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チーム語劇  作者: ガンベン
結びあう離れた光たち
31/32

宴の後で

 広川はポケットからハンカチを取り出し、目元を拭き取ると、じわっと水滴がついた。

「浩司」

 振り返ると和史が立っていた。広川は驚いたように言った。

「和史か。びっくりした。全然気づかなかったよ」

「悪かったな。さっきから見てたんだけど、何か一人にしてると寂しくて見てられなくてな」

 そして続けて軽く言った。「お疲れ様」

「ああ、やっと終わって。ほっとしたよ」

 広川はハンカチをポケットに直すと奥の席の方に身を寄せた。和史は、「あ、ありがと」と言いながら広川の隣の椅子に座った。二人は、同じ壇上を暫く見ていると広川がふいに言った。

「今日みんな頑張ってたよな。和史」

 和史は"えっ"、と広川の突然の質問に一瞬驚いたが、すぐに答えた。

「ああ、そうだな頑張ってたよ。皆良くやったと思うよ」

「そうだよな。俺もそう思ってたところなんだ」

「そっか、でもお前もよくやったよ」

「俺は何もしてないよ。他の運営する人が上手くやってくれたおかげだよ」

「ははは、浩司らしいな。そういうところ」

「そうかな」広川は頭を掻いて言った。

「ああ、そうだよ」

 エアコンが入っていない大会場の中で、ただしーんとした沈黙が暫く続いた。  

 広川は、ふと小さく「実はさ」と話を始めた。

「まだ和史には話してなかったけど、俺また本社に戻ることになって」

「おー、それは良かったじゃないか。頑張った結果が認められて」

「まあ、そうかもしれないな…」

「なんだよ。うれしくないのかよ。」

「そりゃあ、嬉しいさ。でも素直に喜べなくて。なんていうか……少し怖いんだ」

「何が、怖いんだよ。せっかく、本社に戻って仕事ができるっていうのに」

「そうかもしれないけど……」

 広川は少し間をおいて、続けて言った。

「会社の上の人たちは、今の俺の状態を見てそのように評価しているだけなんだって思うんだ」

「それはそうだろ。誰でもそう見るだろ」

「もちろん、それは分かってるよ」

「じゃあ、どういう意味なんだよ」

「ああ、なんか上手くは言えないんだけど、今の自分は、自分で言うのもおかしいけど、気持ちも前向きだと思うよ。だから評価されたかのかもしれないけど、実際は違うんだ」

「ますます、わかんないな、じゃあ、今のお前は広川浩司ではなく、他の誰かが乗り移ってるっていうのかよ。ははは、ばかなこと言うなよ」

 和史が笑い出すと、広川もそれにつられて笑った。笑い声が広い部屋にこだました。そして、二人が笑い終ると、広川がまた話を続けた。

「いや、そういうことじゃないんだ。なんていうか、これは自分の口から言うのも恥ずかしいだけど」

「ここには、俺とお前しかいないんだから、気にするな」

「本当に笑うなよ」

「ああ、笑わないって約束するから」

「絶対だな」

「しつこいな、お前も。笑ったら、今後の人生は、お前の言うことを全て聞いてやるよ」

「大げさだな」浩司は笑って、続けて言った。

「なんていうか、この4か月の間に色々あったなって。俺、それまで、ほとんど皆のこと忘れてたんだ。当時の皆がどんなふうにあの場所に集い合って、どんな思いで活動してたのかを忘れてたんだ。会社でも色々あって子会社に飛ばされて、ふて腐れて生きてみて。そんな自分は夢も皆との思い出も忘れて、時のなすがままに、周りで何が起こっても無関心を決め込んで、これからも過ごしていくんだなって、思ってた」

 広川は、少し呼吸をおいて言った。

「でも圓谷が亡くなって、偶然、圓谷の実家で藤江に出会って、奈須さんに強く言われて悩んで、こんな風にまた中国語劇の運営委員長までさせてもらって」

「ああ、そうだな」

「それからは、仕事以外に色々連絡とかしないといけなくなって、忙しくはなったけど。なんか充実してて。皆と一緒にいろんなことを考えて。一生懸命に圓谷の為にやろうとした奈須さんや他の人たちとかさ。自分のためじゃなくて、誰かの為にやろうとする人もいるんだって改めて思って。俺も、そういう人たちに負けてられないなって、仕事も頑張ってもがいてみたら、なんとかうまく行きそうな感じで、ここまでできたんだと思うんだ。皆、俺にありがとうって言ってくれたけど、感謝するのは俺の方なんだ。みんながいなかったら、頑張れなかったよ」

 広川は、目の前の真っ暗な踊り場に話しかけるように続けて言った。

「だから、今日語劇が終ってこのまま、また皆と連絡することが無くなったら以前の俺みたいに戻るのかなって。本社に戻ったらきっと色んな意味でプレッシャーが強くなるし、嫌なことも今よりもきっと増えると思うんだ。それで、また腐ってしまうんじゃないかって思うと、怖いんだよ」

