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第10話(天界サイド)

 こちらから行く、とは言ったが、ハールは攻めあぐねていた。なにせ向こうは二メートルの高さに浮いているのである。ハールの身長は百八十九、白人としてはそこそこ恵まれた体格をしているが、そんな高所にいる相手を引きずり下ろすには少し工夫が必要だろう。


 事実、勢いをつけた跳躍からの蹴りは有効打にはならなかった。確実に足元を刈ったと思ったのに、まるで柳に風と受け流された。麗筆と名乗った青年は何かに乗っているわけではなく、本当に浮いているというわけだ。


 しかも何やら魔法を使っているらしい雰囲気である。それがハールには何をしているのかすら分からないのが難点で、何も不利益をこうむっていないことが僥倖だった。


 ざっと観察したところ、ひょろひょろとした外見から察するに運動の不得意そうな男ではある。高低差の利が向こうにあったとして、不意をついて今度こそ足にかじりついて引っ張るとか、いっそのこと脳天を揺らして気絶させてやれればいい。


 そうなると勢い余って殺してしまわないかが懸念材料になる。已むを得ずとはいえ人殺しはしたくない。だいいち、この魔法使いにはまだ聞かなければならない事があるのだから!


(厄介な……! クソ、どうする?)


 アレイレルは最後に残った一番強そうな鹿男と対峙している。

 おまけにここは何の障害物もない草原だ。


(好機を待つしかない……か)


 瞬時にそう判断したハールは無言で麗筆へと距離を詰め、足首を狙って手を伸ばす。もちろん、これは相手の出方を狙ったフェイントだ……だが、ひとたび裾にでも引っ掛けることができれば、麗筆の体勢を崩せるくらいの力は、いや、必ず一撃見舞ってやるという気迫がこもっていた。






 ハールは麗筆のことを「かつてなく珍妙な相手」だと思っていたが、それは麗筆も同じことだった。陽の気を集め炎にし、弩のごとく放ったが、確かに青年の胸に当たったはずなのに何の効果も現さない。そう、打ち消されたのでもなく、避けられたのでもなく。そもそもそこに誰もいないかのようにすり抜けたのだ!


 不思議なのは【火条】に貫かれた青年の態度である。目で追えるくらいにスピードを調節していたにもかかわらず、彼はそれを見なかった。自分に効かないことを知ってわざと受けたのではないだろう、彼の目には怯えも気構えもなかった。


 どんなに訓練を受けたとしてもまともな人間であるなら、「ぶつかる」物が見えているのを何もないように演じることはできない。表情、体の動き、発汗、呼吸や脈拍……それらを完全にコントロール下に置いていたとしても、麗筆にはオーラとも言うべき感情の揺らぎや精神の強弱が見える。いくら超人といえ生きている以上、そのブレまでは誤魔化せない。


 であればやはり、「見えていない」のである。


(知覚できなければ魔術は肉体に作用しない……? そんな馬鹿な。ぼくが知覚し、ぼくが望む以上、すべての事象はぼくの支配下にある。だというのに、なんです、この違和感は……! 面白い! ちょうど二人いることですし、片方が死んでも問題ないでしょう。軽く実験してみましょうか)


 高速で繰り出されるハールの手を掻い潜りながら、麗筆は嘲笑うように言う。


「ふ、蹴りはもう繰り出さないのですか? 次は別の術を試してみましょうねぇ……【影縛】!」

「キックが欲しけりゃくれてやるさ!!」


 陽の気が駄目なら陰の気で、ハールの影を支配下に置いて動きを封じようとした麗筆だったが、その術もまた効果を発揮しない。ハールはとんぼを切るような形で一瞬だけ手のひらを地面につけ、勢いよく麗筆に蹴りを繰り出した。二撃、三撃と足の骨を砕くつもりで踵を叩きつける。麗筆はもちろんガードができるはずもなく、受身に甘んじるしかないのであった。


「くぅっ……小癪な! もういいです、この一帯すべて焼き尽くしてやります!」

「げっ!?」


 さすがのハールもこれには驚いた。ハールに、おそらくアレイレルにも効果がないのでそれは良いとして、一帯とはどのくらいの範囲を指すのだろうか。その辺にはアレイレルに股間を打ち砕かれた鹿男どもが転がっているし、ラディクス族のこともある。なんとかして止めなければならないが……手段がない!


