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チーム語劇  作者: ガンベン
結びあう離れた光たち
29/32

ありがとう。みんな。

 しばらくすると舞台は、明るくなった。とりあえずリハーサルは上手くいったので、そのまま舞台でリハーサルの感想を言い合った。

 そして、それが終わると本番までの間の時間を使って、劇用のメイクをした。女性のスタッフが劇員の顔にドーランという下地を塗ってから、メイクをし、舞台裏でゆっくりしていた。みんな緊張した面持ちだった。

 しばらくすると、放送が流れた。「これより10分後に、中国語劇「時をめぐる」の開演を行います。開演中は、携帯電話が鳴らないように、電源を切っていただくようにお願いします」

 1シーン目に登場する曽手が小さく、「いよいよですね」と言った。みんなもそれに小さく頷いた。

「それじゃ、広川さん。みんなで円陣組みましょうよ」

 藤江が言った。広川が、「ああ」と答えた。そして、皆も円陣を組むと広川が言った。

「何度も言うけど、本当に今までありがとう。僕が、話したいことは沢山あるけど、これから皆楽しんでいこう。それじゃ、行くよ。」

 広川は、皆と目で合図をした。そして、小さく言った。「ちっちゃい声でな」

 そこで、皆が笑った。「広川さん、わかってますよ」また皆の顔に笑顔が戻った。

「よし、じゃあ、今度こそ。チーム、語劇」

 続けて、みんながファイトと小さく力強く言った。

 そして、それぞれの場所に戻っていった。

 開演のブザーがなった。右側の袖幕から、恵子たちが出て行った。シーンが終わると、袖にはけていった。その時に、さっきまで出ていた曽手が、次のシーンに出る小松とハイタッチをした。そして、シーンが進んでいくにつれて、観客から拍手が起こった。

 22世紀からタイムマシーンに乗った主人公たちが、様々な出来事に遭遇し、1980年にたどり着き、口喧嘩をして別れてしまって、しょぼくれている男の子の曽手を男性役の勝島信二とその奥さん役の元中愛子が見つけて、励ますシーンだった。

「過去を変えることは、僕たちにはできない。でも未来を創ることはできる。だから、もし君が、その子と仲直りをしたいなら、勇気を出して謝れば、きっと許してくれるよ」

 このセリフを言うとき、学生時代の信二はいつも揺れていた。それを、智恵が頻繁にだめだしをしていたことを思い出した。広川は、袖で信二のセリフをずっと聞いていた。たくましくなったと感じた。堂々とした様子で力強くセリフを、心を込めて言う信二の姿は、智恵にはどんなふうに見えているのか、と思うと胸にくるものがあった。

 そして、最後に主人公たちが仲直りをして22世紀に戻り、それぞれの両親に出会ってしまう。そして、仕方なくタイムマシーンに乗って色んな時代を旅したことを話し、また21世紀を見たいと言い出す。そこで、男の子役側の両親は、強く反対し、親が一緒に乗るか、親の同意書がないとタイムマシーンは乗れないから、やめなさいと諭す。しかし、女の子のおじいさんが同意書を書いてくれていて、お父さん役が、同意書と手紙を主人公たちに手渡して、主人公たちはタイムマシーンに乗り込んでいった。この場面は、当時は、おじいさん役の圓谷が登場していたが、体調が悪いということで、代わりにお父さんが手紙を手渡すことになっていた。

 心配そうな両親に見送られて、タイムマシーンに乗り込んでいく主人公たち。そして渡された手紙が読み終わると、タイムマシーンが動く音がして舞台が一瞬光ると暗転になった。ここで一旦終わりになり、観客から拍手が起こった。

 そこで直ぐに場面が明るくなると、ナレーター役の摂山が登場した。生き生きとした歩き方だった。昔から目立つのが好きだったのだが、最後にかっこよく目立つようにセリフを言った。

「そう、ここにいるあなた達が、主人公になって21世紀を創っていくのですから!」

 摂山がそのセリフを言い終わると、タイミング良く、舞台のモニターに観客席に座っている人たちの姿が映った。

 観客は、わっと声を上げた。一瞬何が起こったかわからなかったが、そこに映っている人たちが自分たちだということに気付くと、また拍手が起こった。そして、その拍手が鳴り終わったぐらいに、摂山が最後の言葉を言った。「ここにいる人たちが、22世紀に続く世界を切り開いていくのです」

