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チーム語劇  作者: ガンベン
つなげる
22/32

巡りくる出会い

 本番までの数日間は、簡単なセリフの確認と動作説明を主に行った。時折、修正する部分もあったが、割合スムーズなテンポで練習が進んでいった。後は、その週の土曜日に皆で集まって大学内でリハーサルを行い、日曜日の本番を迎えるだけになった。

 そして、金曜日の朝、広川は仕事が終わって直に夜の新幹線に乗れるように、身支度をしてから仕事に向かった。いつもの満員電車ではなく少し早い電車に乗ると、うきうきした気分になった。また、違う風景と人がとても新鮮だった。会社に到着して、カバンを机に置くと、少しほっとしてパソコンを起動しようとしたときに、突然越野に呼ばれた。

「おはよう。広川。朝早くに悪いが、今すぐに商談室Aに来てくれないか」

「あ、はい。分かりました。」

「それじゃあ、俺は先に商談室に入っているから。また後で」

 広川は、不意を突かれた感じがした。こんな時に呼ばれるなんて、また何かあるのか…と不安が心によぎった。そして重々しい足取りで商談室に向かうと、ドアから越野が上部の窓を見上げているのが見えた。広川は一呼吸おいてから、ドアをノックして商談室に入って行った。広川はドアを閉めると、越野は奥の方に座り広川はドア側の椅子に座った。越野が咳払いをし、口を開いた。

「最近、仕事は順調そうにやっているそうじゃないか」

「あ、ええ。なんとか……」

「そうか、それなら良かった。安心したよ」

「どうもありがとうございます」

 いつもの越野らしくないと、感じた広川だったが、特にそれを指摘する必要もないと思いなおした。そうしていると、越野が躊躇するように言った。

「先日の話だが、突然ですまなかったな。なかなか切り出せなかったんだ。あの後、お前と二人きりになるタイミングを探してたんだ」

「あ、あの話ですか……そうですね。あの時は突然すぎて、受け入れることできませんでしたが……」

 広川は思い出したように、話を合わせた。

「そうだよな。実は俺も、あんな話をするのは慣れてなくてな。まあ、あんなことはめったにないから、慣れることはないがな」

 越野はそこまで言うと、自嘲気味に笑った。

「だから、あの後、広川がどんなふうに思っているのか、気になっていたんだ」

「そうですか、気を遣っていただき有難うございます。本当に何もないですよ」

「そうか…相変わらず我慢強いというか、私への信頼がないというか…」

 越野は、そこまで言うと少し黙った。そして一呼吸おいて、また話し始めた。

「まあ、あれだけの事をしてきて、直に信頼しろと言うのも無理なことだよな。そうだよな」

 そして、また黙った。そして、自分を納得させるように足を動かしたり頷いたりした。そして、思い切ったように、また自分に言い聞かせるように呟いた。

「何もなく、順調そうで本当に良かったよ。うん……本当に良かった。実はな、今日は私から広川に大事な会社の人事を伝えないといけないんだ。」

 そういうと、内ポケットに手をつっこんだ。何か探しているみたいだった。広川は、越川のしぐさを待っていると商談室を外から誰かが見ているような視線を感じ、一瞬目をそちらに向けた。そうすると、直にその視線を送っていた人は、立ち去っていった。広川は、どこかで見たことがあるとおぼろげに感じたが一瞬の出来事だったので、その人が誰なのかは分からなかった。

 そうして、また前を向くと、越野がポケットから取り出した封筒から何かの紙を取り出して、広げているところだった。そして、A4サイズの大きさにすると、越野はまたコホンと咳払いをし、話し始めた。

「広川。これから、話すことをよく聞くんだぞ」

 緊張感が広川を包んだ

「はい」

「それじゃあ、読上げるぞ」

 越野はそう言うと、持っている紙を強く握るようにつかみ言った。

「内示。広川係長。貴殿を平成28年4月1日付をもって下記の通り発令見込みにつき通知する。当該日時より、株式会社SKゴム海外事業部3課係長に任命する。以上」

 越野は、それを力強く一気に読みあげた。一瞬二人の時が止まった。はりつめた空気感だった。広川が呆然として、何か話そうとしたときに誰かがドアをバタンとあけて入ってきた。

「久しぶりだな。広川!」

 懐かしい声だった。広川はドアを開けた人物を疑うように凝視し言った。

「砂川さん…なんでこんなところに…」

「お、越野に聞いてなかったかな。俺はインドネシアから本社に赴任することになったんだよ。この4月1日からな。だから、今はグループ会社の関連部門の状況を1社ずつ見ている所なんだ。これは極秘だがな」

