いざ、東京へ!
広川は、帰り際に会社が入っているビルの前で少したたずんでいた。そして空を見上げると、広川の会社が入っているフロアがあった。さっきまでいた場所を10秒ほど見つめて、目をつぶった。
そして、最寄り駅の大阪駅に歩き始めた。途中の風景やすれ違う人の表情がはっきり見えた。街の鼓動が波打っているのを感じた。いつもと同じなのに、今日は違う景色に見えた。
会社の出来事を考えながら、歩いているといつの間にか、駅に到着した。東京に持っていく大きなボストンバックをコインロッカーから取り出すと、少し重いなと思いながら、右手に持った。
「よし、これからが本番だ」と強くつぶやくと、広川は大きく息を吸った。これからの出来事に期待を胸を一杯にして新大阪駅に向かった。まるで小学生の頃に遠足に行くようなワクワク感を覚えた。新幹線のホームに着くと、直ぐに東京行の新幹線が到着した。広川は、自分の指定席を見つけると荷物を棚に上げてほっと息をついて席に座った。そして早速、グループラインを開いた。みんなも仕事を終えて、少しずつグループラインにメッセージを打ち込んでいた。
この日に仕事が終わってから、飛行機や広川と同じように新幹線で東京入りする人たちがほとんどだった。東京にいる人たちは、仕事が終わってから、大学に行って少しでも準備をしようとしているようだった。
広川は、そのメッセージを見ていると、これからみんなと会える楽しみを感じた。グループラインや電話では連絡を取っていたが、実際に会っている恵子や一部の人たちだけだった。そんな彼らと、一緒にまた集いあえると思うと、胸が高鳴った。同時に少し不安な気持ちにもなった。いよいよ本番の日が来るのかと思うと、果たして、本当にうまくいくのだろうか、っという気持ちが心を急に覆った。実際にうまくいかなかったらどうしようか、そんな思いにも襲われた。
広川はカバンから書類を取り出した。それは、明日と本番前に行うことを事前にみんなで考えて、やることリストを作っていた書類だった。A4の書類にして5枚になっていた。それぞれの項目を見ながら事前に話し合ったことを思い出したり、確認すべきことは話し合っていたが、実際に上手くいくかはやはり不安だった。みんなが、仕事の合間や家族との時間を割いて、わざわざ練習や準備を行ってくれたことを思うと絶対に成功しなければいけないと、自分に言い聞かせた。書類に再度目を通して、気になる部分にメモを入れていった。細かい打ち合わせや確認すべきことが、ゆっくり考えると見えてきた。ほかの人たちも、考えてくれていると思ったが、念のため、書き出しておこうと思った。
しばらく書き出しておくと、30項目にわたった。こんなにあるのかっと思うと、少しため息が出た。ただ書き出してみると、頭のこんがらがったことが、整理されて少し気持ちが軽くなってきた。そして、ここまでやったんだ。後は、みんなと時間を大事にしながら、取り組んでだけだ、っと思い直した。そして、広川は、心の中でそう決意すると、グループラインに文字を打ち込んでいった
「みんな、お疲れ様。僕も、今から新幹線で東京に行くから。みんなも気を付けて。それでは、また明日9時に大学の多目的ホールで会えるのを楽しみにしてるよ」
そう打ち込むと、また書類に目を通していった。少し疲れてきて目をつぶると、今までのことが浮かんできた。10月に圓谷の家に行き、藤江に偶然会って、そこから奈須さんにこの語劇の話をされた。あの当時は、こんな日がくるなんて、思ってもみなかった。そして、圓谷の奥さんから手紙をもらって、やってみようという気が少し出てきて、そこからは、皆と色々悩みながら、準備をして、今日の日を迎えることができた。それも、苦労がなかったわけではなく、一つ一つが壁を乗り越えるように来た。
それは、精神面での壁が大きかった。その度に、思いでに助けられた。みんなに助けられた。そこまで、思うと目をつぶっている目が濡れてきた。そして、涙が溢れてくるのがわかり涙をぬぐった。
広川は、そうした4か月の出来事を振り返ると、少しずつ目が重くなっていった。そうして持っていた書類が手から抜け落ちるように、地べたに落ちた。ぱさっとした音がした。広川は、慌ててその書類をとりあげると、周りの乗客にすいませんと、会釈をした。そして、書類をひとまずカバンに入れて、また目をつぶった。そして、今度は眠りに入った。気付くと、終点の東京駅に到着していた。駅員さんが巡回で、広川の肩を軽く叩いて、お客さん、終点ですよ。っと言ってくれた。広川は、照れくさそうに、眠い目をこすり、棚からカバンを下ろし、急いで電車を降りた。よく見ると、周りのお客さんは、いなかった。
広川は、東京駅を出ると、予約していたホテルにチェックインして、シャワーを浴びてた。疲れた体と気持ちが、軽くなった。そして、明日から2日間の出来事に不安と期待感を抱きながら、ベッドに身を投げるように寝そべった。そして、眠りについた。