ファンタジー物語の開幕は酒屋にて⑦
前回参照。
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王都クラメスの夜は燦然と輝いていた。上京したての頃は、夜が夜じゃないようで、落ち着かなかったのを憶えている。
昼の活気とはまた別の夜の匂いという物がある。魔力の供給が持続化したことによって建てられた魔灯は、『夜』を削った。
彫刻という美術の素晴らしさを滔々《とうとう》と語れる程、胸に刺さる作品あった訳でもなければ、知悉に富んでいる訳でもない。ただ、何と無しに寄った美術館で、『おしゃべり厳禁』と書かれた看板を前にその美術品とやらを眺めていると、なんとなくこんなことを思った。
元を辿れば何の変哲もない石ころが、どうしてこんな価値を放つようになるのだろう、と。
きっと、あの時、隣に居た子ども料金入場ヤロウに答えを聞いていれば、聞いてもないことまでベラベラとわかったような風な口で話し始めるだろうが、その光景を思い浮かべるとムカムカしたのでやめた。
作者のブランドか、長い歴史の背景か、はたまたこれこそがザ・美術ってやつなのかは私にはわからない。ただ、削ったことによって生まれてくる何かがある、そんな現象を、なんとなく、面白いと思った。
この夜も同じなのかもしれない。たぶん。知らんけど。
途方もなくどうでもいい事だが、岐路の途中で眠ってしまったフィールをおぶりながら、隣で歩くメアルとの会話もなくなり手持無沙汰になってしまっていたマケルルは思想に耽るぐらいしかやることがなかった。
そろそろ、メアルの部屋のある学生寮に到着する。
王都クラメスは内陸随一の大都市であり、また、内陸の統治のための行政機関が集中、一括に管轄している王宮が存する行政区である。
王宮周辺、そして王都クラメス周辺と、ぐるりと円を描き二重の城壁が囲っている王都一帯は不滅の象徴であり、不落の築きだ。
東西南北それぞれまるで異なる文化で発展している王都クラメスは、特に北南の差異が激しく、貴族や学生、俗に上級国民が北、そして一般市民や冒険者、貧民層、遊女の下級国民は南に集まる傾向があった。
つまるところ、冒険者ギルドの立地の都合もあり南側にあるハウスで寝食を共にしているマケルル、フィールと、学生寮のメアルとでは帰路が異なるのだが、あんなことのあった後だ。
近くない距離ではあったが、別に四の五の文句を垂れるほど遠くだってない。いや、冒険所業で土地感覚がマヒっているだけかもしれないが。ともかく、メアルが安心して帰れるよう二人は同伴した。
結局、お姉ちゃんは何をしに来たのだろうか、なんて疑問は特になかった。会話こそ少なかったが、久しぶりの姉妹水入らずは充実していた気がしたから。
「……送ってくれてありがとう」
よく言えば歴史があり、はっきり言えば古めかしい、そんなレンガ造りの学生寮、そのアーケード状の門の下で、メアルは笑みを浮かべながら礼を述べた。
はにかんだ時のえくぼは昔っから変わってないなぁ、なんて思ってしまう。
「うんうん、別に。……久しぶりだったけど、元気そうでよかった」
「まぁ、ね。寮と図書館と研究室を往復するだけの日常だし、冒険者のマケルルと比べれば、優雅でお淑やかな暮らしよ」
ははは、とマケルルは南側とは打って変わって清閑な夜の街に響かない程度に笑った。確かに、冒険者業の人間に体調を気遣われるのはきっと変な感じだろう。
「あのさ……」
どうも、メアルの様子がおかしい。小首をかしげるマケルル。情緒の上がり下がりの激しい姉であるが、こう、弱弱しい、というより女々しい姿はあまり見たことが無かった。
どうしよう。私、結婚するんだ、なんて言い始めたら。男の方を一発殴らないと。妹として、殴っておかないと。あぁ、でも同性愛の可能性も。……まぁ、殴ろう。うん。男女平等ってやつだ。
だが、そんなサプライズ告白なんてこともなく、メアルは下を向いたままマケルルの裾を握った。甘えん坊さんかな、なんて思ったが、そういったノリでないことはわかったので黙っていることにした。
「……おめでとう」
メアルはマケルルの手に包装された箱を握らされる。
……驚いた。
「金版、王様から賜ったんでしょ?……すごいね。頑張ったね」
「……これ、くれるためにわざわざ酒場まで?」
「はじめはハウスで渡そうって思っていたけど、明かりがついていなかったから。別の日でも良かったけど、フィールを見つけて。尾行しちゃった」
「アグレッシブな姉だなぁ」
「……正直、金版の凄さって、周りからは熱弁されるんだけどよくわかんなくて」
わかんないかぁ、と思いながらも、自分もあまり現実感が無いので「そうだよねぇ」と感嘆っぽいのを呟く。
「あぁ、でも……いや、なんとなく?わかる気もするか、ら?」
「お姉ちゃん、学生なら自分の回答に自信を持って」
「……専門外な事をさも物知り顔で語るのは、大衆の反逆とそう変わらないと思う。それは学問に身を置くものとして恥ずべき行為だわ」
大衆の……?え、なんて?
急なインテリ語を使わないで頂きたい。言葉は伝わってこそって、昔の偉い人が行っていた気がする。誰かは、忘れたけど。たぶん、大陸の人。
「……まぁ、ともかく」
仕切り直すメアル。
「……頑張ったね、って言いたくて」
……あぁ、これは。何と言うか。
マケルルは俯く。確かに、恥ずかしい。穴があれば埋まりたくなるようなものではないが、川があるなら溺れたい感じだ。
羞恥の牢獄に囚われ、しばらくその場を動けなかった。ただ、やはりなんとなく、恥ずかしさに混じって口端を上げたくなるような感情にも燻ぶられた。
16歳の少女は、金版冒険者と呼ばれる名誉ある階級に就いた。妹が王に謁見し、称号もさずかった。誇り高い事だ。メアルもただ純粋に、凄いと思った。
だけど、まだ、この子は子どもだ。少女真っ盛りの女の子なのだ。
手を繋いで歩いていた頃から、そう時間は経っていない。泣きじゃくっていた頃から、まだ成長と呼べるほどものがあったかもわからない。
それを、おそらく何処の誰よりも知っているのは、冒険者としてのマケルル・ベルモットではなく、『家族』としてのマケルル・ベルモットと接してきた彼女なのかもしれない。
下を向く彼女の頭を優しく撫でる。気持ちよさそうな態度をおくびにもださないマケルルではあったが、かといって払おうともせず成されるがままにジッとしていた。
ウイやつめ、とメアルは両手で髪をクシャクシャにした。流石にそれは嫌がられた。
次回・……アルさんへぇ。