「ははは。もう言ってしまってますよ。砂川さん」

 越野が笑いながら言った。そうすると、砂川は頭を掻きながら、言った。

「まあ、この面子なら大丈夫だ。たまたま今日がここの会社に来る予定でな。さっきな、ぷらっとここの商談室を通ったら、見覚えのあるやつがいると思って見てたら広川だったから。俺はびっくりしてさ。直に入って脅かしてやろうと思ったんだけど、俺も気持ちの準備が出来てなくて、しばらく外で話を聞いていたんだ」

 そして、一呼吸して言った。

「そしたら、何か見てられなくなくてな入ってきたんだ。まあ、おめでとう。広川。俺は嬉しいよ。またお前と仕事ができると思うと」

 そういうと、手を出してきた。広川も、手を出すと砂川はぎゅっと握ってきた。歳の割に力が強く、現場上りの力強さを感じた。それを見ていた越野が言った。

「砂川さん。本社に戻られるんですね。風のうわさで聞きましたが、本当におめでとうございます。今日こちらに戻られるのは知っていましたが、理由は知らずに失礼しました。」

「いや、どうもありがとう。越野」

「越野?…」広川は、不思議そうに言った。

「お二人はお知り合いなんですか?」

「知っているも何も、私がここに入社した時の部署の次長だったのが、砂川さんだよ」

「え、そうだったんですか。ということは、上海の現地事務所に赴任する前は、こちらにいたんですか?」

「いや、ここには3年半位しかいなかったからな。お前と知り合う前に、3社ぐらいはグループ会社を色々出向してる計算になるな。言うなら、俺は渡り鳥みたいな感じだな。一つのところに止まるのが、性分でないのか、会社が許してくれないのかは分からないんだがな」

 そういうと、砂川は豪快に笑った。

「相変わらずですね。砂川さん」

 越野は砂川の笑いに引っ張られるように笑いながら言った。

「そりゃそうだ」

 広川は、二人のやり取りを聞きながら、なんだか微笑ましかった。越野が話を戻すように咳払いをした。

「話は戻るが、広川。さっきの内示の話だが、正式には、また本社の総務部から直接連絡があると思う。それと仕事の引継や本社での仕事等は、今後具体的に話があると思うから、それから行動するようにという点は忘れるなよ。」

「本社での仕事が、楽しみだな。広川」

 越野はその言葉を聞くと、砂川を見た。その鋭い目線に気付いた砂川は、慌ててなだめるように言った。

「そんな怒るなよ。越野」

「いえ、そういうつもりはありませんが、あまりはっきり言われると、気持ちの良いものではないですから」

 むっとして、越野は砂川に言った。そして少し息を吐いて、広川に言った。

「広川。本社からここに来たときにも内示を受けていて、知っていると思うが、まだ公にはするなよ。下手に話すと無駄に関係がぎくしゃくするからな」

「はい。わかりました。越野課長」

「それから、無いとは思うが、万が一この内示に不満や意見がある場合は、断ってもいいことになってるから、そのことも考えておくように」

「断るって。本社に行くのに何を断る理由があるっていうんだよな。なあ広川」

 広川は困ったような顔をしていると、砂川が越野の話を折るように割って入った。

「何とも言えませんね……。少し考える時間を頂けないでしょうか?」

 それを聞くと砂川が言った。

「ほら、越野がそんなこと言うから、迷ったじゃないか。全く……。まあ、考えるのは悪いことじゃないから、ゆっくり考えればいいさ。なあ広川」

 広川は申し訳なさそうに、「はい」っと答えた。越野は、一度上を見て、言った。

「それでは、私からは以上だ。今日も色々案件があるから、宜しくな」

「了解致しました。どうぞ宜しくお願いします。それでは、先に失礼します。砂川さん今日はお会い出来て良かったです」

「ああ、そうだ。久しぶりに会ったんだから、今日みんなで飲みに行こうか。越野、広川」

 そういうと、越野は言った。

「いいですね。私も砂川さんに話したいことも一杯ありますし」

 広川が少し戸惑っていると、越野は、広川に質問した。

「広川、どうしたんだ。せっかく砂川さんと飲みにいける機会なのだから、一緒に行かないのか?」

「ええ……、そうなんですが、今日は夜に用事があっていけないんです。折角ですが、またの機会で。すいません」

 そういうと、砂川は言った。

「あー悪い悪い。今日は金曜日だったな。彼女とでも一緒にご飯か。悪かったな」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど」