 和史は、その話を聞き終わると、話し始めた。

「浩司はさ、なんていうか、自分の事しか興味がないっていうか」

 和史の意外な言葉に少し戸惑いながら、答えた。

「そんなことないよ。俺、みんなのことは、ずっと思ってきたつもりだよ」

「ははは。そうだな。でも……」

 和史は、少し広川の方を見て、また視線を前に戻して、言った。

「浩司はさあ、みんなが、どういう思いで今日の日を迎えてきたのか、想像したことあるか?」

「それは、やっぱり同窓会を成功させようとか、昔の人たちと一緒に頑張ろうとか思ってたんじゃないかな。それに、亡くなった圓谷の為っていうのもあると思うよ」

「ああ、それはそうだな」

「他に何があるんだよ」

 二人の間に少し沈黙が続いた。夕方の風が窓に当っている音がしていた。

「俺もよくわかないけど、みんな自分の為にやってたと思うよ」

「そんなわけないだろ。彼らが自分の為に、わざわざこんなことするわけないって」

 広川は、自分と違う意見をする和史に少し怒ったように言った。和史が何を言いたいのか良くわからなかった。そうすると、和史が言った。

「そんなに強く言うなよ。別に彼らのことを悪く言ってるわけじゃないんだ」

「じゃあ、なんだよ」

 和史は、少し間をおいて、広川の目線の先にある舞台に、自分の目線を置きなおして言った。

「俺さ、今日観客席から、皆の劇を見てて思ったんだ。みんな楽しそうにしてて。本当にうれしそうに、役を演じてた。みんな一生懸命、自分のいるところで練習してきたんだなって。それが全て出てた気がした」

「うん。そうだよな」

「みんな離れ離れで、練習して一人、あ、もしかしたら家族も協力してくれたのかもしれないけど。練習するのって結構大変だったと思うよ」

「ああ、だから彼らは頑張ったんだよ・・・」

「みんな、自分も何か言えない悩みがあったんだろうけど、みんなが元気そうに楽しくグループチャットにメッセージを入れているのを見て嬉しかったんじゃないかな。浩司がさ、それを見て少しずつ前向きになれたようにさ」

「そんなことないよ。後輩たちも立派になって。仕事もうまく行ってるみたいで。俺なんか本当に彼らと一緒にできただけでも光栄なんだ。俺も頑張らないとな」

 広川がそう言い終えると、和史は少し笑いながらため息をついて言った。

「そうだな……浩司も頑張れよ。まあ、ここからは、俺の独り言だと思って聞いてくれ」

「なんだよ。急に」

「俺思うんだけど、人はさ、正直に話をするわけじゃないと思うんだ。悩みがあっても、何にもないような振りをして、生きてるんだと思うんだ。彼らも、みんな何か悩みがあったと思う。でも、彼らが一人も漏れなく、練習や準備を続けてやってきて、今日の日を迎えてこれたというのは、浩司やみんながいてくれたからだと思うよ。浩司が少しずつラインのメッセージに入れるようになって、積極的に参加するようになって、みんな安心して、自分も頑張ろうって思ったんじゃないかな。浩司がみんなの頑張りをさ、自分のエネルギーにしたようにな。浩司は、みんなの御蔭だって言ったけど、それは違うよ。みんなも、同じように浩司やみんなに感謝してたと思うよ。ありがとうってな」

 和史は、そこまで言うと、大きく息を吸い込んでさっきより力強く言った。

「だから、チーム語劇はこれで解散かもしれないけど、浩司は一人じゃないから。これから先も。悩んだり困ったことがあれば、これからも皆の事を思い出して進んでいけば、いいじゃん。みんなもそれを望んでると思うよ」

 和史は、それを言い終ると、「それじゃ、俺帰るから」と隣の広川に話しかけ、ゆっくりと立ち上がり階段を上がりだした。

 一歩二歩、こつこつという革靴の音がどんどん離れていく。広川は心の中で、"待てよ"、と思ったとき、その足音が止まった。そして、和史が振り返ったような気がした。後ろから、声がした。

「ありがとうな。浩司。俺も久しぶりに懐かしい熱い気持ちを思い出せたよ」

 そして、その言葉を言い終ると、また少し階段を上がって扉を開く音がした。そして、ドアが開いたままになっていたようだった。その時間が長くて、広川は後ろを振り返ろうとしたが、できなかった。

「あ、言い忘れてた。やっぱり俺の眼は今も衰えていなかったよ。ありがとうな、浩司」

 その声と共にドアが閉まり、そのドアの向こうから、じゃあな、という声がした。

 広川は「ああ」と声にならないように力いっぱい呟いた。前の踊り場は真っ暗だったが、広川の眼の前にはずっと輝く光があった。

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