喜んでいた。高川も思わぬ旧友から連絡をもらったことがとても嬉しかったのか、長い時間近況を話したりしていた。

「ああ。感謝してるさ。だから、わざわざ広川の最終日に玄関で待ってやったのさ」

「お前らしいな。そういうところ」

「それは、どういう意味だよ」

「そういう意味だよ」露木と言うと、二人は笑った。そして、露木が話を続けた。

「ホントに不思議な縁だったな。まさか彼が、また俺たちを引き合わせるきっかけになるなんてな」

「まあ、偶然っていうのも、あるのかもな。たまには、あいつもいい働きをするもんだな」

 高川は、ははっと笑った。

「まったく、お前ってやつは、口が悪いな」

 そうして少し談笑すると、露木が今度関西の方に出張すると話を切り出し今度ご飯を食べに行く話になった。

「ああ、それじゃあ、またあの三宮の飯屋さんで待ち合わせな」

「もう、随分前の事になるから、あるかどうかはわからないけど、そうだな」

「ああ、まあおいしい店を探しておくよ。それじゃあな」

 高川は、そう言うと、電話をきった。そして、少し歩き出すと、まだ夕方のうっすら雲がかかった空を見上げた。そして、少し後ろを振り返った。広川の姿はもうなかったが、面影を思い出しながら手を握りしめ前に進んでいった。

 これで本編は終了になります。最後まで読んでいただきありがとうございました。


 下記は後書きです。

 この小説に出てくる圓谷英一は実際に亡くなった後輩をモデルにしています。その彼が二度とは生き返ることはない、二度と会えない、それを思うと、当時は辛くて心の中がぽっかり空いた気分でした。そんなぽっかりと空いた心の穴を埋めたい、というよりも、その穴が大きすぎて、そうしないと生きるのも苦しかった時期がありました。

 だから自分にとって、この小説を書くことは一種のリハビリに近い行為でした。一枚一枚思い出の切れ端を貼り、その大きな穴を埋めていくような作業でした。そうしていくと、心が少し軽くなっていくのを実感しました。

 書けば書くほど、人は様々な繋がりの中で生きているということを感じました。当たり前すぎるぐらい平凡なことですが、この小説を書いている時にどう書いてもそのことを書いてしまう自分がいました。この小説を書きはじめ、そして何とか終わりまで書き終えることができたのも、沢山の人達との出会いや出来事があったからだと思います。

 小説の中で広川が圓谷の家に訪問した時に、偶然にも後輩の藤江と出会い、そこから物語が始まったように、一つの出来事、一人との出会いの本当の意味は、その時点ではよく分からないし、それ以上考える余地もないと思います。少なくともその時点では目の前にある意味を実感し、気付くのは難しいです。しかし時が経ち振り返った時に、その一つ一つが自分の人生のパズルを構成するピースの一部だと必ず思い知ることになると思います。これから、きっとその意味を噛み締めていくことになるだろうと思います。その時初めて、当時の出来事の意味を心から理解できるかと今から楽しみな気持ちです。

 思えば、この小説を書き終えるのに着想から約4年弱、歳月を要しました。本当は1年ぐらいで書ききる予定でした。このように長い時間を使うとは、夢にも思ってもいませんでした。これも自分の構想力と展開力の把握不足だと深く反省する所です。ただ正直な話をすると、単純に書き上げたくなかったからというのも、大きな原因だとも思います。

 この小説を書いている時、常に僕の心にはあの当時一緒に活動してくれたみんながいました。あの時のささいな言葉のやりとりや空気感を思い出しながら、時には涙しながら小説を書いていました 。小説を書くことは、仕事やブライベートで大変な時に大きな支えになりました。過去を思い出して懐かしむ歳にはまだ達していませんが、当時の皆を思い出すと不思議とまだやれる、そして何より彼らがどこかで頑張っている姿を思い浮かべると、自分自身も活力が湧き踏ん張る事が出来ました。

