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チーム語劇  作者: ガンベン
勇気
17/32

沸き立つ志

 広げた便箋用紙をまた丁寧に折りなおして、机の上にそっと置いた。暫く静寂な時間が流れた。外には昨日からの寒波で窓には水滴が出来ていた。冷たい空気を暖めるようと、広川は立ち上がって電気ストーブの電源を入れた。クルクル回っているストーブの周りが段々暖かくなっていった。そこに手を伸ばすと温かみが、伝わってきた。暫くすると、そこに水がこぼれてきた。その水は熱気で乾いた。またその上から、涙がこぼれて、ぽた、ぽたと落ちた。手の甲に落ちては、それが流れ落ちて、それが手の甲を伝って、ぽと、ぽとと地面の絨毯に落ちて行った。

 広川は、体を震わせながら、その手についている涙を見つめていた。その上から、涙が流れていく。仕事で悔しいことがあっても、泣くことはなかったのに、今はこんなに悲しいと感じた。

 小声で、「英一……英一」と圓谷の名前を震える声で2度繰り返した。そして、誰かに話しかけるように独り言を呟いた。

「俺、知らなかったよ。お前がこんなこと思ってたなんて。こんな手紙なんで、見せてくれなかったんだよ」

 当時圓谷は、場の雰囲気を和ませようと、色んな人にちょっかいを出していたムードメーカーだった。そのくせ、運営委員長の広川にも何かと劇の内容で、意見を言ってくる広川にしては少し煙たい存在だった。そんなことを思い出し、広川は余計に悲しさがこみ上げてきた。圓谷がどんな気持ちで、劇をしていたのかと考えると、急に愛おしさが溢れ、圓谷ともう二度と語劇をすることがないことを深く実感した。

「英一、英一……」

 広川は、今度は弱弱しく、呟いた。

 時計が夜21時になった。ゴーンゴーンという音が鳴った。9回の音が終ると、その余韻が部屋に残った。その余韻が無くなり、部屋はまた空虚な時を刻んでいた。

 広川は、よしっと気合いを入れると、グループラインで何かを書き始めた。書き直しては、手を止めて、消したりした。途中書かないでおこうと考えなおしたりもした。まだ心に迷いはあった。突然メッセージを送るのって、変に思われないかと考えた。でも、英一の手紙を見ていると、そんな自分がちっぽけで、自分のことしか考えてないなって感じた。そうして没頭していると、いつの間にか、時計の音が10回鳴り響いた。そして、書き終わった文章を見直して、広川は送信ボタンを押した。


"みんな。毎日お疲れ様。仕事や家庭で忙しい中、頑張っていて。練習風景やメッセージのやりとりを見ていて。あーなんかすごいなって思って。仕事している人は、その仕事終りに、家庭を持ってる人は、用事を終えてから練習していて。時には、子供の声が聞こえてきたりして。なんかそんなことが微笑ましかったり。今だから言えるけど、ホントはこのグループラインにこんなことを書くのは、ないかなっと入ったときは、思ってた。少なくとも、ここのグループラインに入るまでは。

 グループラインでは、あんまり発言はしてないけど、みんなの発言や練習風景はみてたよ。だから、皆がどんな思いでここに来てるのか、知ってる。でも、僕にはその思いに応えれないと最初は思ってた。なんていうか、卒業してから長い時が経って、それでも、みんなが頑張っている様子を見てて、僕なんかが一緒にいるのが、本当に厚かましいとか、恥ずかしいというか、不釣合いだと思ってさ。ずっと、あーみんなすごいなって。頑張ってるよなって。俺もそうなりたいって。でも心のどこかで、踏み込めてなくて。でも、圓谷が残してくれた手紙を見たら、そんなことちっぽけなことだと思った。何より、どんな一日であったとしても、それがもがいて苦しんでいる一日であったとしても、圓谷にとってはもう二度と来ない一日を自分は過ごしていると思った。だから、今だけは短い間かも知れないけど、圓谷の人生の続きを生きるつもりで、 僕も今だけは、みんなと一緒に頑張ろうと思うから。今はこれだけしか言えないけど。本番まで、宜しくお願いします”

 そのメッセージを送り終わると、広川は、ボーっと机の上の写真立てを眺めた。そこには学生時代に撮った写真が飾られていた。当時中国語劇が終わった後に、関係者全員が映っていた写真だった。

 しんみりとした空気が流れた。広川は、その写真を見ながら、微笑んだ。写真の中の英一は、元気良く腕を挙げて、今にもその写真から出てきそうだった。皆も、やりきった様子で喜びに溢れた顔で、こちらを見ていた。

 その当時の広川も今とは違う位、活き活きとした顔だった。過ぎてしまった時間に、暫く呆然とした。あれから、もう15年も経ってるんだな…広川は一人呟いた。

 広川は、当時の語劇ノートを取り出した。もうぼろぼろになっていた。一部はノートの端が切れていた。そこには、中国語劇が始まる前の打合せの記録や毎日の練習内容や練習で起こった事が書かれていた。当時は、ただ記録用に残しておこうと始めたものだったが、こうして見ると当時考えていたことが思い出せる唯一の手がかりとなっていた。

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