ファンタジー物語の開幕は酒屋にて⑧
楽しんでってくれ!!
あと、コメントほしい!!
(……何故だろう。私がここで、こうして従業員として労を尽くしている間にも、汗と共に大事なイベントを逃している気がする。……すっごく、損している気分)
併せて尊厳も傷物になっているのだが、外聞なんてものに囚われないのは彼女の長所であった。
キャスタリア家はこれでも名家であり、貴族である。だが、アルの人間性がこれのせいか、意外と知られていない豆知識程度として談話に花を咲かせるほどの効力しかなかった。
(……さて)
気を引き締めなおす。なにも、やむを得ずココでタダ働きをしているのではない。いざとなればトンズラだって吝かではない。彼女は腐っても秀才。何の策も無しにダラダラと労働に励むほど凡人的思想の持ち主ではなかった。
大味の料理をプレートに載せ、あるテーブルに赴いた。酒屋の奥で、あまり目立たない席だ。そこにはアルと同じ年ぐらいの少年が座っていた。
胸にチラリと見えた銅版。同業者だ。
「待たせたな。イカ墨サラダだ」
「……頼んでない」
「奢りだよ。『雷』を霧散してもらった借りがあるからね」
「……気づいていたのか」
少年は改めてアルと目線を合わせる。整った顔立ちではあったが、これといって特徴のない平凡な印象を受ける少年であった。
だが、間違いない。彼が、異変の正体だ。
「魔法障壁の気配はまるでなかった。だが、私の魔法が何らかの阻害を受けたことは確かだ」
「……」
「メアル……あのナンパされていた方に間違えても怪我をさせないようにと威力を弱めたが、まさか威力が弱すぎたせいであの不審者に握り潰された訳でもあるまい。あそこまでの完璧な妨害を、私は魔法障壁以外で見たことがない」
「……で、なぜ、俺なんだ?」
「あの場で一人、何もしていなかったからだよ」
「飯を食っていた」
「それだよ。あそこまでの乱痴気騒ぎに何の反応も示さなかった。君も冒険者であれば、私の詠唱時点で逃げ出すのが本来正しいのだよ」
「……」
少年は口を紡ぐ。なるほどな、といった表情のまま、アルの話を聞く。
「率直に聞くが……あれは君の『天啓』かね?」
少年は黙ったままであった。
『天啓』とは、神より天賦された人ならざる権能である。
それは先天的に授かるものであり、顕在化された才能と呼べる代物だ。
唯一無二の才能。能力は多岐にわたるが、一部の例外を除き、自身の手足のように扱える。条件を満たし次第、効果が発動する。
その天啓を用いて、自分の魔法を防いだのではないか、とアルは疑っていた。
「話したくないのであれば、それでもいい。だが、ノーモーションで、この効果だ。興味深いと思ったまでだよ。それに、あんな手品、魔法使いにとっては天敵もいい所だ。コンタクトぐらい欲しいな、と思ってね」
「……いや、別に必死になって隠すようなものでもない。知られたとこれで対策が出来る能力でもないし、それに、いくつかある内の一つだ」
「……他にもあるのかね。それも複数個」
「そうだが。……それがどうした?」
いや……。と曖昧な返答を残し、アルは考え込む。
天啓は一般に発現するだけでも稀有なものとされていた。しかも、即時に魔法攻撃を無効にするなんてぶっ壊れな性能の可能性がある代物。ブラフでなければ、同レベルの天啓をまだ複数個保有している、とこの少年は言っているのだ。
絶対的な基準ではないが、一つ発現すれば神童と呼ばれ、二つ、また三つとあれば時代の英雄候補として崇められるものが、天啓、である。
戦慄ものだ。まさか、こんな少年が。
これで銅版か、危なかった。世間知らずの間に情報を掴めたのは僥倖だったな。暫し、同業者同士でも抗争が起こる界隈だ。相手のポテンシャル、主に天啓の情報は握っておいて損と言う事はないだろう。
無いとは思うが、今時の冒険者は皆、こうヤバい奴がうじゃうじゃいるのだろうか、とゾッとしない考えが脳裏をよぎったが、まぁその時は潔く隠居しよう、とアルは心に決めた。
「……そういえば、名前を聞きそびれていたな。私は、アル・キャスタリアだ」
「ユウキ・ナオ」
「そうか。ふっ、まぁ、私は冒険者としては先輩だ。わからないことがあれば何でも聞きたま――」
「おい、おいおいおい。新入りよぉ。油売れるとはたいそう暇そうじゃねぇか」
先輩面崩壊RTAの最速記録はおそらく彼女で決まりだ。
「……待ちたまえよ店主。接客は店員として当然ではないか。それに、私は新入りじゃない……待ちたまえ、待ちたまえよ。その振りかざさんばかりの拳でいったい何を?」
今日一番の轟音が店に響く。王都クラメスは平和であった。
次回・そろそろ冒険始めます。