 この小説を書き終えてしまうと皆の事を思い出さなくなって、寂しい気持ちになるかもしれない、頑張れなくなるかもしれない、だから、わざと時間をかけて何度も書き直しをして昔の思い出を振り返りながら、思い出に浸りたかったのかもしれません。

 でも、最終的にこの小説を書き終わろうと思ったのは、途中で小説を書き終わっても、きっと皆の事は僕の心の中にいると確信できたからだと思います。そしてこの小説がきっと新しいスタートとなり次の物語が作られていくんだと思うと、胸がやはりワクワクするのを感じました。そしてその舞台で皆が待っていると思うと、僕も思い切って書ききることが出来ました。

 どんなに離れていても、どこにいても、当時の皆の事を思うと本当に生きる活力が湧いてくるのを感じました。それに、この小説を書き始めてから常に思うことですが、亡くなった後輩が生きられなかった一日を自分は生きているという感覚を日々感じるようになりました。

 彼ならこの一瞬をどう生きたのだろうか、彼ならどう考えただろうか、そして彼の人生の続きを22世紀に通じる今という一瞬を、自分が物語の一員として歩んでいるのだという強い思いが、悩みの中にいた自分を随分奮い立たせてくれました。悲しみや苦しみや悩みや失望でこの世に蓋をしてしまいたい時も、生きているからこそ味わえるその感情を、彼の分まで味わおう、そんな思いが明日への活力になりました。そして今もその思いだけは、持ち続けることが出来ることは本当に幸せなことだと思います。


 最後まで読んでくれてありがとうございました。

 ※また、最後にここに出てくる登場人物の広川は、私ではありません。私の思い出を基調にはしておりますが、あくまでも当時の思い出を美化した架空の人物です。続編もありますが、私、彼のように強く強くどんなことがあっても、生きていきたいと思い、少し誇張して書いてみました。悪しからず(^-^;


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後書き2 2021/7/10


この小説は、2014年夏に着想し、2019年11月まで書いた小説です。上記の後書きで書いたように、これだけ短い小説を5年もかかって書いたのは本当に時間のかかりすぎでは?と思う方もいるかもしれません。


かく言う私は一番そのように感じていました。

もともと、この小説を公開するつもりもなく、自身の気休めの為に、自己満足のために、書いていました。他にも資格試験や5年間の間にするべきこともあったと思います。時には、こんなことを書いても無意味に思える時もありました。


それでも、書き続けたのは、後書きに書いた通りの思いからでした。

とはいえ、結局自己満足のまま、この小説自体は公開するつもりもなく、一部の関係者に見て頂き終わるつもりでした。私にとっては、それで十分だったからです。


ただ、この5年間の間に、小説に出てくる登場人物のセリフを考えて、この投稿サイトに「詩」として載せていました。誰に向けた言葉でもなく、只々自分の小説作成のためでした。


いまでこそ、80件ぐらいの投稿をしていて、来訪者も一日30人程度ですが、訪問していただけるようになりましたが、その当時は本当に数えるぐらいしか投稿しておらず、ほとんど見てくれる人もいませんでした。


そのような状況で、ほとんどこの投稿サイトを見ることもなかったのですが、去年の夏頃に一通のメッセージがあり、あるA県の高校の先生から高校の公演会で私の作った「詩」である「あなたへの応援詩」を発表したいという連絡を頂きました。


https://ncode.syosetu.com/n5923go/ あなたへの応援詩のURLです


選んでくれた高校の関係者には大変申し訳ないですが、正直なところ、怪しいと思いました。私のページに、そんな見てもらえるような価値のある投稿があるのかと思い、他にも相応しい詩があったのではないかと思ったので半信半疑どころではなく、10%信じて、90%疑いでした。


趣味程度に書いている僕の詩なんかでいいかなっと思いましたが、生徒たちの強い要望ということだったので、使用してもいいですよって返答すると、丁寧に送ってきてくれた使用許可書にサインして返信したら、思った以上に喜んでくれました。


