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チーム語劇  作者: ガンベン
転換期
12/32

苦しんだのは君だけじゃないんだ

 及川たちは、広川を追いかけようとしたが、足を一度止めて商談室に戻った。越野はため息をついて、及川に言った。

「私の伝え方がまずかったですかね……。ありのままを伝えたほうが良いと思ったのですが、今の彼にはまだ早かったのかもしれないです」

「いえ、遅かれ早かれ、この事実を知る時が来るのですから、越野課長が伝えたことに間違いはないですよ。私もフォローが足りずに申し訳なかったです」

 二人は顔を合わすと、息を上方に向けて吐いた。そして指で机をポンと叩いた。気まずい雰囲気がしばらく流れた。越野がぽつりと話し始めた。

「広川がここに来たこと今でも覚えていますよ。全然ここの仕事もできないのに、何でも質問して。食らいついていくっていう表現が本当に似合う感じでした」

「ええ、それは本社にいた時にも同じでした。私に対しても、それは変わらずでしたよ」

 二人はまた顔を見合わせて、笑った。

「その彼が、大分時間がかかりましたが、無力感に陥るのを見ていて、内心は安心しましたが、私自身もやりきれなく思うこともありました。高川取締役も表情や口には出しませんでしたが、恐らく同じ気持ちだったと思います」

「辛い役でしたね……」

「ええ、人を追い込む役がこんなに苦しいと最初から知っていれば、初めから受けなかったですよ。及川さん」

 越野が下を向いて笑うように言った。越野の肩に手を置いて、及川が言った。

「でも、良かったじゃないですか。広川があんな風にまだ元気なのも、越野さんが状況を見ながら完全には腐らないように配慮してくれてたから……」

「最近はね。でも彼も、社内で無視されたり、質問をしてもはぐらかされたり、成功しても何も言われず、逆に失敗したら皆の前でこけおろされて……そんな仕打ちをされたら、落ち込みたくなりますよ……」

「え、そうだったんですか…私が昨日ここに来たときも、ふてぶてしい態度で、表現の仕方は変わったけど、本質は変わっていないというか、それで安心していたのですが」

 越野は少し間をおいて言った。

「ええ、それもここ2か月位の話です。東京にある取引先に商談に行って、それから少しずつ姿勢や態度が変わり始めて。それで不思議に思って、その取引先にも連絡してみたのですが、特に何も変わった様子もなかったし、淡々とした感じだったというんです」

 越野は、少し笑った。

「最近は、あのような喰らいついてくるような感じで、でもどこかまだ無力感に覆われてる感じで。私にとっては内心、嬉しくもあり、自分の追い詰め方が甘いのではないかと反省していたんですよ」

 越野は目元を手で押さえると続けた。

「だから、今回の話が来たときに、そう及川さんが広川と話をしたって聞いた時、心の中ではやっと解放されるって思ったんです。もうこんな役をしなくてもいいって」

「そうでしたか」と及川は越野の顔を見ることが出来ずに下を向いて話し始めた。

「私も、この5年間、彼とは離れて生きてきました。だから、彼がどれだけここで悩んで、苦しんだのかは、知る由はないです。でも、私は彼にとっては良かったのではないかと思うんです」

 及川はそういうと、やっと顔を上げて、越野の顔を見た。越野の眼には、うっすら光るものがあった。そして、話を続けた。

「彼が、残念ながらこういう立場に追われたのは、彼の良さでもあり、彼の行き過ぎた面があったと思うんです。だから、もしあの時、白石常務とぶつからなくても、いずれ誰かとぶつかってしまっていたと思います。彼にとって、こつらい時間になってしまったかもしれないですけど、きっと彼ならこれを成長の為の薬だと思って、乗り越えてくれると思います。そうでなければ、朝田社長が彼を守ることもなかったと思います」

 及川はまた越野を見て、力強く言った。

「大丈夫ですよ。時間が経てば、きっと彼もわかってくれると思います」

「ええ、そう信じています。彼なら大丈夫ですよね。及川課長」

 二人は自分に言い聞かせるように、強くお互いに話し顔を見つめた。

 そうすると、緊張の糸がきれたのか、急に商談室にあった時計が、越野の眼に映った。

「あ、もうこんな時間ですか」

 時計の針が既に11時を過ぎようとしていた。

「かなり話し込んでしまいましたね。もうそろそろ、本社に帰らないといけないので、それではここらへんにしておきましょう。

「ええ、今日はどうもありがとうございました」

「こちらこそ、私の肩の荷も下りました。越野課長もこれからしばらく大変になると思いますが、お気をつけて下さい」

 越野は表情を崩して、言った。

「はい。また何かあれば連絡させて頂きますので、どうぞ宜しくお願いします」

 そういうと、二人は商談室を出た。そして、越野は及川を玄関まで送り、お礼をした。

「お気をつけて」

 及川は一礼して、それから玄関を出て行った。そして数歩歩いてから、また後ろを振り返り、越野の姿を確認すると、深深とお辞儀をした。

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