ファンタジー物語の開幕は酒屋にて④
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「お~い、姉ちゃん。可愛いねぇ、こっちで一緒に呑まねぇかぁ?」
メアルの首筋に毛深い腕がのしかかる。ヒッと、メアルはびっくりした小動物のような声を上げる。このような手合いに耐性が無いのだろう。
学生街は王都でも貴族の住む貴族街に近い場所にある。治安の行き届いた場所なのだ。故に、『輩』と呼ばれる人種はいない。
これはメアルにとって、初の、ナンパである。
「いいじゃんかよぉ、ちょっとそこらの茂みでバッコシやらな~い?」
かなり最低な言語を使うナンパヤロウは身なりからして冒険者だ。同業者の、それも金版の相席者にもかかわらずこのような狼藉を働く者は大抵、新米か、馬鹿か、手に負えない酔っぱらいである。
目の前にいる変態は、おそらくそれらすべてを網羅する圧倒的な不審者だ。
「……はわわ」
かぼそく声を上げ、混乱していることが手に取るようにわかるメアル。だが、マケルル含め、アル、それにフィールも、こういったならず者への対処は心得ていた。
「……あのさ、その人、私たちの大事な人なんだ。……離してくれないかな?」
じゃねぇと殴り殺すぞこのヤロウ、と川柳も真っ青な語気でマケルルは冒険者の眼を見た。季語が入れば風流が出るのだろうか。知らんが、それはおそらく血生臭くて詠めたもんじゃないと思う。
店内で暴れ回るのは本望ではない。
だが、やらないとは言っていない。フィールは邪魔にならない位置で待機し、アルも腰の短剣を引き抜こうとしていた。
「アンタらも気持ちよく飲みたいだろ?……ここらで手を引いてくんないかな」
「……おうおう、お前もなかなか……一緒にバッコシしようやぁ」
「……あ?」
ねっとりとした卑しい口調に、ピキリと青筋を立てるマケルル。女だと思って舐め切っているのか、それとも子どもだからか。
知ったことではないが、誰に物言ってんだこの三下が、と拳の節々から音が鳴っていた。
乱闘数秒前である。
「待ちたまえ」と、ヤレヤレ、ルルは血の気が多くて困っちゃうね。なんて先輩風を吹かしながらアルが立ち上がり、ポンと肩を叩き諌止する。
頭脳派、アル・キャスタリア、その手腕を披露した。
「君たちね、これ以上、非道徳的行為を続けるようなら、出るとこ出ても……」
「黙ってろ、クソガキが!!てめぇみたいなお子様体形には興味ねぇんだよ、教会でシスターの乳でも飲んでろっ!!」
この上なく饒舌になる変態冒険者。
「はー、殺す」
ブチギレのアル。役に立たないポンコツ似非インテリろりっこ少女は、事態の鎮静化どころか悪化の一途をダッシュで駆けていた。
今年で満19歳。来年には節目の20歳だ。大人としての貫禄が醸し出されてきたのではなかろうか、と夜な夜な鏡の前で決めポーズを練習していたアルにはクリーンヒットであった。
マケルルの容姿は、冒険者としての評価である「ゴリラの始祖」とは裏腹に、可憐な目つきは老若男女問わず魅了し、束ねられた深紅の長い髪は万人の心を波打たせた。
謎の優雅な風格もまたあいまり、故に、恐ろしいほどにモテた。詐欺である。
だが、一方。
まだまだ発展途上だと思っていた十代前半で成長の打ち止めに合い、伸びるだろう、伸びるだろう、と思っていた背はとうとうコメ粒ほどの変化もなくなった19歳。クルリと愛らしい碧眼に、短く揃えられた空のような青い髪、幼さが残った短躯。
食べ物を買えば「御使いかい?」と老婦に頭を撫でられ、武器を買えば「お父さんのかい?大変だねぇ」と老父に頭を撫でられる。
そして、先日、たまたま寄った美術館に当然の如く子ども料金で入れてしまったことに愕然としつつも、まぁ、そう見られたならそれでいいかな、お得だし、なんって思ってしまった自分を殴りたくなる夜を過ごした。
雪辱である。雪辱の20歳。こんな変態能無し玉無し予定のクソ猿にまで貶されては堪忍袋の緒も微塵切り必須だ。つもりに積もった雪辱を、とうとうアルは破裂させる。
「……神よ、偉大なる恩恵を」
「アルさんっ!?それダメ、ストーップ!!」
神に祈る行為は、魔法の行使に伴う儀式だ。
祈祷は時に自然を揺るがし、無垢なる祈りは信託を授かる。
それが『詠唱』である。
長ったらしい聖書を要約することもなく、敬虔なる心のままに、神への信奉を妄信する者は、ひたすらに心を込めて読み上げる。だが魔法使いにとって、そのような時間のロスはなるべく削りたい。
口にする文言は、最小限であった。
魔法は二種、存在する。
物事、特に自然を空間中に散りばめられた魔力に『干渉』することによって、自然現象を傀儡のように操る『祈祷魔法』。
漂っているだけの魔力を粘土のように形成し、『生成』することによって魔法を練りだす『信託魔法』。
この二種である。
魔法使いでも両方を使い分けられるものは少なく、どちらかに偏って極めるものばかりだ。一応、マケルル、アルは両方使えるが、マケルルはともかく、アルの偏りはかなりのものだった。
騒ぎに気付き、観衆の反応はそれぞれまちまちであった。なんだなんだ、と酒を煽りながら注目する野次馬に、喧嘩だ、喧嘩だ、と場をかき乱す調子のいい若者。あとは自分の勘定を机に放って、ダッシュで店の外に逃げ出す者ぐらいか。
最後のは冒険者であった。あのアル・キャスタリアが魔法をぶっぱしようとしていることが、如何に《《危険》》であるか、肌身で知っているからだ。
まさか、マケルルがこのピンチを察知できない訳もなく。
「ストーップ!!」
だが、その叫びは虚しく。
空は、暗雲立ち込める『雷雲』が急速にもくもくと空に勢力を広める。自然への『干渉』。祈祷魔法である。
アル・キャスタリアは魔法のエキスパートだ。
そして、殊、祈祷魔法に関しては全土を探せども右に出る者はいない。
祈祷魔法は『生成』を主とする信託魔法と異なり、自然に依拠する。
つまり何が言いたいかといえば。
ゴロロ、と太鼓を鳴らす分厚い雲は、干渉こそ受けているが純然たる自然の惨禍そのものなのだ。
「……雷」
ピカリ、と稲光が空で弾け、店内にもその光が充満する。「終わったぁ」、とマケルルも諦めを隠さなかった。
落雷。
次回・落雷を受けたマケルル御一行の命運は……!?