その後、色々自分の中でクエスチョンはあったものの、そもそも私の想定を遥かに超える出来事だった為、半ばどっきりじゃないかという思いもあったので、その高校の先生や関係者とは深く関わることはありませんでした。


ただ、この出来事を誰かに話したいと思い、大学時代の数少ないA県出身の同級生に話をすると、その方は偶然にもその高校の卒業生だということでした。

こんな偶然があるのかと思うのと同時に、少し怖くなり、もしかしたらこの同級生もドッキリの仕掛け人かも知れないという訳の分からないことを考えることもありました。世の中には本当に不思議なこともあると思う以上に、怖いぐらいの出来事でした。


そうして、指定の公演日が終わったころに、その先生から「無事に終わりました」という連絡がありました。度々申し訳ないですが、“本当に公演会あったの?”って言うのが正直なところでした。それぐらい、私にとっては奇想天外な出来事でした。


その後、様々な方々に、この話をしたら、大体の人たちは私と同じような感じで、「不思議なこともあるもんね」とか「お前の一生分の運を使い果たしたな」とか言っていました。私も本当にそう思って、当分の間は、車を運転するのをやめたぐらいでした(笑)


それに調子にのって、様々な感じたことを「詩」にして、投稿していると新しい仲間もできたりして、自分の新しい趣味も見つけるきっかけになりました。手前みそですが一部の方からは、詩を作ってほしいと依頼も受けて、無償で作るぐらいまでになりました。でも、まだまだなので、一度詩の勉強をしてみようかと最近は真剣に考えています。


今、この文章を書いているのですが、若干感傷的になっています。感傷的な書き方はあまり好きではないのですが、その新しい出会いも、この自己満足の小説を書こうとしたことから始まりました。当時の僕に、この小説の行きつく先に、高校生との出会いや様々な方々との巡りあわせを想定しろと言われても、絶対に無理だったと思います。精々、この小説がどこかの出版社に選ばれて、本になって出版されるぐらいのありきたりの想定レベルでした。


本に出版されるってどれだけすごいことかって言うのも私自身もわかってます。でも、小説を書いている以上、素人でも考えれることです。でも、高校生に見ず知らずの名もない投稿サイトの「詩」を選んでくれるなんて、どう考えても予想不可能なことです。そして、公演会で発表してくれたことが私にとっては、どんなお金を積まれても代えがたい宝物になりました。

 「人生は小説よりも奇なり」です。色んな人たちとの出会いや偶然ともいえる巡り合わせが、新しい物語を作ってくれたと思います。


「ありがとう」・・・他の相応しい言葉が出ないぐらいに感謝で一杯です。


同時に、去年は不思議なこともいっぱいありました。本当に悲しい、苦しい出来事もありました。楽しい、嬉しいことだけではありませんでした。社会の重苦しい空気に飲み込まれそうになり、また自分の無力感を感じた時期もありました。だからこそ、その高校生との巡り合わせが光り輝いて見えたのかもしれません。僭越ながら自分の思いが少しでも届いたと思えた嬉しい瞬間でもありました。


人生全てが思い通りに行くとは限りません。想定外のこともあると思います。でも、その想定外の出来事が色んな奇跡を作っていく。人生は、その想定外の素晴らしい出来事に溢れていると思います。正直味わいたくないと思う感情もありますが、それもきっと振り返った時に、幸せを感じることが出来るスパイスとなって、人生をより香り高くしてくれると思います。


本当に最後まで見て頂き有難うございました。続編のシナリオを書いているところですが、次の物語がいつか誰かの元に届く日を信じて、そんなロマンチックな夢をいつまでも忘れずに気持ちだけは青春を忘れずに、これからも感謝を忘れずに生きていきたいと思います。


この広い空のどこかで、きっとつながっていると信じて。

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