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チーム語劇  作者: ガンベン
転換期
14/32

高川と越野の罠

 まだ18時だったが、既に外は暗かった。街灯の明かりが目立つ時間になっていた。もっとも、広川は下を向いて歩いていたので、その街灯の明かりにも気づかなかった。

 広川の心境は複雑だった。歩きながら、突然の及川の来訪と今までの経緯を考え、ふと立ち止まった。

 以前にも、同じようなことはあった。高川と越野に呼び出されて、提案書を提出した時に、ほめられたことがあった。普段は厳しい彼らが、その時だけは様々な褒め言葉を広川に伝えた。

 そして、その提案書を社内の全体会議の時に、発表するように伝えられた。広川は戸惑いながらも、嬉しそうに資料の準備をしてその日を迎えた。

 ただ、その日は広川にとって最悪な一日になった。発表が終ると、高川が話し始めた。

「広川君。よくこんな幼稚な案件を、みなの大事な時間を使って、提案できましたね」

 広川は耳を疑った。高川は、続けて言った。

「一見すると、よさそうに見える提案ではあるが、考えたら穴だらけだ。もっと問題点を解決できるアイデアを持ってきたらどうかね」

 そう言うと鼻で笑って、皆に大きな声で話しかけた。

「悪かったね。皆さん。私も、時間をかけて彼の提案書を見ていれば、みんなの時間をとらずに済んだのに。今後は、もっと私の方も気を付けて彼のような提案書に振り回されないように気を付けないとな」というと、笑い出した。周りの人たちも、それにつられて笑い始めた。広川は下を向きながら、手を握りしめた。そうすると、隣に座っていた越野が、広川の肩を強くたたき、言った。

「ほら、お前も謝れよ。こんな場所で皆さんの時間を無駄にしてしまいました、とな」

 広川は、上を向き越野の顔を見た。にたにたした顔をにらんだが、越野は、言った。

「なんだ。その目は。それが上司に対する目つきか」

「いえ、何でもございません。」

 悔しさに、少し押し黙ったが、立ち上がった。

「皆様、本日は私のつまらない話を拝聴して頂きありがとうございました。今後はもっと検討して提案書を書くように致します」

 そう言うと、椅子に座った。そして、その後も広川の提案書に対して厳しい意見が飛び、その度に広川は説明をしては謝り続けた。広川は呆然としながら、その場にいることが精一杯だった。会議が終了し、会議の参加者が広川の提案書を持って帰ろうとすると、高川が言った。

「そんなゴミは、ここにおいておけばいい。何の役にはたたないんだから、なあ広川」

広川は、悔しくて言い返しそうになったが、強く手を握っていった。

「はい。こちらで片づけておきますので、大丈夫です」

「ちゃんと、きれいにしておけよ。俺は先に行くからな」

越川は冷たく言い放つと、会議室のドアを強く閉めて、部屋の電気を消した。

 広川は悔しくて涙がこぼれそうになったが、上を向き我慢した。そして、暗い会議室に残っている書類を回収していった。提案書を回収しているうちに、身体を震わせては、涙を止めようとしたが、ついに我慢しきれなくなり、その場に崩れるようにして泣き続けた。そのドアが開いていて、誰かが見ているのにも気づかないぐらいに。


 広川は、それを思い出すと冷たい手のひらが熱くなるのを感じた。いつの間に握りしめた拳の先の爪が皮膚に突き刺さるほど握りしめていた。

 その他にも、営業先で高川や越川に罵倒されることもあった。ただ不思議なことに、他の課員からは、失笑があっても露骨ないじめはなかった。それが、広川が唯一救われたところでもあった。それでも社内の中では、不信感が強くあり、広川は孤立をせざるを得なくなっていった。心のどこかで、彼ら二人につながる人たちの事を信頼できなくなって、相談事もしなくなっていった。