 広川は、断り難そうに言った。そうすると、砂川は、広川の肩をポンと叩いて言った。

「まあ、これから同じ部署で働くことになるんだから、機会はあるさ」

「ありがとうございます。今後ともどうぞ宜しくお願いします」

 そう言うと、広川は二人に礼をして、出て行こうとすると、越野は言った。

「いや、私も直に戻ってすることがあるから、ここを整理してから部署に戻るとするか」

「越野課長さん、忙しいな」

「ええ、御蔭さまで」

 二人は顔を見合わせると、笑いがこぼれた。

 二人の間で、広川は机やイスを整理しながら、会話を聞いていたが、緊張と安堵感が胸を満たしていっていた。ひと段落すると、広川は言った。

「それでは、行きましょうか、越野課長」

「そうだな、ありがとう。広川」

「ああ、悪いな。広川」

「どういたしまして」

 広川はそういうと、ドアを開けてながら、二人を外に出すように、どうぞっと言った。

 二人は、ああ、ありがとうっと言った。

 三人は、商談室から出ると、短い間だったが、お互いの近況を聞いたり、相談しながら、越野の部署に戻って行った。部署に到着すると、越野は砂川に言った。

「それでは、砂川さん。私たちはここで。また、仕事が終ったら、連絡しますから」

「ああ、邪魔して悪かったな。広川も、また時間が空いた時にでも、ご飯でも行こうな。

 楽しみにしてるよ」

「こちらこそ。どうもありがとうございました」

 砂川は、それに応えるように軽く手を挙げて、2階のフロアに上がって行った。

「本当に台風みたいな人だな。相変わらず。あっちにいったり、こっちにきたり。忙しい人だな」

 越野は笑いながら、独り言のように言うと、軽く咳払いをして、皆の方を向いて、顔を正して言った。

「それでは、本日も一日宜しくな」

「はい」

 そういうと、広川も自分の席に戻って、業務を始めた。

 いつもの様にと言うわけではなかったが、広川は、複雑な思いを抱えたまま仕事に向かった。さっきのやり取りが頭にこびりついて離れず、時折考え込むことがあった。それを、見ていた越野が言った。

「広川。仕事に集中しろよ。全く」

「あ、はい。すいません」

 そういうと、周りの部署の人たちがくすくす笑い出した。広川は、なんとなく、それにつられて、自分も照れ笑いをした。

「まあ、何かあったら、遠慮なく言ってくれ。広川」

「はい。分かりました」

 この日の業務の内容自体は、いつもより複雑な案件があったが、いつもより捗った。時折、広川は時間を気にしながら、定時の時間が来るのが少し待ち遠しかった。そういう時に限って、難しい案件が他部署から飛んでくることがあったのだが、今日は幸い平穏無事に終わりそうだと、17時25分の針がさすのを確認すると、ほっと一息吸った。その姿を越野が見ていたのに気付いて慌てて姿勢を正した。

 そして定時の17時半が来ると、広川は急いで打刻をして、帰る準備をしていた。そうすると、越野が今日は何か用事でもあるのか?と聞いてきた。

 広川は、急いではいたが、越野に説明した。

「実は、明後日に大学時代に入っていたクラブの同窓会があるんです。それで、今日の夜に新幹線で大学の近くでホテルに泊まる予定なんです」

「そうだったのか、そういえば、広川は東京にある大学を卒業していたんだな。そういう昔の仲間と会うのも、きっといいことだな」

「ええ、色々ありましたが、ついに明後日という感じですね…」

「そうか、まあ気をつけてな。月曜日は出社するのか?」

「もちろんです。日曜日の夕方には大学を出て、遅めの新幹線でこちらのほうに戻ってくる予定です」

「もし、ゆっくりしたいのなら、月曜日は有休でもいいから。また連絡をくれ。これからの事もゆっくり考えるいい機会にもなるかもな」

 広川は、その話を聞きながら、苦笑いをして言った。

「いえ、まだ仕事が溜まっているので、月曜日は必ず出社しますよ。それに、帰りの新幹線の切符も買ってしまいましたしね」

「それじゃあ、仕方ないな」

 そういう越野の言葉には、どこか優しさがあった。

「引き留めて、悪かったな」

「とんでもないです。こちらこそ、早めに帰ってすいません」

「わかった。それじゃあ、また月曜日な」

「はい。それではお先に失礼します」

 広川はそういうと、部署の人たちにも挨拶をして、急ぎ足で会社から出て行った。その足はどこか、浮き浮きした様子だった。

 それを後ろから見ていた古戸が言った。

「広川君。颯爽と出ていきましたね。なんか楽しそうな感じで、なんかあるんでしょうかね」

「ああ、そうかもしれないな」

 越野が、古戸の話に合わせるように言った。

 そして、ぼそっと、東京か…そういえば、あいつ東京に行ってから、少しずつ変わっていった感じがするが…。まあ、俺は俺で、これからもここで精いっぱい頑張るか!そう思うと、越野は、突然よしっと元気よく声を上げた。そして、「あと少し頑張ろうな」と力を込めて声をだした。いつもは冷静な越野が突然声を発したので、皆はびっくりした感じで、越野を見つめた。

 越野は、照れ笑いしながら静かに「仕事あと少し頑張ろうか」と言うと席に向かって、自分の残された仕事を始めた。

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