第3話(マッハサイド)
目をつぶったハールが次に目を開けてみると、そこは雨の降っているオートポリスレイクサイドコース……では無かった。
「あ……あれっ?」
目の前に見えたのは視界一杯に収まり切らない程の広さを持っている花畑。
しかも雨が降って居た筈なのに晴れている。
時間帯は昼間と言う事で変わっていないのだが、明らかに自分のこの状況は異常だ。
しかも今まで手にはめていたレーシンググローブ、それから頭に被っていたヘルメットが無い。
それは隣で倒れた状態から身体を起こそうとしているアレイレルも、どうやら同じ状況であると言う事が分かった。
レーシングスーツはただの走行会なので必要無いかと思い、普段着の長袖長ズボンのままだったので服装に関しては違和感が無いのだが……。
「な、何だここは?」
ハールが英語でそうつぶやき、アレイレルもそれに答える。
「まさかあのクラッシュで俺達、秘密の花園に来たって訳じゃ……」
「秘密の花園!?」
「いやそんなびっくりする事でも無いんじゃないの……か……」
別にそこまで大声を上げる必要も無いだろう、と言いたかったアレイレルの視線が固まる。
その視線の先に一体何があるのだろう、とハールも視線をそちらの方に向けてみると、そこにはこの秘密の花園(?)よりも更にメルヘンチックな光景が2人を待っていた。
「……お、おい僕達なんで囲まれてるんだよ?」
「俺に聞かれても困るが……どうやらこれは只事では無いらしいな」
ハールの疑問にアレイレルが冷静な口調で返すその視線の先には、推定全長30cm位の2足歩行のウサギ……にしては何故かしっぽが無い生き物の姿が。
更にそのウサギみたいな生き物と対抗している様な状況を作り上げているのは、一目見て更にメルヘンチックな雰囲気を醸し出しているのが丸分かりな妖精……みたいな生き物だった。
手には槍みたいな物を持っていると言う事は、どうやらこの妖精とウサギ達が争っている所に自分達が飛び込んで来てしまったらしいとハールとアレイレルは何とか理解した。
……余り理解したくも無い状況なのだが。
それにしても一体ここは何処なんだ? 2人の疑問は尽きない。
(僕達は特定の宗教を信仰している訳では無いんだが、これはあれか? まさかキリストで言われる所の「主の御使い」の天使の類なのか?)
それにしてはこの状況は一体何なんだ。
まさかこんなバトルロワイヤルが行われている様な場所がこの世からあの世に来てしまった、いわゆる天国とか言う場所なのだろうか?
「……一体ここは何処なんだ? 何がどうなっているんだ?」
足の裏に感じる花の感触。
ビシバシと感じる驚きと怒りと憐れみと悲しみがミックスされた、まさに「どうしようも無い」状況の時に感じる複雑な視線。それも複数。
(これは何か? 僕達がゲラウェイすれば良いのか?)
少し「get away」のスペルが間違っている様な気もするがそこは気にしてはいけない。気にしたら負け。働いたら勝ち?
するとその時、ハールの目の前に居る妖精の1匹が怒りの表情で口を開いた。
「出て行け! ここからさっさと出て行け!」
「……ああ、これはやっぱりゲラウェイなんだ。僕達はゲラウェイさせられる運命なんだよ」
「させられる側ってどう言う事だよ」
アレイレルの冷静な突っ込みがハールに入るが、そんな2人のやり取りを見ていた妖精達は2人が退散しない事にますますヒートアップしたのか一気に集団で襲い掛かって来た。
「出て行け!」
「そうだ、出て行け!!」
「うわ、ちょ、ちょっとま……」
「出て行け!」
しかも小さい身体を利用して手に持った槍みたいな物で身体中を突き刺したり、髪を引っ張ったりして来る。
痛いしうざいしくすぐったい。
塵も積もれば山となる。意味は違うと思うけどちょっと合ってるかも知れない。
窮鼠猫を噛む。やっぱりこっちの方が合っているのかも。
何処か冷静な頭でそう考えながらも、アレイレルは天使(?)、もしくは妖精(?)達に言いたい事があった。
「集団で寄ってたかって卑怯だとか思わないのか? まさに外道だな!」
この攻撃どう? とか聞かれても邪道、外道、非道のトリプルコンボとしか思い浮かばないのが現状です。
(マジで脱する5秒前。言う通りに出て行くからツンツンすんな。ムカつくんだよ!!)
冷静なアレイレルだって人間。
ムカつく時もあれば切れる時だってある。
とうとう心の中で何かが切れてしまったアレイレルは、着ている緑のジャンパーのファスナーを下ろして腕も抜き、襟首の所を持ってブンっと振り回す。
そのジャンパーは妖精達を大量に包み込み、それを確認したアレイレルは腕の部分を紐代わりにグルグルギュッギュッと縛り上げてしまった。
ジャンパーの下からは「出せー!!」だの「開けろー!!」だの聞こえて来るがアレイレルは地面にジャンパーを置き、反省するまで出さないと決めた。
「ちょ、ちょっとアレイレル、幾ら何でもやりすぎじゃあ……」
「人の話も聞こうとせず、集団でいきなり襲い掛かって来る連中だぞ。俺達だって入りたくてここに入った訳でも無いんだから、しっかりこの状況は説明して貰わないと」
冷静に淡々とした口調でそう言うアレイレルだが、相当怒っているのはハールにも理解出来た。
このままでは埒が明かないので、ハールは妖精達とのバトルロワイヤルでボロボロになってなっているウサギ達に目を向けて口を開いた。
「え、ええっとそれじゃ状況説明してくれないかな?」