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チーム語劇  作者: ガンベン
動き出す歯車
20/32

マスターノート

 そしてある程度の劇の流れを確認する為に、各シーンにセリフのみで、劇を行うことにした。ただ、完成した物はやはり朗読劇みたいで、動きを想像しながらセリフを読むという具合だった。そのシーンの録音が終ると、グループラインに投稿していったそれを、広川と元子たちが確認していき、セリフのタイミングをチェックし、改善点や間合いのアドバイスをしていった。ただ、大きな変更点はなく、むしろその完成度の方が際立っていた。皆も自分たちのセリフを聞き直しながらも、予想よりも上手くいっている点に喜びと一安心した様子だった。

 後は劇中の動きをシーンごとに確認をする必要があったが、前日に何度か確認することになっていた。皆のスケジュールも調整をして、一度集まれる時間がないかどうか、聞いてみたが全員が揃う時間はとれそうになかった。

 本番の前日に動きの確認をするのには、最初元子は反対だった。元子が途中で参加して間もない頃に、グループラインで話し合いがもたれた案件だった。元子が提案してくれた動きを書き出すことによって、ある程度の動作の把握はできており、前日皆で集まって、何回かリハーサルをすればいいという意見もあった。しかし元子自身は、前日の一日程度で皆が集まって動作を確認するのは、とても難しくて下手をしたら本番までに間に合わなくて、劇自体が失敗してしまう可能性がある、と考えていた。だから前日までにスケジュールを合わせる以外にはなかったのだが、どうしてもそれが無理だと分かった時、その他の方法で動きの確認ができるようにしないといけないという結論になった。

 だからといって、元子はそれ以上の方法については、提案することは無く「広川君お願い」と連絡をしたきり、劇員の練習を見るほうに専念していた。

 広川は、振出しに戻った気分になった。そして当初この中国語劇を誘ってきてくれた恵子に言った難題が自分にブーメランのように返ってきたことを痛感した。あの時、こんなことを考えることになるとは、夢にも思わなかったなと、皮肉交じりに独り言がぽつりと出た。広川自身もどうしたら良いのか考えてみたが、いいアイデアは直には出なかった。一度、皆に意見を求めようとした。しかし直に、今でさえ大変な中で劇の練習や準備を進めているみんなに、負担をかけるのは気がひけた。そして、やはり自分一人で、一度考えてみようと思いなおした。

 それから、仕事が終わってから、時間が有れば様々な演劇を見たり、ドラマの作り方の本を読んだりして、どうすればよいか考えてみた。自分一人で部屋を歩いたり、椅子を他の登場人物のように見立てて、どのようにしたら皆の動きが確認できるのか、試行錯誤していった。

 そんなことを考えていたある日、広川は新聞のある記事に目が留まった。それは、「動画の張り合わせ」という記事だった。それは、動画の一部の風景や人物を切り取り、一つの動画に纏めて編集ができるという編集ソフトの紹介だった。開発したベンチャー会社は、その普及の為に無料でモニター依頼者を募集しているという記事だった。  

 広川は、記事を読み進めていくうちに、体に衝撃が走るのを感じた。そして、早速その内容をインターネットで調べ始めた。そのベンチャー会社のホームページにたどり着くと、「夢を持つことができれば、いつか実現できる。Be a dreamer」という会社の経営方針が書かれていた。この動画編集の開発経緯や思いが平易な言葉で書かれていた。広川は、その言葉の内容に感動を覚えながら、読み続けて行った。

それを読み終わると、動画編集ソフトを自分のパソコンにダウンロードした。2分ほどすると、ダウンロードが完了し、ソフトの説明書と説明動画を見ながら、グループラインに取り込んだ動画をそのソフトにいれて加工していった。複雑な作業が必要だと思っていた広川は、拍子抜けするぐらい、簡単な作業で、文字通り動画をクリックして選択し、動画に登場している人物を切り取り、「マスターノート」という動画を作る画面に入れる作業だけだった。

 広川は、説明書に従って、「マスターノート」の再生ボタンをクリックすると、場面に立っていた登場人物が一緒に現れて、動画が出来上がった。背景は、まだ数種類しかなかったが、まるで一緒にいるかのように登場人物が現れたことに驚いた。広川は「よし」っと歓声を上げて喜んだ。 

 しかしすぐに上手くいかないことがわかった。それは、今までの皆の動画では、各自のセリフ部分の動画しかなかったので、それを一つの動画にしても、皆が一斉にセリフを言っている場面だけができて、何を話しているのか分からないという滑稽な動画になることだった。