 その時、背丈の低い草むらから飛び出してきた白い影があった。それはハールの頭上をはるか高く跳躍して、麗筆の顔に貼りついた。


「なっ!? なんです、この、もこもこは!?」

「キャロッテ!?」

「この、悪者ぉ!」

「痛っ!? ええい、離れなさい! 噛むんじゃありません!!」


 果敢なラディクスの少女は、どうやら麗筆の頭に文字通りかじりついているようだ。


「勇者様、早く!」

「けど……!」

「ハールさん、どうか、我々を踏み台に!!」


 いつの間にか彼らの足元にはたくさんのラディクスが集まっており、スクラムを組むようにしてハールにその身を差し出していた。この頑張りを無下にはできない……第一、いつキャロッテの身に凶行が及びかねないのだ!


「恩に着る!」


 ハールは少し離れた位置から助走をつけて、彼らを踏み台に飛び上がった。


「キャロッテ!」

「はい!」


 ウサギの少女が合図を得て飛びのいた後、麗筆の目前に迫るのは、今度こそ高さの足りた回転キックだった。






 決着がついたのはハールたちの方が早かった。とはいえ、麗筆自身が持っていた、魔法使いの魔法を封じる鉄の輪をはめて彼をぐるぐる巻きにし終えた直後のことだったので、助太刀に行く余裕などなかったわけだが。


 アレイレルが首をコキコキ言わせながらラディクスたちのもとに戻ってくると、ウサギたちは歓声をもって彼を迎えた。


「それで? ウサギを村から追い出して、妖精たちを攻撃させて、どういうつもりだったんだ?」


 返答次第では追加の攻撃も辞さない構えでアレイレルが凄むと、仏頂面の麗筆はぷいと真横を向いて反抗した。


「コイツ!」

「まぁまぁ……」

「俺はコイツのせいでひどい目にあったんだ。うぅっ、まだ骨がミシミシいう……!」


 アレイレルは顔面強打で鼻から出血していたのだ。もちろん、アレイレルの相手をさせられた鹿男たちもひどすぎるくらいの目にあっているわけなのだが。


「ぼくはこの世界のために働いていたにすぎませんよ……」

「はぁ?」

「この世界は滅びに向かっている……生命があふれすぎ、陽の気が行き場をなくして暴走しつつあるのです。だから、妖精郷をこの世界の層から排除しようとしていたのですよ」

「その割りに……」

「まぁ、そのついでに寒冷地に住む種族を灼熱の大地に放り込むとどうなるかの実験をしていたのは事実ですけどね」

「愉快犯かよ!!」


 マッドサイエンティストのようなことを平然と言い放つ麗筆。やはりもう二、三発殴っておくべきだろうかとハールが真剣に考えていたとき、麗筆が思いも寄らないことを言い出した。


「さて、招かれざる客人たちよ。ぼくとしては、貴方がたのように理由もなく勝手にやってきたマレビトを送り返す義理などないわけですが。そもそも、ぼくの知らない場所から来た貴方がたを帰らせるのに即座にとはいきません」

「………………」

「………………」

「しかし、貴方がたがこちらへ来たことによって、溢れすぎた陽の気を目標数値まで減らすことができた。しかも、いかなる生命の犠牲もなしに……。これは快挙です。ですから、本来なら貴方がたがどうなろうが知ったことではないのですが、送り返せばさらなる減少が見込めるのですから、そうするのにやぶさかではありません」

「……まどろっこしい言い方はよせよ」

「つまり、送り返して差し上げてもよろしいのですが、それには条件があります。“扉”を開く鍵は、記憶。貴方がたはここへ来る直前の出来事を思い出せますか? それができなければ、いくら世界最高の魔術師であるこのぼくにも“扉”を開くことはできませんよ」


 黙りこくるアレイレルとハール。その表情を見て麗筆は人の悪い笑みを浮かべていた。

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