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第2話(天界サイド)

 世界は陰と陽の二つの要素によって成り立っていた。生命を生み出し続ける白き陽と、すべての生命を摘み取っていく黒き陰である。たなびく龍の交わりにより、大地が誕生したと伝えられていた。

 人々の営みはせわしなく、伝承はたやすく失われる。だが、それでも細々と語り継がれるものはある。誰が名づけたのかも定かではないこの世界はインキュナブラ、すなわち揺籃ようらんと呼ばれていたのだった。生命を育む「ゆりかご」と。



 インキュナブラ大陸は、鳥瞰するとまるで骨盤のような形をしている。

 左右に張り出した大きな骨を腸骨と言うが、ちょうどその左上端に凍土が、右上端に火山がある。

 腸骨をつなぐ仙骨の作る丸みは、この大陸では湾になっており、巨大な水棲生物たちの楽園だ。

 このように、生息可能区域の狭い大陸では、地上に生きる生物たちは、快適な土地を求めて争うことになる。

 いったい誰の差し金か、それともこれは恩恵なのか、尻尾を捨てた動物たちは二本の足で立ち上がり先祖とは異なった形態を持つに至った。

 前足は道具を使えるよう進化し、その体躯は肥大化していった。脳もまた変化し、他の種とも意思の疎通ができるように言葉というものが扱えるようになっていった。


 言葉は理を生み出し、理は制約を、そして手を使わずに物を動かしたり、想像した通りに自然物の姿を変えさせたりといった便利な能力を発現させた。すなわち、魔法である。

 様々な種がヒトとして新たな一歩を踏み出す中、猿から進化した者たちだけは他の種族との協調を拒絶した。

 身体的な面で劣るが先を見通す知性に優れた彼らは、爪や牙を持ち強靭な肉体を備えたヒト族を恐れたのだ。

 猿から進化したヒト族は、魔法を操るすべにもまた長けていた。やがて来たるべくして起こった勢力争いで、魔法を隠し持っていた猿のヒト族は他を大きく突き放して勝利を得た。

 そして、自らを人間と称し、今もこのインキュナブラ大陸のヒト族の頂点に君臨している。


 争いに負けたヒト族は、散り散りになることを避け、同じ種族で固まって棲み分けることにした。ひ弱な人間たちの住めないような土地に居を構えたのである。それも今は昔の物語。人間たちは過去を忘れ、自分たち以外の二足歩行の生物を亜人、もしくは獣人と呼んでさげすんでいる。

 人間の数があまりにも多いため、他のヒト族は今までその立場に甘んじてきたが……事情は変わる。

 月が赤く輝く時代、地上は陽の気にあふれ、生命がひしめきあうようになっていった。火山は勢いを増し、魔物が生息圏をおびやかす。

 そしてその生命の奔流が頂点に達するとき、この世界を焼き払う炎の竜が目を覚ます。

「そうなる前に、少し遊ばせていただきましょうねぇ。巧くやってくれれば、終焉を回避できるかもしれませんし……ふふふ、楽しみです」

 闇色の瞳を輝かせて、青年が嗤った。



 インキュナブラ大陸に抱き込まれた湾の右上は湿地帯だ。そこを東へ行くと草原が、南へ下ると乾いた大地が広がっている。

 この辺りに住む種族はいくつかあるが、互いに共存共栄を旨とし、平和に暮らしてきた。交易が盛んだが自治がうまくいっており、いさかいが大きな戦争の火種になるようなことはない。一種の緩衝地帯と言っても良かった。

 そこから馬のだく足で一日ほど東へ行けば、世にも美しい花畑が広がっている。そこは妖精の女王が治める国で、妖精たちに認められたものしか入ることができない、禁足の地と言われていた。


 二足歩行の兎に良く似たラディクス族のキャロッテは、いつかその花畑でお昼寝をするのが夢だった。

 もちろん、そんなことが許されるはずはないのだけれど。

 なぜならキャロッテはまだこどもだ。もう母親のエプロンにしがみついているような年ではないけれど、そんな遠くへの外出なんて、口に出しただけでもやんわりとたしなめられてしまうだろう。いつか素敵な恋人ができたら、連れて行ってもらえないだろうかと想像することくらいしかできない。

 だから、まさかその妖精族の花畑に行くことができる日がこんなにすぐさま訪れるとは思ってもみなかったのだ。それも最悪と言っていい理由で、だ。


 キャロッテたちは追い立てられていた。大きな角のヘラジカを祖とするシルヴァ族の戦士たちによって、武器で、角で、追い回されて、とうとう立ち入り禁止の花畑まで来てしまったのだった。

 ひなげしの花よりも背丈の低い妖精たちが、侵入者を撃退しようとラディクス族たちに襲い掛かる。

 必死の弁明も空しいだけで、何の効果もない。キャロッテの父たちも応戦するしかなかった。

 妹たちと身を寄せ合って頭を低くしていたキャロッテの目に、そのとき、不思議な光景が映った。

 争いのさなかである。キャロッテたち以外は誰もそれに気づかなかったかもしれない。

 突然、景色が絵画に刃を入れるようにして裂け夜闇のような色の穴から、見たこともない格好をした二足歩行の何者かが飛び出してきたのだ。


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