離れ離れであっても
そして数日後に、ある劇の場面の動画がアップされた。
広川は、その動画をじっくり見ていた。その場面では5人が同時に登場しており、登場してきた時点では、とても上手くいっていたが、途中から、皆が変な方向を向いて動くようになっていった。この動画編集では、登場人物の最初に出てくる体の向きや時間は調整できるものの、一度マスターノートにはめ込まれて動きだすと、その間の動きは、編集前通りの動画に基づいて動くことになっていた。だから、途中で、ばらばらな動きになることもあった。それが、滑稽極まりなかったのか、途中でメッセージがが入っていた。
「修、俺と話してるのに、なんで恵子の方をむいてるんだよ」
細川祐樹が、主人公の男役の曽手修のセリフがおかしかったのか、そんなメッセージをを入れていた。確かに、動画の中では、修の前には恵子がいた。恵子もちょうど修と対面になっていた。本来は修は祐樹の前にいるはずで、恵子は修の隣に立って話を聞いて頷くというシーンだったのだが、これでは修が直接恵子に話しかけるというシーンになっていた。そして、少し動画進むと今度は祐樹が、修に背中を向けてセリフを語り始めた。この場面は結構しんみりとした内容のセリフで、祐樹が修に慰めるシーンだった。
一通り、動画が終了すると、広川は腕組みをして考え込んだ。発想自体は奇抜的で面白いけど、違う空間にいる人たちを一つの動画にするのは、難しいのかなと独り言をつぶやいた。そして、紙に動画で流れた登場者の動作やセリフを簡単に書込み、何度もその登場者に矢印をつけて動かしてみた。
しばらくしても、やはり上手くいかなかった。「うーん、どうしたらいんだろ…」って呟く、天井を見上げた。そしてぼやっと、考え込んでみた。そしてふと思った。そもそも、このやり方は元子がアドバイスしてくれて、やり始めたことだから、元子がどう思っているのか、聞いてみようかと思った。夜も既に11時を過ぎていたが、LINEでメッセージを送り、一度電話してもよいか確認して、返事があったので、電話をかけた。
「どうしたの、広川君」
「こんな夜中にごめん。あの動画の件で、気になったことがあって」
広川は少し気が落ちたように話した。そうすると元子は、思ったより明るい声で答えた。
「あの動画、ってさっきアップされた動画のことよね。上手くできてたよと思うよ。予想以上じゃない」
「え、あれが上手くいってるって言うの、江波さん……本当にそう思ってる?」
「本当よ。だって、皆一緒にいるという感じってなかなか出ないのよ。あの動画の編集は、別に一人一人の場面を繋いだものではないの。だから、体の向きやセリフが少しぐらいおかしかったとしても、それは大きな問題ではないの」
広川は元子の話を聞きながら、良くわからない感じで聞いた。
「そうなんだ。それじゃあ、この動画を作る意味って、江波さんはどう思ってるの?」
「うん。それは、動画を作ることによって同じ空間にいることを認識するって言ったら難しくなるけど、とにかく一緒に劇をしているという感覚を持つことが大事なの。だから、この動画を作って、皆が本番に集まる前に、一緒に劇を作っていくという過程が大事なの」
広川は、元子の言葉に「なるほど」と相槌をうちながら言った。
「目的は、この動画編集で上手い動画を作ることじゃなくて、皆が一緒にその空気感を共にすることが大事ってことなんだね」
「うん、そういうことになるかな。もっと時間があったら、皆が一緒になって共に過ごすことができるかもしれないけど、それができないのなら、この方法が一番だと思うの。たとえ、離れ離れでも、皆一緒の場所にいる感覚を持つことって大事だと思うの」
「その言葉、素敵だね。江波さん。本当に色々教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、遅いからここら辺で、きるね。また明日から頑張りましょう」
そういうと、元子は電話をきった。広川は、暫く元子の言葉を一人反芻した。“離れ離れにでも皆一緒の場所にいる”か。そうだなと思った。
広川は、動画を編集してくれていた角蔵圭吾にお礼を伝えた。
そうすると、圭吾は“初めはどうなるかと思いましたが、結構面白い動画になりましたね”メッセージを打ちこんだ。 そうすると、各場面の責任者も、発言をしてくれた。
“はい。劇としては、滑稽な感じになってますけど、皆が一つの画面上に出現するって、本当にすごいなって思います。それに皆と連帯感も生まれて、良かったです。ありがとう。圭吾”
“そうだね。ホント、お疲れ様”
広川は圭吾や他の劇員のメッセージを見ながら、嬉しく感じた。
夜も既に遅くなっていて見ている人も限られていたが、そこには様々なメッセージが書かれていた。
そして、次の日も、また次の日も、最終の動作確認を行った。
細かい修正をメッセージや電話でやりとりしながら、行っていき、とうとう本番まで、後一週間という時期に入っていった。