 これでは、だめだと思い、また編集を行い始めた。今度は、動画に出てくるタイミングを劇員ごとにずらして、セリフを言うタイミングから、登場させるようにした。ただ、これもだめだった。編集前の動画時間しか、登場人物は出てこない為、どれだけ時間を計ってタイミングよく登場させても、登場人物は、自分のセリフを言うと、画面から消えてしまい、一人で劇をしているのと変わらなかった。

 広川は一人で苦笑いをしながら、ため息をついた。少しゆっくりしてから、一度作成した動画を和子に送付してみた。そうしたら、数分後に和子から電話があった。

 「この動画、すごいじゃない。どうやって作ったの。広川君」

 予想に反して、和子は嬉しそうに電話越しに話していた。

 「登場者が全員同じタイミングで話しているから、何を言っているのかわからないのが、おもろいけど、かなり大きな進歩よね」

 「うん。でも、これじゃあ、今までのやり方を変えないと、一緒に登場者が出られるようになっても、練習にもならないし、やっぱり難しいと感じて…江波さんはどう思った?」

 「それも、そうだけど……。なんとかなると思うわよ。ちなみに、この動画ってどういう風に編集したのか教えてくれない?」

 広川は、元子に簡単に動画編集のソフトを紹介し、操作方法を伝えた。元子は、ところどころで、うんうんと相槌をうって、へーっと答えたりしていた。そして、しばらく考えたらしく少し沈黙を置いた後、こう答えた。

 「それなら、上手くいくかもしれないわね」

 「え、そんなに上手くいくかな」

 「だって、さっき広川君言ってたじゃない。一緒の場面に登場者が出られるって。それなら、今までのやり方を変えないとって。そのやり方は、簡単だよ」

 「簡単って言われても……どうやるのさ」

 「劇を実際に演じるようにしたら、上手くいくと思うの。今までの動画は、一人一人の動作を見る為に、撮ってきたよね。それは、セリフを確認したり、自分の動作を確認したりする為に、やってきたことだと思うの。でも劇では、他の登場者もいて、その人たちがセリフを話している時間や何もしていない時間も、登場人物同士でその時間と場所を共有しているの。だから、その時間も他の登場者と一緒に行動すればいいのよ」

 「ちょっと待ってよ。そんなに一遍に言われても、分かんないよ」

 「あ、ごめんね。簡単に言うと、劇に出ている時間は皆演技をしているように動画を撮ってもらうの。例えば、最初のシーンだと、皆のセリフと間合いを含めて、4分位だったよね。その4分間は、皆同じ場面にいるつもりで動画を撮り続けるの。そうしたら、みんな4分間の動画を作って、動画編集をして一つの動画に作り直したら、同じ動画に登場人物が出てきて、皆が演技をしている動画が取れると思うの」

 「そっか。そういうやり方なら、確かに上手くいきそうな気がする。ありがとう、江波さん。助かったよ」

 広川は、救われたような気がして、心を込めて言った。

 「そんなことないよ。こんな動画編集があるなんて、思い付かなかったから、広川君が見つけてくれて、良かったよ」

 「ははは。褒めてもらえてうれしいよ。結構考えたり、探したりした甲斐があったよ」

 「上手くいくといいね」

 「ありがとう。早速、みんなに連絡してみるね」

 広川はそう言うと電話をきった。とても清々しい気分だった。目の前の厚い雲が取り払われたような気分だった。言いようのない期待感で満たされながら、グループラインで皆にこの動画編集と動画の取り方の説明を書き綴っていった。少し長い文章になってしまったが、その内容を一度確認して皆に連絡した。

 暫くすると、返信のメッセージが入ってきた。広川はそのメッセージを見ながら、嬉しそうに読んでいった。皆、驚きや期待や喜びのメッセージが書かれていた。そして、皆のメッセージが一通り投稿が終わると、和子が態々、書面にして、動画をとる時のポイントを送信してくれていた。主な項目は3点あった。

 ①本番のつもりで真剣に演技すること

 ②同じ場面の他の人のセリフをしっかり覚えて、その場に他の登場者が一緒にいると思って、演技をすること

 ③自分のセリフの時間と他の登場者のセリフの時間を計って、演技すること。ストップウォッチを使って時間を計ったら上手くいくかも。

 という内容だった。

 皆も、動画編集のソフトが物珍しいらしく、色々試しているみたいだった。

 “これ、おもしろいですね。なんか、不思議な感じがする。しかも、とても簡単にできるから、びっくりしました”

 広川は、その皆の反応を見て、理解してくれたことを感じて安心した。

 本番まで後3週間を切っていたが、やっと当初の課題の解決方法が見つかったような気がして、広川はほっとした。まだやらないといけないことは沢山あったが、考えて探してみればなんとかそのヒントは、落ちていたり、人が教えてくれたりするものだと、しみじみと感じて、胸が熱くなった。

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