 観客からさっきよりも大きな拍手が巻き起こった。そして、摂山はやり切ったように、右手を挙げて、左側の曽袖にはけていった。暗転になり舞台のモニターに「22世紀で会いましょう」と字幕が映し出され、その後に「END」と続いた。それが、終わると、パッと照明がつき明るい曲が流れ始めた。

 そして、悦子が劇員の名前と役名を読み始めると、呼ばれた劇員が舞台袖から元気よく登場していった。そして、舞台の中心でお辞儀をすると、自分の定位置を探して整列していった。その度に会場からは大きな拍手が巻き起こった。そして、最後にナレーター役だった摂山が呼ばれてお辞儀をし、劇の最後と同じように右手を挙げると、観客席から笑いと拍手が起こった。広川は舞台袖で、自分が呼ばれるのを挨拶文が書かれているノートを丸めながら、待っていた。

 そして、悦子が「それでは最後にこの中国語劇の運営委員長の広川から挨拶があります」とアナウンスをすると、大きな拍手が起こった。

 広川はゆっくりと舞台の中央に向かい歩いた。途中で劇員の誰かが、ポンと背中を軽く押した。中央のマイクの前に立つと、軽く観客席に頭を下げた。そして、自分のノートに書いてある内容を読み上げ始めた。

「皆様、本日は中国研究会の同窓会の開催大変におめでとうございます。このような記念すべき舞台で、中国語劇をさせて頂きどうもありがとうございました」

 広川がそういうと、また会場から拍手が起こった。広川は手を胸に当てて、呼吸を整えてまたその手を下して言った。

「今回は、劇員皆が離れ離れの中で、練習をし今日を迎えました。様々な大変なこともありましたが、こうして無事に終えることができたことを、心の底からほっとしています」

 広川はノートに書いている文字を読もうとしたが、そのノートを閉じた。そして、観客席の上段を見つめながら、話し始めた。

「後ろにいる劇員は、私が3年生の時の2年生や1年生です。ただ今では私よりも立派な姿に成長して、どちらが先輩なのか分からないぐらいです」

 観客席から軽い笑いが起こった。

「といっても、当時も劇員に助けてもらってばかりでしたので、立場はほとんど変わっていません」

 後ろの劇員から、少しくすっという笑いが聞こえた。そこで、広川は大きく息を吸って話を続けた。

「この劇は主人公たちが21世紀に向かう途中で終わります。当時私たちがこの語劇を行ったのも21世紀の初めの2001年の秋でした。それからもう15年が経ちます」

 広川は、緊張する気持ちを抑えるように、また大きく息を吸った。

「私にとってこの15年間という時間は長くいつも明るい毎日ではありませんでした。理想と現実の狭間で悩んだ時期もありました」

 広川は上を向くと、観客席の静寂を感じた。

「しかし、去年に当時の劇員だった圓谷英一君が亡くなり、それまで当り前だった後輩の存在がいなくなることで初めて、私はこの中国語劇が大事な存在だったか、当時の思い出が自分をどれだけ支えてくれたのかを感じました。そしてどれだけ掛替えのない仲間がいたのかを思い出すことができました。」

 広川は後ろにいる劇員の顔を見ないように、振り返り礼をすると、また前を向いて話し始めた。

「それから……」と言うと、広川は眼に溢れる涙を一度拭って、続けていった。

「本当に沢山の人に支えて頂き、導いてもらい、ここに今日立つことができました。今日ここに立てたことも、皆様の前でもう一度この語劇をさせて頂いたのも、偶然ではなく、圓谷君が作ってくれた縁のおかげだと思います」

 広川は一気に思いを吐き出すと、涙が頬に伝うのを気にせずに言った。

「21世紀が始まって、まだ15年。これから22世紀まで85年という長い年月があります。それまでに、私たちが劇の主人公のつもりで、これから素晴らしい22世紀を創っていけるように共々に頑張っていきましょう」

 言い終ると、観客席から大きな拍手が起こり、それはしばらく鳴りやまなかった。後ろの劇員からも拍手をしてくれるのが聞こえた。それでも、広川は後ろを向けなかった。そして、拍手が鳴りやむと、最後に「本日は、どうも有難うございました」と挨拶をし広川がお辞儀をすると、劇員がお辞儀をして、また拍手が起こった。その拍手は、本幕が下りてもしばらく止まることはなかった。

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