 様々な嫌がらせや事前の打ち合わせと違う内容を会議で言われることはよくあり、それは広川にとってはまだ耐えれるものだった。しかし、皆の前で罵倒された提案書が越川の名前でグループ会社全体の最優秀提案賞をもらったと、半年に一度発行される関連会社の新聞に出ているのを見た時にさすがに悔しさと憤りがこみ上げてきた。広川は、全身の血が沸き立つように、思わず越川に詰め寄り強い口調で言った。

「越川課長の提案書のことですが、私の提案書とほとんど一緒ではないですか。あの時の会議の席であれだけ、私に足りない部分があると言っていたのに、なぜあれを出したんですか。しかも、越川課長の名前で」

 越川は冷静に黙って広川の言い分を聞いていた。そうすると、広川は少し冷静になり続けて言った。

「変わっているところもありますが、ほとんど一緒ですよ……」

「言いたいことは、それだけか、広川」

 越野は冷静に、言い返すと、広川は更に詰め寄るように言った。

「ええ。あんまりですよ」

「何があんまりなんだ」

「人の提案書を盗んでおいて自分の名前で、提案することですよ」

 その言葉に、越野は表情とトーンを変えて強い口調で話し出した。

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。広川君。君の提案書と私の提案書とは違う部分もあるし、全く一緒ではないし、趣旨も違うからな。たまたま同じような提案があって、それを出しただけさ」

 広川は黙り込んだ。

「君は何か勘違いしているんじゃないか。私が賞をとれたのは、自分の提案書がベースになっていたからだってな。だから自分が出しても同じようにこの賞がとれたかもしれないって。自分の力はそれに値するって」

 越野は立ち上がって、机を叩いて大きな声で言った。

「うぬぼれるなよ。広川」

 その一声は一際大きかった。フロアの仕事をしている人たちが、越野の部署を見た。

「お前には謙虚さはないのか。上司の俺が最優秀賞をとったことが、そんなにおもしろくないのか。お前はいつも自分のことばかりだな。おめでとうの言葉は、お前にはないのか」

 越野の迫力に、広川は慄いた。越野は、そう言い終わると、ふーと息を吸って、下を向いて、言った。

「それに、お前が同じ提案書を出したとしても俺と同じ結果は得れないことになっているがな……」

 越野の少しさびしそうな顔をした。そしてまた、広川を見ながらゆっくり言った。

「話はそれだけか。広川」

「は、はい。以上です」

 広川は複雑ではあったが、越野の意見も正しいのかもと思った。何より、越野の顔は明らかに寂しそうな顔をしていて、それが嘘だとは到底思えなかった。確かに、その提案書をじっくり見ると自分の提案書と違う点もあった。ただ、その何が違うから、大きな差になるかは良くわからなかった。

 その後も、同じようなことが何回か続いた。広川は次第に人を信頼すべきなのか、悩むようになっていき、どうせ裏切られるのなら、最初から信頼しないという心境に追い込まれていった。

 最初は会社にいる時だけは、そんな風に過ごすと決めた。そうしたら、気持ちは楽になった。信頼するから裏切られる。誰も信頼しなければ傷つくこともない。そう思うと楽に仕事ができるようになった。しかし、少しずつ言いようのない違和感を、広川は覚え始めるようになった。

 まず、今まで友達づきあいがあった地元の親友との仲もぎくしゃくし始めた。会社だけでふて腐れた対応をしていたのが、何時の間にかプライベートでも現れるようになり、影響が出るようになった。最初は、広川の愚痴を我慢強く聞いてくれていた仲の良かった友達も、少しずつ広川から離れるようになった。

「なんか、変わったよね。広川君」

「お前と話をしてても、愚痴ばっかりで。おもしろくないよ。何ていうか、夢がないんだよね。そんな話聞いてる俺たちの身にもなってくれよ。全く」

 仲の良かった友達の言葉が傷口に深く染みた。なんでわかってくれないんだよ。広川は心底そう思った。少しずつ周りとの空気感にもついて行けなくなり、まともに話をしようと思うことも無くなって行き、プライベートでも孤立していくようになっていった。

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